第12話 やりたいこと

「いったいいつからそこにいたのよ?」

「紬が、俺が構ってくれなくて寂しいって言ってた時から」

「私がいつそんなことを言ったのよ!」


 怒鳴る紬だが、詩に全く気にする様子はなく、上機嫌に笑っていた。


「寂しくさせてごめんね。けど、今日こそは仕事ないから。一日中一緒にいられるよ」

「話聞いてた?」

「まあまあ。それより、これから何しようか。前言ったみたいに、一緒にゲームとか?」

「ゲームは、最近毎日やってたから、少し疲れてるんだけど」

「そう? じゃあ、他に何かやりたいことってある?」

「えぇ……」


 いきなりそんなことを言われても、すぐには思い浮かばない。

 これは、相手が詩だからというわけではない。今まで友人はもちろん、家族と呼べるものすら身近にいなかった紬にとって、誰かと何かをするなどと言われても、ろくに想像すらできなかったのだ。


「私、ずーっと一人でいたから、誰かと一緒にやりたいことなんて、思いつかないわよ」


 そう言うと、忍や喜八が気の毒そうな目を向けた。


「紬様、今まで寂しい思いをしてきたのですね」

「詩様。今日は思いっきり楽しませてやるんですよ」


 こんな反応をされると、紬としては色々複雑だ。

 だいいち楽しむと言っても、相変わらずやりたいことは何も思いつかないままなのだ。


「だったら、街に行ってみる?」

「街?」

「そう。紬もここで暮らすなら、近くに何があるかは知っておいて損は無いんじゃない?」

「でも街って、アヤカシがたくさんいるわよね」


 詩が提案するが、紬はどうも乗り気にはなれない。

 最初にこのアヤカシの世界に着た時、霊力に当てられたゴロツキたちに襲われたことを思い出す。

 あれは、紬自身がある程度故意に行ったものとはいえ、街に出るとまた同じようなことが起きないとは限らない。

 だが、そこであることに気づく。


「そういえば、この屋敷のアヤカシたちは、私の霊力でおかしくなることってないわよね?」


 この屋敷のアヤカシたちが無闇やたらと人を襲わないのはわかっているが、紬の霊力は力の弱いアヤカシの心を狂わせ、理性を壊す。

 霊力を隠す効果のある組紐は街での騒動でなくしてしまっていたし、屋敷に住む全てのアヤカシが強い力を持っているとは思えなかった。


「ああ、それはね……」


 詩はそう言うと、紬の頭を、ポンポンと軽く叩く。


「こうして紬に触れる度に、俺の妖力を纏わせているんだよ。そうすれば、紬の霊力に俺の妖力が混ざって、アヤカシの理性を壊す力は抑えられる」

「これって、そういう意味があったの? マンガのマネしてただけじゃなくて?」

「もちろん、それもあるよ。どうせやるなら、紬を少しでもキュンとさせたいからね」

「……しないから」


 真面目な話をしようとしても、どうにもそんな雰囲気になるのは無理なようだ。

 とにかく、これでアヤカシたちが紬の霊力で狂う心配がないというのはわかったが、それでもまだ街に行くのには不安があった。


「霊力のことはわかったけど、それでも、私が人間ってバレたらまずいんじゃないの? こっちの世界には、人間なんてほとんどいないでしょ。目立たない?」


 以前ゴロツキたちが本格的に襲ってきたのは、霊力を抑える組紐を外したのがきっかけだったが、その前から、紬が人間ではないかと疑ったとたん、物珍しそうにジロジロと見てきた。

 あんな目にあうのは、できれば避けたい。


「それなら大丈夫。まあ、見てて」


 詩はそう言うと、尻尾をスルリと伸ばし、紬の体を囲むように輪を作る。

 そして、輪になった尻尾が一瞬強く光ったかと思うと、紬の体が変化した。


 頭にちょこんとした獣の耳が出現し、後ろには太く大きな尻尾が生える。

 まるで、狐のアヤカシになってしまったようだった。


「なにこれ!?」

「狐が色んなものに化けるって話、聞いたことがあるだろ。力の強い狐は、自分だけでなく、他の誰かも思った通りに化けさせることができるんだよ。これで紬も、どこからどう見てもアヤカシだ」


 詩の言う通り、今の紬を見て、人間だと思う者はいないだろう。

 これなら、街に出ても悪目立ちすることは無さそうだ。


「俺と一緒に、遊びに行ってくれる?」

「まあ、これなら行っても大丈夫そうね」


 別に紬は、特別街に行ってみたいというわけではない。

 だがわざわざここまでしてくれるのだから、それを無下にしようとは思わなかった。


「そうだ、紬」

「なに?」

「その格好、ケモ耳キャラのコスプレやってるみたいで可愛いよ」

「──っ! バカ!」


 いったいどこまで本気で言っているのか。

 顔を赤くして怒鳴りつけると、詩は「褒めたのに」と言って寂しそうにし、忍と喜八から慰められていた。

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