海を越えない怪異録
ツカサ
もったいないオバケ
高田さんは以前、幽霊と一緒に住んでいたという。
「学生時代から住んでた古いマンションなんですけどね、運よく大学の近くで就職したんでそのまま住み続けてたんですよ」
いつの頃からだったかもう思い出せないそうだが、ラップ音が聞こえるようになった。パキッというような小さな音ではなく、バンバンと壁を叩かれているような音だった。最初こそ隣人が叩いているのだと思ったが、音は壁だけでなく床から天井の方まで移動する。人間が叩いているわけではないことがすぐに分かった。また、ラップ音が鳴る期間と鳴らない期間があることにも気が付いた。一旦鳴り始めると数日間は続くが、その後は数週間から数ヵ月くらい鳴らなくなる。
住み始めてしばらく経った頃、その法則が判明した。
「家にね、腐った食べ物がある時に鳴ってたんです」
気が付いてからはラップ音が鳴ると部屋の中の食べ物をチェックするようになった。その度に冷蔵庫から消費期限が大幅に過ぎてカビが生えたパンが見つかったり、何かふわふわしたものが浮かんだペットボトルのお茶がカバンの中から発掘されたりした。
「部屋中探しても見つからなかったこともあるんですけど、その時はベランダにありましたね。何日か前に宅飲みしてて、友達が飲み残したビールがなぜかベランダに置いてあったんですよ。酷いにおいでしたよ」
そのうち、賞味期限や消費期限がちょっとでも過ぎるとラップ音が鳴るというわけではなく、食べ物の状態が目に見えて変わったら鳴るのだということにも気がついた。
腐ったものがあると教えてくれる見えない誰か。幼い頃食べ物を残すと親が引き合いに出していたあのオバケみたいで、高田さんは怖いというよりむしろ愉快な気持ちだった。
そんな高田さんの家のオバケがまたラップ音を鳴らし始めたある日。いつものように彼は腐った食べ物を探した。冷蔵庫、食卓、ベランダ……、隈なく探したがどこにもない。
腐った食べ物が見つからないまま1ヶ月が過ぎた。その間もラップ音は鳴り続いていた。たまに鳴るならいいのだがこうも長い間バンバンやられると頭に来る。しばらくホテルにでも泊まろうか、そう思っていた矢先、音はパタリと止んだ。
止んだのは、アパートの受水槽から女性の遺体が引き上げられて数日経った日のことだった。
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