執着
鶴田さんの働いている会社は毎年、12月の最終出勤日に社員総出で大掃除をするという決まりがある。まずは自分のデスクの整理から。次は共有スペース、それから会社の外周。デスク整理以外の掃除は皆で適当に分担して行うのだが、ある年、鶴田さんは40代の女性社員と共に「焼却炉係」に任命された。
焼却炉といってもきちんとしたものではなく、日曜大工が趣味だという社長が自作したドラム缶の簡易焼却炉である。駐車場の隅に置いてある焼却炉で、集められた不要な書類をひたすら燃やしていくのが焼却炉係の仕事だった。
その日は一日中外にいたが、たき火にあたっているようなもので暖かかったし、力が必要な仕事というわけでもない。鶴田さんはその年最後の仕事を楽に終えた。
それから年が明けて数日後の仕事始めの日、一緒に焼却炉係をした女性社員が家族に連れられて出社して来た。
そして、申し訳なさそうにこんなことを言う。
「写真が見たいんですけど……」
話は大掃除をした日の夜に
家族の話によると彼女はその夜、行き先も告げずにふらりと家を出て行ったのだそうだ。朝になってやっと帰って来た彼女にどこに行っていたのか聞いても「私は出かけていない」と嘘をつく。
夜中にふらりと出かけて朝方ふらりと戻って来る。そのような奇妙な行動は休みの間中続いた。
ある日、いつものように家を出る彼女の行き先を特定してやろうと家族はその後をつけた。家を出た彼女は心許ない足取りでしばらくふらふらと歩き、会社にたどり着いた。そのまま裏手にある駐車場へと進み、焼却炉の前でやっと足を止めた。
そして、ぶつぶつと何かを呟きながら焼却炉の周りをぐるぐる回ったり頭をドラム缶の中に突っ込んで覗き込んだりしている。たまらず家族が声をかけた。
「おい、どないしてん。ここで何しとるんや」
しかし、聞こえているのかいないのか、彼女は止まることなくぐるぐると歩き続ける。
もう一歩近づく。
「おい、何ど探しとるんか?」
…写真……
……写真が見たいんや
振り向いた彼女の目は虚ろだったという。
無理やり彼女の腕を取り、引きずるようにして家へと連れ帰った。
夜が明けてから彼女に聞いたところ、その写真というのは大掃除の日に他の書類と一緒に燃やしてしまったものだと言うのだ。
それ以来、夜になると無性に写真が見たくなる。
どうしてももう一度写真を見ないと気が済まない。
そんな得体の知れない感情に突き動かされて、気がついたら焼却炉の周りをうろうろしているのだそうだ。
「それで、写真見たら何か分かると思うんですけど」
彼女が言うには、女性が一人で写っているだけの白黒写真だそうだ。
鶴田さん達は顔を見合わせた。
その場にいた社員は誰もそんな写真は知らないし、社長でさえ一度も見たことがないと言う。一緒に焼却炉係を務めた鶴田さんも「あの日は写真なんかなかったはずだけど……」と首を捻った。結局、写真についての手がかりは何もなかった。
彼女は心療内科に通いながらしばらく仕事を続けていたのだが、そのうちぽつぽつと無断欠勤するようになり、とうとう半年後に会社を辞めてしまった。社内で親しくしていた人もいなかったようで、その後彼女がどうしているのか知る人はいない。
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