【海還雅楽】


 開かれた金の双眸がこちらを見つめている。そんなに見つめられてもお爺ちゃんだから何も思わないが、出来るだけ早くしてほしいとも思う。


「ククルカ島と聞いたときから、もしかしてとは思っていましたが、これまた珍しい神様がお出になられましたよ」


 しばらく見つめた後に、お爺さんが目をゆっくりと閉じて、再び開かれた目は平時の濃い緑色をしていた。


「あ、てことは、加護はあったんですね!」


 イヴが期待の爆発を抑えきれなかったようで、俺が聞く前に大きな声で、横からお爺さんに訊ねていた。


「えぇ、ありましたよ」


 ニコリと微笑えんで、こちらをまっすぐ見る。まるで覚悟はいいかと聞いているような微笑だった。


 ちょっと溜めないでほしい。別に緊張とかしてなかったのに、少しだけ、ワクワクというか、ハードルが上がってしまう気がする。


「で、その中身は‥‥‥?」


「その加護を施した神様の名前は、海神龍ヴァイアン・リトゥーダー。海の魔物どもを束ねる神様ですね」


「すごい! 凄いよランディ! これほどランディにぴったりな神様もいないじゃん!!」


 ヴァイアン・リトゥーダー。それがあの神様の名前なのか、帰ったらちょっと調べてみよう。

 でも気になることが一つある。海の魔物を束ねる? たしか正アルテミス教の教えでは、魔物は悪の立場じゃなかったっけ?


 海竜の調教師として、確かに誇らしい気分もあるんだけどさ。不安は残るというか。


「えっと、すみません。その海の魔物を束ねるって、大丈夫なんですか?」


「‥‥‥何か問題でも? 」


「魔物って教義的に悪者じゃなかったでしたっけ?」


「あぁ、そういう事ですか。何も問題はありませんよ? 善だの悪だの、そういうものは人間の生み出した区別にすぎません。神はそのすべてが存在するべくして存在しているのです。ですので、どのような神様であっても、それは確かに神に認められたという証なのです」


「ほえ~」


「あまり大きな声では言えませんが、さる高貴なお方で加護を受けている方も、あまり人類に都合の良い加護ではありませんが、それでも、我々からしたら、素晴らしいことなのですよ?」


 あ、第二王子殿下のことか。ほうほうほう、なるほどね。あの人の加護が公に邪険にされていないのは、身分のお陰かと思っていたけど、そうでもないんだな。


 だったら、俺のも大丈夫そうだ。良かった一安心。

 あとは、加護の内容だけど、恐らく前に夢の中で言われたあれだよな? 海の生物たちと仲良く出来るっていう。


「それで、加護の内容は何ですかね」


「そうでしたそうでした、伝え忘れていました。加護は【海還雅楽】と言い、海の中で音楽を奏でると、周りの生物と簡単な意思疎通を図れるというものらしいですよ」


 おいおいおい、だいぶ説明省いて話してないか? あの神様。

 一体どうやって海の中で音楽を奏でるって言うんだよ。笛なんてもってのほかだし、太鼓みたいな打楽器でも水の抵抗で上手くいかないだろう。


 騙された気分だ。あんの神めぇ、メリットだけ伝えて、その難易度について話してないじゃないか。


 これなら、只加護を貰った事実だけがある一般人だな。


 肩を落として落胆させて見せるも、周りの人たちは皆すごいともてはやしてくれている。カガイヤさんも拍手をしてくれているのだが、だれも俺の表情には気づいてくれない。


 頼むから、そんなに大事にしないでくれよ? 勝手に期待されて、勝手に落胆されそうで怖いんだ。


「‥‥‥なんにせよ、ありがとうございました」


「はい、また気になることがあったら、いつでもお越しください。あと、これを」


 お爺ちゃんから渡されたのは、一枚の紙切れ。そこには、大きな文字で加護授与証明書と書かれている。


「加護を授かった人たちにはこれを渡す決まりなんです。不敬なことに、加護を授かったと偽る輩が一定数いるものですから。必要になることが今後どこかで出てくると思いますので、これを大事に保管しておいてください」


「わ、かりました」


 多分、冒険者登録の時とかに渡せばいいのだろう。あ、そうだ冒険者登録。ハバールダで帰りに登録していこうかな。



「では、神のご加護があらんことを」



 お爺ちゃんに見送られ、次に俺たちはスベオロザウンの工房に向かった。相も変わらず熱気の籠った店に、夏の暑さと相まって肌が焼けそうだ。


「‥‥‥で、依頼は失敗したと」


「そうなんだよね、まさかあんなに魔物が出てくるとは思いもよらなかったよ」


「こちらの確認不足が招いた失敗でした」


「まぁなんにせよ、無事で何よりだ。それで、どうだった俺の鉈は」


 スベオロザウンに事のあらましを伝えると、一応の心配はしてくれたものの、そんなことより、自身の作った武器の感想が聞きたいらしい。

 この生粋の鍛冶師め、人間社会にもう少しなじんだ方がいいと思いますよ。これ、若輩者からのアドバイスね。


「鉈は良かったよ。重さも重心もちょうどよくて、凄い使いやすかった。でもまだ俺には大きすぎるかもしれないから、成長したらぴったりって感じかな。数回しか使ってない素人意見だけど」


「ふむ、じゃあ調整してやるから素振りして見ろ」


 あれ? 依頼失敗したからもらえない筈では?

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読んでいただきありがとうございます。

ずっと寝ていたい。小学生の休みの日みたいな陽がずっと続いたらいいのにな。

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