神様
数十年前、関西のとある町には大きな呉服屋があった。その呉服屋の常連だったという由美さんから聞いた話である。
当時由美さんは小学生で、正確に言うと由美さんの母親がその店の常連だった。
母はほぼ毎日店に行き、そこで店番の若奥さんや近所の婦人達とのおしゃべりに花を咲かせていた。子供だった由美さんは会話の輪には入れず、いつも全く興味のない服や帯留めなどの小物を眺めることで時間をつぶしていた。
いつだったか、由美さんは母にこんなことを言ったそうだ。
「皆何も買うてへんやん」
そうなのだ。婦人達は店に集まって井戸端会議を開くだけで、服を買っている人は見たことがない。
「そんなことあらへん。おかあちゃんこの前帯買うたやろ」
「それだいぶ前やん……毎日店に行っとるのに」
「あの店は大丈夫やから」
子供ながらに由美さんは店の人が迷惑しているのではないかと思ったのだ。ところがある日、いつものように店に連れて行かれたのだが、若奥さんが
「今日はな、うちの子と遊んでほしいんや」
と言った。
そして若奥さんは店を出て裏の自宅へと引っ込んだ。
すぐに店の大旦那さんと2人で戻ってきたのだが、2人で大きな板を抱えている。優に二畳はあっただろうか。その真ん中に、お包みがちょこんと載せられていた。
遊んでほしいと言うからには当然同い年くらいの子が来るのだろうと期待していたのだが、お包みの中はどう見ても赤ちゃんだった。それなのに、母はこんなことを言う。
「あんた、お姉ちゃんに挨拶し」
「お姉ちゃん……?」
「由美ちゃんより3つ上なんよ」
そう言って、若奥さんはお包みから”お姉ちゃん”を出した。
その子は顔だけなら由美さんと同年代に見えた。しかしその下の体は細く、手は鳥の手羽先を思わせる形をしていて、胴体にぺったりとくっついていた。足ははっきり見えなかったが、細長い胴体の下部が2つに分かれていたのは見て取れた。
「こ、こんにちは……」
顔立ちははっきりしていたので意思疎通ができそうだと思ったのだが、返事はなかった。お姉ちゃんは黙ったまま細長い体をくねくねと動かして板の上を這っていた。
由美さんは最初こそあっけにとられたが、その様子を見て『お姉ちゃんの足は立ったり歩いたりするのには向いてなさそうだ』と冷静に考えていた。
それからも何度かお姉ちゃんを見たが会話はできなかった。数年後にお姉ちゃんが亡くなると若奥さんは出て行き、そして店は何ヶ月もしないうちに潰れてしまった。
由美さんの母は若奥さん――元、ではあるが――と連絡を取り合っていたらしく、由美さんが中学生になった頃に訪ねて行った。再婚していなかった彼女は大きな家に一人で暮らしていた。ぴかぴかに磨かれた家の中は豪奢な家具ばかりで、出してくれたケーキはこれまでに見たこともないほど綺麗で美味しかった。中学生の目から見ても若奥さんはいい生活を送っていた。しかし母との会話を聞く限り、彼女は定職には就いていないようだった。
どうして彼女がそのような生活を送れていたのか当時の由美さんには分からなかったが、後になって理解できた。”お姉ちゃんがいるから”という意味だったのだなと、あの時の母の言葉と共にお姉ちゃんの黒目がちの瞳が脳裏に浮かんだ。
「奥さんの家に”白蛇”って書いたある祠みたいなんがあってんけど、中に壺が入っててん。子供の時はよう分からんかってんけど、それ骨壺やってん」
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