抜魂

 横田さんがお寺に嫁いだのは今からおよそ十年前のこと。


「亡くなった人? 普通に来るで。大体旦那が対応するんやけどな、本人が挨拶に来て10分くらいしたらご家族さんから”亡くなった”て連絡あるんよ」


 不思議な現象には慣れきった横田さんだが、結婚当初に体験したことはいまだによく覚えているという。


 それは、結婚後に一緒に暮らし始めた頃のこと。ガーデニングが趣味だった横田さんは、引っ越しが終わり慌ただしい日々も落ち着いたので庭に花を植えたり木の手入れをしたりして楽しんでいた。

 ある日、庭の花を摘んで生けてみたらなかなか良い出来だったのでスマホで写真を撮った。その写真をSNSにアップしたところ、知り合いからこんなコメントがついた。


 ”奥にいるのはご主人?”


 撮った時には気が付かなかったが、写真を拡大してよく見てみると、確かに奥の方に袈裟を着けたお坊さんが写っていた。手前の花を写した写真なので多少ピンボケしているが、一見してお坊さんと分かる。しかし撮影時、お寺の住職である夫は外出していたのだという。

 怖くなった横田さんは夫にも写真を見せた。じっと画面を見ていた彼は表情を強張らせ、それから大きくため息をついて「池上さんやろか」と呟いた。


 池上さん――横田さん達が引っ越してくる前にお寺にいた、つまり先代の住職のことである。夫には写真に写ったお坊さんが先代の住職に見えたのだそうだ。



「じゃあ、これって心霊写真ですか?」


 親指と人差し指で件の部分を拡大しつつ横田さんに尋ねる。


「せやなぁ、池上さんは引っ越しの前に亡くなっとるから、立派な心霊写真やな」

 なるほど、確かに少しボケているがお坊さんが俯いているように見える。袈裟を着けているのも見て取れた。


「今も池上さんはお寺にいるんですかね?」


「もうおらんと思うで」

 横田さんはきっぱりとそう言い切った。


「引っ越してからずっと本堂からお経が聞こえやってん。誰も本堂におらん時にやで。けど、写真撮った日から何も聞こえんくなったわ」


 写真に撮られると魂を抜かれる、というのはもしかすると死者に適用されるルールなのかもしれない。

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