第15話 もらったもの
「これなんか可愛いですし、こっちも素敵じゃありませんか? 奥方様、何か気に入ったものはありますか?」
襖で仕切られた畳部屋に通され、持ってきた洋服を、ひとつひとつ並べて見せられる。
だが紬には、服の感想よりも先に言わなければならないことがあった。
「あの、さっきはごめんなさい。気を使わせてしまって」
芝右衛門が急に自分をここまで連れてきたのは、悪くなった空気を何とかしようとしてのことだというのは、紬にもわかった。
「いいんですよ。お客さんには、楽しく買い物してほしいですからね。それより、どれか着てみます? 気分も変わるかもしれませんよ」
「え、ええ……」
元々服には興味のなかった紬だが、ここで断わろうとは思わない。
近くに置いてあるものを適当に手に取り、順番に着てみる。
清楚な雰囲気のワンピースに、デニムのパンツ。フリルのついた、可愛らしいトップス。
人間の世界ではどれも特別珍しいものではないのだが、アヤカシの世界にこれだけたくさんの洋服があるというのは、なんだか不思議な感じがする。
「どうです? 色々着てみると、それだけで楽しくなりません?」
「まあね」
思えば、こんな風に色んな服を着回してみことなどなかった。
特に、今着ている白のシャツと黒いロングのチプリーツスカートという組み合わせは、なんとなく気に入った。
「じゃあ、次はお化粧しましょうかね」
「えっ? 別に、そこまでしなくてもいいわよ」
とっさに断ろうとしたが、芝右衛門はそんな紬の言葉を聞いているのかいないのか、お構い無しに化粧を始める。
その化粧道具というのも、おそらく人間の世界から持ってきたのだろう。
可愛いデザインの収納ボックスに入っていて、中に入っているメイク道具の中には、どこかで見たことのあるようなメーカーのロゴが書かれていた。
化粧と言うより、メイクと言った方がしっくりきそうだ。
されるがまま、頬だの眉だの唇だのに、色々なものを塗られる。
こんなもの、紬にとっては未知の世界だ。
一応、嫁入りする際に化粧はしてはいたが、あんなものは死に化粧も同然と思っていて、とても楽しめるものではなかった。
「さあ、できあがりましたよ。いかがですか?」
「う……うん」
まるで返事になってないことを言う紬。だが、決して気に入らなかったわけではない。
(メイクって、こんなに変わるんだ)
まるで別人とまでは言わないが、メイクをする前とはまるで違う。
今までファッションやオシャレには無関心だったが、同年代の女の子がなぜあんなにはしゃいでいるのか、少しわかったような気がした。
「若様に見せたら、きっと喜びますよ」
「そ、それは……どうかしら?」
芝右衛門の言う通り、詩ならきっと、可愛いや似合っていると言いながら喜んでくれるだろう。
そんな姿は、簡単に想像がつく。
ただ……
(どこまで真剣に受けとっていいのか、わからないのよね)
こんなことを考えるのは、すごく失礼なことかもしれない。
だが、詩はの言う好きや可愛いがどこまで本気なのか、未だにわからない。
会ったばかりの自分を好きになる理由など何も思い浮かばず、また、自分が誰かから好かれるというのも、まるで想像できないのだ。
こんなこと考えてると知ったら、それこそ嫌いになるのではないか。
そう思ったその時、芝右衛門が言った。
「若様なら、きっと喜んでくれますよ。だってあの人、あなたが来るのをとても楽しみにしてたんですよ。綺麗に着飾ったのを見たら、嬉しくないはずがありません」
「えっ?」
声をあげて彼女を見ると、フフフと楽しそうに笑っていた。
「実は、あなたを迎えるにあたって若様が用意したもののいくつかは、アタシが調達してきたんですよ。大変でしたけど、おかげでたんまり儲けさせてもらいました」
「あれ、あなたが?」
自分の部屋に用意されていた、テレビやマンガといった、アヤカシの世界では手に入らないであろう品々を思い出す。
あれだけ調達するのは、相当大変だっただろう。
「若様ってば、全然知らない場所で暮らすことになるんだから、不安にならないよう人間の世界のものをたくさん用意しておこうって言って、たくさん考えてらしたんですよ」
「そうね……」
実際に調達した芝右衛門はもちろん、何が必要かあれこれ考えるというのも、決して簡単でないことは、紬にも想像がついた。
「今日だって、若様は相当お疲れなのに、こうして一緒に出かけているじゃないですか。愛されてますね」
「疲れてるって、それって仕事のせいですか?」
今日を除けば、詩は毎朝早くから出かけていて、帰ってくるのは紬が寝た後。
彼の仕事が人間の世界で言うところの警察みたいなものというのはさっき聞いたが、この数日何があったかは知らないままだった。
「最近この辺で、大棚の店の荷物を襲う野党が出ましてね。その捕物と、後始末までをしっかりやってくれたんですよ。おかげで、うちをはじめこの辺りで商いをしている人たちは大いに感謝してるんですけどね。この数日、ほとんど寝てないんじゃないですか?」
そう言われて、今朝起こしに行った時のことを思い出す。
酷く寝ぼけていて大変だったが、それも、疲れていたせいなのかもしれない。
「さあ、そろそろ若様にも見せに行きましょうか」
「ええ……」
芝右衛門に促され、詩を待たせた場所まで戻る。
詩の姿が見えたところで、向こうもこちらに気づき、声をあげた。
「おぉっ、可愛い! すごく似合ってるよ」
予想通りというべきか、手放しで褒めちぎる。
さっき聞いたような疲れた様子は、全く見せていない。
(疲れているなら、私のことなんてほっといて休めばいいのに)
そう言おうと思っていたが、笑顔で褒めてくれる詩を見ると、何も言えなかった。
「とりあえず、この服は買うの決定で、他にも気に入ったのがあったら持ってきて」
「そんなにいらないわよ」
「じゃあ、俺のわがままだと思って買わせてくれない。色んな服着た紬を見てみたいから」
「す、好きにして」
こんな風に彼の向けてくる好意が、どこまで本気なのかはわからない。
だが、すごく良くしてもらっているといのは事実だ。
この買い物だけではない。ゴロツキから助けてくれたこと。日々不自由ない暮らしをさせてもらっていること。賭けという名の、紬にとってあまりに都合のいい約束をしたこと。
たくさんのことをしてもらっているのだ。
彼のことを好きになるかというと、まだまだそういう気持ちには程遠い。だが、感謝はしている。
それに、少しだけ申し訳なさを感じてもいた。
(出会ってからずっと、私ばっかりもらいっぱなしじゃない。何か、返せることってあるのかな?)
詩と出会ってから今までのことを思い出しながら、そんなことを考えていた。
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