海竜の子~ククルカ島Ⅴ~
「野生の海竜ってどんな生活をしてるんだろう」
ある日の昼、ここ最近の日課になっていた小屋での演奏練習中に、ふとそんなことを思った。
父はその呟きが聞こえていたのだろう。俺の疑問に言葉を返した。
「そりゃあ、過酷ってことしか分からんな。今まで何人もの人間が野生の生態を明らかにしようとしたけど、海の中に潜るわ、住んでる海域は荒れ狂ってるわ、そもそも凶暴だわで、みんな挫折していったらしいな」
「へー、じゃあ、なんでウチはこうやって育てられるの?」
「なんでだろうな? 爺さんのそのまた爺さんのそのまた爺さんのもっともっと前から続いてるらしいからな。今の王国より歴史は長いぞ?」
「たまたま試した方法が合ってたのかな?」
「かもな」
軽く言ってるけど、王国より長いってヤバくないか? 領土が吸収されても残っている伝統って……それだけ有用な事してたのか我がご先祖様たちは。
その凄さとそれを受け継いでいる父に尊敬を深めつつ、俺は笛の練習を再開した。
そして何日もそんな日々を過ごしていると、流石に気になりすぎることが一個あった。
今日も見られてるなぁ……
元野生の海竜の子であるフォルは、俺が笛を吹いていると、いつも巣穴から顔だけ覗かせて、警戒し、少し怯えながらもこちらを伺っているのだ。
俺が目を合わせるとひょこッと首を引っ込める、また少しするとこちらを覗いてくる。
こんなことを繰り返していた。
そんな日を積み重ねていってると少しづつ変化が現れた。
最初は直ぐに引っ込めていた顔を、だんだんと顔を戻さなくなり、恐るおそる肩まで、胴まで、足先まで、そしてついには体全体を巣穴から出した。
まだ近づいてくる事もないが、いつかはこの手で撫でさせてもらう日が来るのだろうかと、楽しみも一つ増えた。
それにしても不思議なのが他の海竜たちはフォルのような興味を示さないのだ。
音に反応はしているが、どうも好奇以上の執着を見せる様子もない。
“元野生”という点に何かがあるのだろうか。
そんなことを考えて少し上手くなった笛を今日も吹いていると、唐突に父が神妙な顔をして話し出した。
「ランディは将来のことについて、どう思ってる?」
……早くなぁい? 僕まだ五ちゃい。うっ、前世の仕事嫌いが」
たしかに、この島では七歳くらいからでも親の手伝いをする子は多いけども。
五歳て。
俺の顔を見て察したのか、父は話を続けた。
「んー、どっから話したもんかな」
一泊置いてから、父はしゃがみ込んで、今度は俺の目をしっかりと見た。
「最近、魔法を練習しているらしいな」
バ、バレてたのか……もしかして怒ってるのか?
「それについては、何も怒こってないし、最初はすげぇと思ったさ」
最初は?
「その年で魔法が出来るってのはすごいんだが……魔力量がな」
あぁ、そういうことか。面と言われると来るものがあるな。
増えるだろうと毎日空にしてきた魔力、だが増えたのは本当に微々たるものだった。
小指の爪サイズが親指の爪サイズだ。呆れてしまうよ。
俺は思わず鼻の奥から目頭にかけて集まった何かに耐えた。
「こういうことを言うには、ちょっと早いと思ったんだけどな。ほら、ランディは頭良いだろ? 多分天才的に。だから大丈夫だと思ってな」
そんなことはない。普通の人間だ。……やっぱり不自然だったかな。
「で、だ。調教師は一般的な魔力量があれば水魔法で仕事ができるんだが、ランディではそれが難しいと思う」
基本的にこの世界では、親の仕事を子が引き継ぐんだそうだ。とはいえ、口減らしや止むなき理由で、別の仕事に移る人が一定数いるのは確かだ。冒険者とかね。
この世界は厳しい。だから親が子を導いたり、技を相伝させたりするのだが、もしかして俺は今非常に危うい立場なのでは?
「だけどな、海竜に携わる仕事は調教師以外にもある、それに関しては紹介してやれないこともない。どうする? 俺はお前に好きに生きてほしい。ランディの選択を尊重する」
「お父さんは、ぼくがここに来ることをなんで許してくれたの?」
父としてこんな幼子に結構酷な選択を迫っていると思う。俺じゃなきゃポッキリいってるね。
「ランディは海竜のこと、好きだろ?」
前世でも動物は好きだった。それに異世界の不思議生物だ。好きにならない方がおかしい。
「うん、幼竜たちをみて、もっと好きになった」
「俺は頭がそんなに良くはないけど、人生経験はランディより多いからな。俺に言わせりゃ好きなことならそれを続けた方が笑顔の多い人生になるぞ」
好きなことか。毎日好きな時間に起きて、のんびりと暮らして、ボーっと流れる雲を見上げて、そんな生活が好きなんだけどな。
もしくは、冒険者をして、ダンジョンに潜ったりカッコいい装備を身に着けたり。
少し調子に乗ってたのかもな。
才能なんてこれっぽっちも無いんだから、好きになれたことを全力でしてみようかな。
「多分、すごい迷惑をかけるとおもう。怒られるのは嫌いだし、でも好きなことはやりたい。それでもいいの?」
「おう! 頼れ頼れ、家族だろう」
ありがとう。
ふと幼竜たちに目を向けると、皆こちらを不思議そうに見ていた。
「さて、堅苦しい話はここまでだ。いったん仕事に戻るから近づきすぎない程度に見てるといい」
父がプール内の清掃と木材や泥で作られた洞窟の様な巣を清掃している間、手持ち無沙汰になった俺は、たまたま持ってきていた笛の練習を始めた。
ボヒュ、ヒュー、ヒュッ、ピーイッ。
お、いい音が出た。
母曰く、大人たちが使っている笛より、俺の持っている子供用の方が伝統的な、昔からある笛らしい。多少は使いやすいように変形しているらしいが。
ピーイッ、ピッ。
お、なんとなくコツをつかんだぞ。この機を逃さないように続けよう。で、あの時の演奏のように足で太鼓の音頭を取りながらっと。
とん、ととん、とん、ととん。
ピゥイ、ピーイィー、ピーイィー。
ふと何かに見られているような感覚を覚えた。
辺りを見回してみると、幼竜たちが動きを止めこちらを見ていた。
「お、龍卸の唄か、上手いもんだな。さすが天才だ。ガハハ」
父は掃除をしながら、俺の演奏を褒めてくれた。
ノンデリよしてくれやい。さっき才能がないと気づかされたばかりなんだぞ。
心のなかで父のおべっかを笑い飛ばし、再び幼竜を見やると、もう興味を無くしたかのように、各々の時間を過ごしていた。
……なんだったんだ? まぁいいか。
俺は思考を切り替え、その龍卸の唄ではなく、自由に吹きながら父の仕事を眺めていた。
父は口にあの硬直させる笛を加えながら、寝床の乾草の交換、排泄物の除去、餌の設置を繰り返し、すべての巣でそれを行うと厚手の仕事着を脱ぎこちらに近づいてきた。
「よし、次はこいつらの散歩だ。門を開けるから少し横にずれてくれ」
俺はもたれかかっていた体を起こし、離れた。
父の開門と同時に、「待ってました」と言わんばかりに幼竜たちは各々のプールの入り口に寄り、入り口を開かれたものたちからスイスイと水路を伝って海に出ていった。
考え込んでいたのか、笛の練習は長引いてしまっていたらしい。いつもは門を開ける前に家に帰って魔法の練習をしていたからね。
海竜たちが小屋を出るところを始めて見た。
「逃げたりしないの?」
「海竜は集団意識が強いからな。群れのいるところが帰る場所になるんだ。特に幼竜は大人の海竜たちのいるところにな。逆に大人たちは群れで過ごせる快適な場所を選ぶ。この近海だけでなく、恐らくこの国で一番快適な場所だよ。この島は」
なるほどね。本土と違って喧噪もなく至って静かな田舎だし、餌も毎日食える。それに育てる技術を何代にも渡って伝承されてきた人たちがいる。あぁ、海竜になりたい。
放たれた幼竜たちはどうやら同じく竜舎から出ていた大人の海竜たちの傍で遊んでいる。
なんとなくだが、大人海竜たちも子供らを守るように動いているような気がする。
「俺は監視をしなきゃならんが、聞きたいことは聞けたし、あとは自由にしていいぞ」
「じゃあ、もう少し見てていい?」
「いいけど、暑さで倒れないでくれよ? 俺が怒られるんだからな」
父は般若の顔を背後に浮かべた母の笑顔を思いだしたのか、身震いをした。
「分かってるよ、それにお母さんに水筒持たされてるしね」
腰にぶら下げてある木製の水筒をポンと叩いた。
「それじゃあ、なんか聞きたいことがあったらいつでも聞いてくれ。……あ! あと分かってると思うがあまり海に近づきすぎるなよ?」
「うん、わかってる」
「本当か? 幼竜はまだしも、大人の海竜は立派な兵器だ。まだ若いが人間の子供なんて襲われたらひとたまりもないんだからな」
兵器か。軍事運用されているから人間からしたら兵器だけど、自然界では普通のことなんだよな。
「わかってる。本当に。」
俺の真剣な顔で伝わったのか、父は少し安心したように微笑むと、俺の頭をガシガシと撫でた。
「じゃあ、行ってくる」
俺は父の言いつけ通りに大人海竜たちには近づかず、幼竜たちが多くいる方へ歩を進めた。
「といっても、やることないしな」
俺は岩礁の岩陰に腰を下ろすと、笛を吹き始めた。
兵器か。子供の頃からそのために育てられて、体が成熟したら戦場に出る。
戦争が無くなれば、いや、海戦だけでも無くなればあの子たちはこの海で自由に過ごせるのか。
……いや、今度は危険と見なされて討伐対象になったりするのだろうか。
難しいね。結論なんて個人の感情だけで出るものでもないし。
少し離れたところで、集団で魚の狩りをしている幼竜たちの一団を眺めつつ笛を吹く。
「キュイ!」
視界の端からスカイブルーの鱗に包まれた顔が姿を現した。
「――ッ!!!!!!」
何とか大きな音を出さなかった。
クッソ、気が付かなかった。いつ海から飛び出してきたんだ。
目を逸らさず、ゆっくりと立ち上がり、一歩、また一歩と後ずさる。
対処法ってこれで合ってったっけぇ!? 熊じゃなくてもこれでいいのか!?
一気にそのスピードを跳ね上げた心拍音がやけに煩い。
えっと、この子はフォルだっけ?顔に傷があるから間違いないだろうけど、なんでこっちに近づいてきたんだ? 海竜って臆病じゃなかったのかよ!
「キュイ?」
好奇心が旺盛なのか、俺が後退する度に近づいてくる。その目は「別に取って食ったりしないぞ」と言っているが、そっちは遊びでも体格差を考えてほしい。
緊張が全身を走っている。が、その空気感が悪かったのだろうか。
だんだんとフォルの姿勢に力が入っている気がする。
まずいまずいまずいまずい!! 大きな声で助けを求める。いやだめだ、この距離なら間に合わないし、下手に刺激をしない方がいい。……どうする、どうする!!
“ザッパアアアアァァァン”
沖の方で大きな水飛沫が上がり、俺もフォルもそちらに目を奪われた。
何だあのデカいの。小さな山ほどはある、イカ?
数舜後には砂浜を父の怒号が駆け抜けた。
「クラーケン! なんでこんなところに! 見張りは何をしてる! 今手を空いてる奴は装備を持ってこい! 魔物の討伐にあたるぞ!」
「「「ハイ!」」」
魔物? いや、今のうちに逃げないと。
……腰が抜けてる。
目の前のフォルも恐慌状態に陥ってるのか、動けていなかった。
その間にもクラーケンは逃げる幼竜たちを追いかけ、大人の海竜たちが臨戦態勢で迎え撃とうとしている。
俺たちは動くことが出来ずにいるがクラーケンはこちらに気づいていないので、それ自体に問題なかった。
何せ俺が慄いているのは別のことだった。
初めて見た巨大な魔物でもなく、海竜たちの本能をむき出しにした表情や咆哮でもなく、クラーケンの出現により生み出されたその高波であった。
俺とフォルは迫りくる激流に飲み込まれ、その反動で岩に頭を打ち付け、俺の意識は沈んでいった。
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読んでいただきありがとうございます。
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