残された手紙

@no_0014

父の行方

愛する娘へ

――この手紙を読むころには私は君の前から姿を消しているだろう。――


 洋画を観るのが大好きだった父のこの手紙を読んだのは、父が生きている頃だった。まだ私は幼くて、「二十歳になった」という部分を抜かして手紙を開封し、中を読んだ。しかし、漢字を読むことも曖昧で読解能力もないような絵本だけが読める私にこの手紙はよくわからないものでしかなかった。そして、その存在すらも忘れてしまっていた。


 それから数十年後、二十歳になり、袖を通した私の振袖からあの時の手紙が出てきた時も、思い出せず首を捻りながら再び開封することとなった。

 これは、数年前に事故で亡くなった父からの唯一の手紙。そして、迷宮入りした父の死の真相の手掛かりが書かれている、大事な手紙だった。


 父は勤勉で、仕事と家族、そして自分の趣味の全てをこなす、本当に一人の体なのかと疑うほどに、完璧な人間だった。

 職場の人からの誘いも多く、釣りやらゴルフやら色々なところに出かけることもあれば、私たち家族と動物園や温泉などにも出かける誰からも文句を言われるようなことが一切ない不思議なほどに順調な人生を送っていた。


 しかし父が死んだ日は、車に乗って一人で出かけて事故に遭い、監視カメラやあらゆる手段を尽くしても警察ですらお手上げの犯人の見つからない交通事故の死になった。

 死に方はどう見てもひき逃げ。しかし証拠が一つも見つからない。


 普段ならどこへ出掛けるのか、職場の人ですら父の予定を知っているくらい大っぴらに自分の場所を教えていた父だったが、その日だけは母も私も誰も父の行き先を聞いていなかった。


 初めは愛人の存在を疑った。父には誰にも知られていない、何か隠していることがあるのだと。しかしどの交友関係を洗っても、父から隠れた何かが出てくることはなかった。

 金銭的な問題もまた、何一つ虚偽の無い、貯金と収入で借金などは抱えていなかった。

 次に自殺。これに関しては、父の体から車のタイヤでひかれた痕跡があり、それが死因になっていることから自殺ではない。そしてそのタイヤの痕跡は、どの車のものとも一致せず、見つからず仕舞いだった。



 ――ここから先は、真相の部分の手紙を抜粋した内容である。


 突然の死に驚いたかもしれない。そしてきっと戸惑うことも多かったことだろう。

まずはすまない……。私はいつしか皆の期待に応えたい、完璧な私になりたかった。

 そんなある日、私の前に現れたのは真逆の自分さえ良ければいいと思っている私そっくりのクローンだった。友人のツテで、クローンの研究をしている者が居て、私の遺伝子を提供したことがあった。しかし、友人の元で私のクローンは実験の日々に耐え切れなくなり、友人を殺し、逃げて来たのだと言っていた。

 こんなことがあってはいけないと思ったが、私の完璧になりたいという欲求と彼の自分のやりたことがしたいという欲求を両方満たすことができると私たちはお互いに自覚してしまった。


 初めは気づかれるだろうと思った。だが、日を重ねるごとに私たちはバレない事に愉悦を感じ、楽しくなってしまった。そしてさらに強度を増すためにお互いの情報を事細かに共有し、私は本当に完璧な人として周りから扱われ、彼はやりたいことを沢山できたと言っていた。

けれど、皆を騙していることには変わらない。そして愛する妻と娘は私だけの愛する人だ。当然、彼には渡すわけにはいかない。

しかし彼が別の誰かを愛することも許されない。それは彼と私が本当に誰にもわからないほどに似ていて、そして彼の戸籍は私だからだ。


君が二十歳になったら、行方を眩ますつもりでいる。君の晴れ着を一目見たら、これから何年にもわたり、入念に計画を立てて、どんな方法になるかはまだわからないが、消息を絶つはずだ。

死んだと思って構わない。ただ、君にだけは本当の事を知っていてほしかった。だからここに残そうと思う。

ずっと騙してしまったこと、そしてこの先の君の人生に私が居ないことを寂しいと思わせてしまっていたらすまない。

だが、クローンの彼ときっとお互い助け合い、私たちは生きているはずだ。だから、君もこの先の人生を楽しんで生きることを願う。――



 しかし父は死んでいる。消えたのではなく、死んでいた。

クローンの方が残ったのだろうか。そいつが父を殺し、タイヤごと車を廃棄処分して痕跡を消して、今もどこかで……。

 それとも、いつの間にか完璧だと思わせたい欲から私たちを騙し、こんな手紙を残す父が生きているのだろうか……。

 この手紙は父があの時に書いたものなのだろうか?それともクローンがそっくりに似せて自分の都合良く書き換えて私の振袖に入れ直した物なのだろうか?


あの日、幼い頃に手紙を読んでしまった私。という情報によって、忘れていたはずのこの手紙のおかげで、この先の人生で、私は父の真相に辿り着かなければならなくなった。

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