小悪魔ドS探偵女が俺を怪奇事件から逃がしてくれない

@Yonaga-Lear

第1話

"それ"は酷く不快で聞き慣れた音だった。


 繁華街の外れ、テナント募集の錆びついた看板が立つ雑居ビル。


 


 "くちゃ、くちゃ、ぐちゅり。くちゃ、くちゃ、ぐちゅり"


 その薄暗い隙間から絶え間なく鳴り続ける"異音"。


 


 通勤の雑踏や放課後の喧騒ならばかき消されてしまうほどに


 ささやかな"それ"は、ネオンすら落ちた今にははっきりと響く。


 


 ──"咀嚼音"


 


 新品だっただろうリクルートスーツは鮮やかに汚れ


 見開いた眼には何も映されていない。


 


 投げ出された手足には所々食い千切られた跡があり


 裂けたタイトスカートだけが、"これ"が女性であったと訴えている。


 


 男受けしたであろう柔らかな腹は開かれ


 引きずり出された腸を貪り、啜る音だけが響く。


 


 脱ぎ捨てられたパンプスが、彼女の最後の抵抗を表していた。


 コンクリートで削れ、煤で擦れた新品の靴。


 


 ピカピカのタイからは愛されて育ったことを予期させる。


 こんな形で穢されるなんて、両親は想像もしていないだろう。


 


 鼻につく鉄錆びの強烈な香りに顔を顰めるも


 視線を逸らすには至らず、夢中で情景の中にいた。


 


 鮮烈なまでに濃厚な"死"の気配、そして


 背徳すら覚えるほどに踏みにじられた尊厳を前に


 


 自分勝手な正義感の怒りすらあったはずなのに


 俺は一歩たりとも自分の意志で動くことが出来なかった。


 


 なぜなら


 そこに天使がいたからだ。


 


 濡れたように艶やかな黒髪を携え、この場に不釣り合いな白い肌。


 現実感のないほど均整の取れた顔が再びゆっくりと"餌"に向く


 


 "ぐちゃり"


 


 取り出した腸を一口齧る。こくん、と小さく喉が鳴った。


 能面のようだった表情を恍惚と変え、真っ赤になった自身の細い腕に


 


 ぬらりと唾液で濡れた舌を這わせる。


 垂れた一滴すらを舌で掬うその動きは、猟奇的であると同時に情欲を煽られる。


 


 途端、目が合う。


 虚ろに揺れるその瞳はただ俺だけを映していた。


 


 心臓を掴まれたように体が硬直し、息が詰まる。


 冷たい空気が背中を満たして額から汗が流れた。


 


 死刑宣告を待つ囚人はこんな気分なんだろうか。


 永遠にも思える時間の中、天使が微笑んだ。


 


 天使がふわり、と踊るように立ち上がると


 煤だらけのビジネスバッグから何か零れる。


 


 彼女は腸を掬った時のようにゆっくりと散漫な動きで


 それを拾い上げる。


 


 落ちたスマホには薄桃色のキーホルダーが付いていた。


 


 血に濡れたそれは縫われた文字すら読み解けない。


 辛うじて見えた願の一文字だけがお守りだと示している。


 


 一瞬視線をやった天使は呟く


 


「ここに神様はいなかったみたいだね」


 


 "ま、いいか"と抜けたように言葉を零し、こちらに振り返ると


 


 内臓で汚れた真っ白なワンピースと同じくらい


 頬を赤く染めながら天使は俺に囁いた。


 


「おいで」


 


 その言葉は、心の底からの喜びに満ちていた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ◇◇◇


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ぽかり、と柔らかく頭を叩かれる


 


「起きてください」


 


 背筋がゾクリとするほどの威圧を含んだ声にゆっくりと目蓋を開くと、視界いっぱいに整った顔が覗き込む。……相変わらず怖いくらい綺麗だ。


 


 浮世離れした長い白髪をアップのポニーテールに束ね、知的なベレー帽に収めている。一方で少女趣味なサスペンダー付きワンピースに身を包んだ少女。


 


「私の授業はそんなに退屈でしたか?」


 


 どこまでも見透すような碧色の瞳を携えた美少女は俺の頭に置いた手をゆっくりと動かし撫で始めた。


 


 なんてことだ、この冷血な女にも俺の体調を気遣う心が残っていたというのか。よくよく考えれば定期的に開催されるこの勉強会で眠ってしまったのは始めてのことだったような気がする。ぐぅたらな俺にしてはまさに快挙だ。彼女と出会ってからもう5年ほど、大学2年となった今でも毎月のように開催されるありがたい勉強会も余裕が生まれ、半ばお茶会のようになるときも多々ある。


 


 今回もきっとそうなるだろうとたかをくくっていた俺はいつも横に置かれる高価なお茶菓子に思いを馳せながら、徹夜でゲームを慣行した……! 


 


 へへ……このままもう一眠りしちゃおうかな……


 


 ゆっくりと動く小さな手に身を任せまかせながらうつらうつらしているとそっと耳元に顔を寄せられる。紅茶の香りのふわっとした暖かい吐息が耳にかかり、くすぐったさに身をよじる。


 


 "すぅっ"と彼女は小さく息を吸うと、そっと呟いた。


 


「寂しくて、あなたを殺してしまうかもしれません」


 


 バッっと体をとっさに離す。


 


 いや今の本気だ!? 頸動脈ゆっくり押されてた気がする! 気持ちなんかふわふわするし!! 


 


 口許に手を当てて"ふふっ"と上品に笑う悪魔、もとい俺の高校時代からの腐れ縁。その圧倒的な知力と浮世離れした容姿を合わせて、現代の名探偵、"死神姫"なんて呼ばれている彼女、朝霧 識あさぎり しきはそれはもう楽しそうに目を細めていた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ◇


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ひとしきり笑った後、識は丁寧に俺が突っ伏して寝ていた机に布巾をかけながらその目を俺に向ける。


 


「随分と魘されていましたね。何か悪い夢でも見ましたか?」


 


 ──寝ていたのは不問にしませんけども


 


 う……


 


 昔からそうだ。この有無を言わさぬ視線と言葉を向けられると思わず体が固まってしまう。


 


「……いや、ほんとに大したことじゃないんだ。寝ちゃったのは謝る。単純に徹夜でゲームしてた俺の落ち度だよ」


 


「本当に?」


 


 ジッと見定めるように俺の眼を覗き込んでくる。知的な碧色の視線は本当に知られたくないところまで踏み込んで来るようで、ただただ恐ろしさが背中に走った。嘘は認めない、全て見透してみせる。不思議な迫力を持つ彼女に、俺は素直に白状することにした。


 


 ……っていってもなぁ。思い返してみても変な夢なんだよな。いつもボロボロの死体があって、傍に女の人が立ってる。それが最後には俺に近づいてくる、なんて。


 


「……確かに変な夢だったけど、魘されてた?」


 


「えぇ。そりゃあもう。それに────初めての夢ではないんでしょう?」


 


「え」


 


 ドクン、と胸がなった。図星だったからだ。


 


「最近はずっと寝ぼけ眼でしたからね。それに、大した趣味も無くめんどくさがりなあなたが徹夜するほど何かをやり込むなんて、それこそ私からの課題くらいしかありえません」


 


 識は拭きおわったのか机からそっと体を話すと、両手を組みコホンと咳払いした。


 


「嫌なことがあって現実逃避、という線もありますが寝れば大体忘れ去る都合のいい頭をしたあなたでは考えづらい。とくれば、自然と答えは一つでしょう。……眠ることそのものがストレスになっている。違いますか?」


 


「……正解だよ」


 


 そう、識の指摘通り俺はここ数日ずっと悪夢に悩まされていた。どこまでもリアリティのある血飛沫に死体。特段死体愛好家でもない俺には少しばかり刺激が強すぎる。それに──


 


「いつも、天使が人を食べるんだ。俺はそこに居合わせていて、動けない。食べ終わった天使に気付かれると、近づいてくる。次はお前を食べるんだ、みたいにさ」


 


「天使が人を食べる、ですか?」


 


「ごめん、変な話だろ? 笑われるから話したくなかったんだよ」


 


 本気で悩んでいることだけにいつものようにからかわれたくはなかった。夢は真相心理の具現化だ、とか夢占いだ、とかなにやら夢こそ人間の心理を読み解くのに一番だ、なんてネットにありふれている。犯罪心理やら認知やらにめっぽう強い識に知られれば、"天使の食人なんて、随分と罪深い人なんですね"なんてネチネチと弄られるに違いない。だからどうしても隠したかったんだけど。


 


 


「笑ったりしませんよ」


 


「嘘だ! 識は笑う! 真性サディストのくせに」


 


「笑いませんよ」


 


 識は珍しく真剣な顔をすると、その理由を口にした。


 


「だって、天使は人を食べますから」


 


 ──私好みの理由でしょう? と、識は不敵に微笑んだ。


 


 


 


 


 


 ◇


 


 


 


 


 


「聖餐せいさんは知っていますか?」


 


 呆気にとられる俺を前に、識は指をチッチと振りながらそう前置きをする。少しして、思い出す素振りをする俺を識は興味深そうに待っていた。とはいえ、日常生活ではあまり聞き覚えもない単語だ。そう易々と出てくる訳でもなく暫くウンウンと唸る。そうしている内に、以前識に薦められた一冊を思い出した。


 


「聖書、か?」


 


「正解です」


 


 ──良くできましたね。と識は小さくパチパチと手を叩くと、続きを目線で促してくる。この女は昔からそうだ。テスト勉強でも事件の解決でも、答えを知っている癖に俺が気付くまで待ち続けている。まるで、"ご褒美が欲しがったら自力で解いてみせなさい"とばかりの微笑みを浮かべながら。俺はそんな識のことを、良い先生だと思いながらも同い年の同級生としては強く苦手意識がある。だが、腹立たしく思いながら考えていると思いの外、答えはすぐに出た。


 


「あー……あれだっけ。最後の晩餐の絵のテーマになったやつ。イエスが処刑前に弟子達と飯食った、って章のことか?」


 


「またまた正解です。今度はきちんと褒めてあげねばなりませんね」


 


 どこまでも良くできたペット扱いのこの少女に文句のひとつでもつけたくなるが、今回は内容の興味の方が勝った。


 


「注目するべきはこの席でイエスが弟子達に伝えた教えですね」


 


「ふーん……処刑の前の日だったなら、さぞありがたい言葉を伝えたんだろうな」


 


「えぇ……それはもう大層大事だったんでしょうね」


 


 識はイタズラっぽく笑うと"少し糖分が欲しくなりますね"なんて呟きながら、机のティーポットを手に取る。側に置いてあってお手製のクッキーを一つ摘みながら、カップに注いだ紅茶をゆっくりと味わうように口にした。"60点です"とわざわざ俺に注がせた紅茶に丹念にダメ出しを始めそうになったので顎をやり、話の続きを促す。


 


「ふぅ……是れ我が肉、是れ我が血、そう伝えたんです。パンと、ワインを弟子達に分け与えながら」


 


「待て待て待て待て! それは俺でも分かるぞ。だからって食人の直喩って訳じゃないだろ」


 


 


 天使とは、神の使いのことだってくらいは俺も知っている。熱い紅茶を飲み干して、"ほぅ"と一息つくこの少女は言っているんだ。神の子であるイエスの弟子達を天使に見立て、イエスが弟子に食事を与えるその光景、最後の晩餐のテーマになった教えこそがカニバリズム食人を表しているのだ、と。


 


「曲解にも程がある! ほら、その言葉って汗水垂らして働いて得たお金でパンとかワインとか手に入れたんだから俺の血肉みたいなもんだぜぇーみたいなノリの教えだろ。休日の親父とかが言いそうな台詞じゃん」


 


「私はふざけてなんていませんよ」


 


 如何にも"私、不服です"とでも言いそうなほどに頬を膨らませペチペチと机を叩く。普段の小悪魔然とした態度とは裏腹に、子供っぽくて随分と可愛らしいが内容は全く可愛げのないものだ。


 


 


「そもそもキリスト教には、教会は神の体であり信徒はその器官だ、なんて通説があります」


 


「それがなんだっていうんだよ」


 


「異様ではありませんか?」


 


 指摘されて思わずたじろぐ。確かに考えてみれば違和感があるようにも思う。仏教における寺院みたいに修行所みたいな意味でもないしや神道の神社のように神の住み家という訳でもない。教会そのものが体で信徒は器官、発想としてもなかなかに出てきづらいように感じた。神の体内にいる安心感? それとも神の器官という名があれば禁忌を犯しづらいだろうというプロパガンダか、いずれにせよしっくりとくる答えではないのは確かだ。


 


 言葉に窮す俺をみかねて、識は続きを話し始めた。


 


 


「カニバリズムは多くの宗教や法律でこそ禁忌とされていますが、一部民族の間では風習として伝わっています。パプアニューギニアの食人風習などが有名でしょうか」


 


 俺はゆっくりと頷く。そんな風習が世の中にあるってことくらいは昔見たテレビ番組か何かで見た記憶があったから。


 


「食人風習は、先祖の肉を摂取する事で故人の生命を宿したり強い者の肉を摂る事でその強さを身につけると言う意味で行っていたようです。狩り社会の民族ならではの知識というべきでしょうか」


 


「それは……まぁ、なんとなく分かるな」


 


 俺が落ち着いて話が出来るようになったと見ると、識は優しく微笑んで座るように促す。自分でも気付かない内にこの冒涜的な話に思わず立ち上がってしまっていた。


 


 ゆっくりと識の家特有の少女趣味なクッションに腰かけると、ふわっといい香りがした。一層心が落ち着いてくる。


 


「先ほどの是れ我が肉、是れ我が血、に戻りますが、教会で教えられている解釈はあなたの解釈とは似ているんですが少しだけ違います。このパンとワインは私が働いて得たコインで買ったんだから血肉と思え、というのがあなたの……休日の親父解釈でしたね?」


 


「まぁ……そうだな」


 


「今の教会の解釈はこうです。肉とはイエスの教えのエッセンスであり血とは、それらが受け継がれる事を指す。 つまり、動物の肉を食せば、それらが血や肉になるように イエスの教えを身に付け、敷衍し、発展させなさい。 そして、それらが絶える事無く継続するように」


 


「……それはまた回りくどい例えだな」


 


 "私もそう思います"、と呟くと、識はお手製のクッキーを摘み俺の口元へと持ってくる。


 


「私の血肉と思って食べてください♪」


 


「食べづらいわ!!」


 


「酷いですね。折角の美少女のあーんなのに。でも、そういうことですよ」


 


 そこで、俺はハッとする。ようやくこの少女の言いたいことが少し見えて来たからだ。差し出されたパンとワインを自分の血肉と思って食べろ、なんて一言を告げられたとしていくら狂信者でもその言葉の裏を読みきれるだろうか? 今の識もそうだ。きっと彼女が今のクッキーに込めた思いは、"私のこの説明を、知識を、ちゃんと勉強して身にしてくださいね"、あたりだったんじゃないだろうか。でも、俺に伝わったのは表層の言葉。長く識と一緒にいる俺でも、前置きがあってもその意図を正しく汲むことが出来なかった。果たして熱心な教徒なら、正しくとれると言えるだろうか? 


 


「どうしても違和感が拭えないんですよ」


 


「そう……だな」


 


「そこで私はこう考えた訳です。宇遠な伝え方、あるいは解釈を教会がしたのは意味があってのことなのではないか、と」


 


「それが食人だと?」


 


「はい」


 


 識は真っ直ぐこちらをみつめ、話す。その姿勢はいつも俺をからかうものとは全く違い、信用出来そうなものだった。


 


「民族の食人風習と教会の解釈、似ているとは思いませんか?」


 


「肉教えを摂取して受け継ぐ……」


 


「その通りです」


 


 "花丸あげちゃいます"と識はパチパチしながら微笑む。俺は終始圧倒されてばかりで、珍しいお褒めの言葉を喜ぶ余裕なんてどこにもなかった。


 


「最後の晩餐の日、キリストは弟子達に自分を食べて教えを受け継ぎ、知識という形で復活を目指した。後世になり、イエスの教えを広める上で、その禁忌の事実だけは隠すべくイエスの言葉を食人と同じ意味で曲解し教えとした。これが私の解釈です」


 


「……あ、あくまで、解釈のひとつなんだろ?」


 


「はい。その通りです。私も全部が全部本気だと思って話していませんよ。こうだったら面白いな、という願望を含んだ解釈です。まさか世界最大の宗教が食人がルーツだなんて本気で唱える訳ないじゃないですか」


 


「そっか。そうだよな」


 


 少し安心する。世の中がそんな恐ろしいもので染まっているのかと思うと、少しばかりでなくビビってしまうところだった。俺にとって恐ろしいのは今も昔もこの少女ただ一人のままでいられた。


 


 


「えぇ、あくまで一解釈です。ですが、こうも思うんです」


「まだ何かあるのか?」


 


 俺は少しげんなりする。ここまでで随分と穿った見方をするようになってしまって、少し疲れたからだ。それに、その識の呟きからは本気で思案している様子が伝わった。厄ネタに違いない……! 


 


「人生最後の言葉に、パンとワインを血肉と思えと伝えるくらいなんて、ロマンにかけると思いませんか?」


 


 言いたいことは分からないでもない。死の前に泣き言でも感謝でもなく、最後まで教えの言葉を説き続けるにしてももう少し違う内容のものでもよかった気がする。わざわざその台詞を選んだ理由はなんなのか。


 


 


「それだけイエスがどこまでも伝道師だった、ってことじゃないのか?」


 


「その可能性もあります。なので、ここから先は私の偏見です」


 


「聞くよ」


 


「私がもしイエスだったなら、死の前日には愛する人にはこう伝えます──私を食べて、と」


 


 それは、酷く説得力のある言葉だった。


 


 


「それで、本題に戻りましょうか」


 


「本題?」


 


「もう……あなたが言い始めたんじゃないですか。天使は人を食べるのか、ですよ」


 


「あぁ、そうだったな」


 


 俺の事を脅して遊んでいるのかと勘違いしてしまっていたが、この少女はこの少女で真剣に俺の悪夢について考えて話してくれていたらしい。いや、口元の微妙なニヤニヤが隠せていないところをみるに、十分イタズラも含んでいたたろうが。


 


 


「天使は人を食べる、その肉教えを受け継ぐ為に。それが私の答えです」


 


 ドヤっと微笑む識は相変わらずとても綺麗だった。


 


「そして、私があなたにクッキーを差し出した意図はこうです。──私を食べて。……なんて、きゃっ♪」


 


 そして、相変わらず悪趣味な冗談を言う女だった。


 


 


 


 


 


 ◇


 


 


 


 


 


「今日はこれくらいにしておきましょうか」


 


 あの後真面目に取り組んだ勉強会にも一区切り付き、なんとか長期休暇前に単位の心配をしなくていいところまで頭に詰め込んだところで、識から終わりの合図が出た。


 


「疲れた……」


 


「いい睡眠にはほどよい疲労が大切ですよ。あなた見る夢、同じものが続くというのは気になりますが夢を見ないくらい疲れてしまえば関係ないでしょう?」


 


「このドS女が……」


 


「聖女だと言ってください。下らないこと言ってないで行きますよ」 


 


「行くってどこに?」


 


 いつもならここで解散し、優雅なぐぅたら夜を過ごすはずなんだが、突然呼び止められた。心当たりもないし、この時間から出かけるなんて俺はともかく(一応)女子の識は気を遣っているはずだっただけにその呼び止めには驚いた。


 


「依頼です。一週間、村の調査デートになりますね」


 


「聞いてないけど!?」


 


「今朝の一報で決まりましたから。それでは今回も頼りにしていますよ? なんたって私はか弱いんですから」


 


 ふふ、と笑う姿は真剣そのものでどうにも茶化す気持ちはなくなっていた。準備する時間をくれ、とか試験前なんだから一人でいってくれ、とか色んな言葉が頭のなかをグルグルするが、やがてそんな気持ちはなりを潜め、いつものことだし行ってやるか、という気持ちに落ち着いていった。


 


「分かったよ。でも、弁当くらいは用意してくれるんだろうな?」


 


 


 ──そう、どこまでいっても、苦手だろうと朝陽 識を放っておけない。この俺、瀬尾 乾せお いぬいは名探偵様の助手いぬなんだから。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ◇◇


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 次回 第一章 理想論


 


 


『お母さんを助けてください』


 


 非通知の番号からかかってきたその一本の電話から始まった。


 


 川から流れる人間の臓器


 


 行方不明の娘、村に伝わる怪しげな伝承。


 


 この事件、怪異か人の手か。


 


 怪異の存在するこの世界、事件を起こすのはいつも人。


 


 論理で怪異を見つけ出す。犯人は誰だ。

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