声~無人島Ⅰ~
暗闇のなかで、誰かが起こそうとしているのに気が付いた。
ん? なんだ。止めてくれ、体を揺らさないで。あと五分~。
わかったわかった。起きるから、頭痛いんだから揺らさないでくれ。ん? 頭が痛い?
あ! そうだ、おれ波に攫われて……
ガバッと勢いよく体を起こし、思いがけず襲ってきた頭痛に頭を抱えた。
「痛てて、まぁ生きてて良かっ――」
「??」
鼻先が触れるほどの距離にいる幼竜に息が詰まった。
目が覚めると、目の前には海の覇者と言われる肉食生物でした。
洒落にならんて。いやまじで。
恐怖で動けない。生唾を飲み込む事でさえ、相手を刺激することになりそうで我慢してしまう。
そんな俺をどう思ったのかは分からないが、フォルはゆっくりと、さらに顔を寄せてくる。
クンクンと匂いを嗅ぐ。
我慢だ。
地面を這うようにズルリ、またズルリと背後に回る海竜。
我慢、我慢だ。
鼻息が首筋にあたる。視界の端に映る口を大きく開けるのが、やたらとゆっくりに見える。
もうダメかも。
そう思ったとき、フォルは天を仰ぎ大きく鳴いた。
「ピィー――――――――――」
綺麗な音色だ。場違いにもそう思った。
呆気に取られながらも、ゆっくりと顔だけ振り返る。何かを期待するような、縋るような眼でこちらを見ていた。
なんとなく既視感がある。これは……そうだ。前世で飼っていた犬だ。散歩に行くときも、ご飯を食べるときも、遊ぶ時も、こんな目をしていた。
そう考えると少しだけ落ち着いたのか、さっきの鳴き声に聞き覚えがある。
完全にとまではいかないが、俺の首から紐で通してかけてあるこの笛の音に似ているのだ。
そうか、昔の人は海竜の鳴き声に寄せてこの笛を作ったのかもしれないな。
思考に耽っていると、何を思ったのかもう一度、フォルが鳴いた。……これは不満だったのだろう。おれが期待していた行動をしていないから。
何を期待されているんだ? んーと、んーと――
いつもフォルがこちらを見ていたのは、フォルが近づいてきたのは、俺が笛の音を上手く吹いているときだった。
そうか、あの音が聞きたいのか。
どういえばフォルは家族とはぐれ、独りぼっちだったもんな。この音に仲間意識があったのかもしれない。
よし、物は試しだ。吹いてみるとしよう。
俺は笛を見た。軽い珊瑚の様な素材で作られた笛だ。おれが気絶している間に乾いたのだろう。笛についていた砂を叩き落とし、口元に添えた。
いざやろうとすると緊張する。だがこれでうまくいけば襲われないかもしれない。
覚悟を決め、笛を吹いた。
ピィー―――――――――……ピゥイ―――――――……
海に、空に、森に響いて木霊したような気がした。過去一で上手く吹けたかもしれない。
するとフォルは驚いたように目を見開き、どこか満足げな顔をすると、もたげていた首を下ろし、リラックスし始めた。
敵意の様な張り詰めた緊張感が霧散すると、一安心して、状況確認を始めた。
「……ここ何処だよ」
クラーケンの余波で生まれた高波に呑まれ、流されて、この砂浜に辿り着いたって感じかな。
「よく死ななかったな」
どんな確率で生き残ったんだよ。
だが、安心はしていられない。目の前の森にも、水平線の向こうにも人工物や人間の痕跡が見当たらない。
無人島という可能性が思い浮かぶ。俺は自分自身の持ち物を確認した。。
笛、母が持たせてくれた一日分の水筒、少しきつくなり始めた服や靴。なぜか服の端がボロボロに伸びていた。……あれ、朝は普通だったんだけど。流されている間、どこかに引っかかったのかな。
そんなことよりだ。五歳に何ができる。
魔法もほとんど使えない。身体的な充足もない。子供一人と幼竜一匹。この世界では通信技術も個人間で使われるほど発達していない。
額に流れた汗は、暑さのせいだけではないだろう。
「まじで、どうすんだこれ」
零れた言葉は、二度目の死を恐れていた。
とは言いつつも、行動しなきゃ始まらない。
まずは島を散策しよう。パッと見で、どれくらいで一周出来るか想像もできない程大きいので、まずは山の頂上を目指すことにした。
と、そこで気が付いた。
「フォル、どうしよう」
少しは気を許してくれているようで、俺が歩き出すと健気について来ようとしている。
知らない場所で一人置き去りを食らうのは可哀そうに思えた。
「……とりあえず、拠点でも作るか」
海辺に隣接している拠点があればフォルも使いやすいし、何より安心してもらえるだろう。山道を共にさせる訳にはいかないから、お留守番をしていてもらわないと。
ということで、当初の目的。山へ入りこの島の全貌を解明するは変更となり、海辺を歩いて拠点の場所の確保と、資材探しとなった。
ありがたいことにこの砂浜では色々なものが流れ着いていた。流木はもちろん、漁網や金属片までもがあり、拠点を作るのには問題なさそうだ。
ひとまず自分で持てる軽い資材だけ引きずりながら持ち、拠点に良さそうな場所を探し歩き回っていると、山から流れている小川を見つけた。
「やったぜ、川だ。これで飲み水はどうにかなるか……いや、煮沸とか必要なんだっけ?」
上げて落とされるとはこのことだろうか。不幸なことに俺は火魔法を使えた例がない。
他の方法としては蒸発させ、また結露させ、水を溜める方法があったような。しかし、時間もかかるし、そんなに溜まらないという話も聞いた気がする。
とりあえず今は自分の水魔法で口を湿らすことで我慢しよう。そう考えて、俺は川の上流へと目を向けた。
「ここだったらお前も付いて来れるだろ?」
そうフォルに尋ねると首を傾げた。分かっているのか分かっていないのか。
川辺を歩いていくと、フォルは最初こそ俺の後ろに付いてきたが、地面の石などに腹を擦らせて歩き辛そうにしており、すぐに川に飛び込み泳ぎ始めた。
幸いなことに急流や段差などは少なく、あったとしてもフォルは楽々と付いてきていた。
「これなら川の傍に拠点を構えてもよさそうだな」
そうして拠点作りに思考のリソースを割いている俺は、迫りくる危機に気づいていなかった。
「キャウンッ!!」
背後でいきなり獣の悲痛な鳴き声がした。
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読んでいただきありがとうございます。
ストック切れが背後に迫っています。
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