第8話「約束」

俺たち3人はグラロスに乗って飛び、北の森と人里との境界線に着いた。


森の空気は明らかに異質で中は昼間だというのに薄暗かった。生き物達が森から外へ逃げて行くように感じた。


「誰も入れさせない、そんな雰囲気だね。こんな所に人が住んでいるなんてね」


スイはグラロスから降りて俺の背中に乗った。


「ぜんぜん…怖くなんかないんだから」


震えながらユナが言った。強がっているようだ。


「行こう」


身震いしながら俺たちは森へ足を踏み入れた。



恐怖心はあったが俺たちは森の中を進んでいった。


「歩きづらいわね、いっそ全部燃やしたら良いんじゃない」


ユナがとんでもない提案をしてきた。


「そんなことしたら人も集まってくるし捜索どころじゃなくなっちゃうだろ!」


「…冗談よ、冗談!なんか薄暗くて不気味だから盛り上げたくって…」


「ふふふ、ユナなら本気でやりかねないと思ってしまったよ」


「そこまであたしだって馬鹿じゃないわ!」


そんなこんなで歩いているとスイが異変を見つけた。


「この先に森に穴が空いている所があるね。全然周りと温度が違うんだ。そう北に真っ直ぐ進んで」


スイの指示通り進んでいくと光が差し込んでいる場所に出た。


「なにここ?公園?」


ユナが不思議そうにしている。森の中に公園があったのだ。その向こうには家が並んで建っている。


「まるで街だね。だけど人の気配は感じない。ああとても興味深い…。中に入ってみないかい?」


「そうしよう、ここにレンカさんがいるかもしれないしね」


そう言って公園に入ると上から何かが降ってきた。轟音と共に砂を巻き上げる。


「いったいなによこれ!」


ユナが叫ぶ。


「シンニュウシャ ハイジョ」


空から降ってきたのは3メートルはある巨大な緑青色のゴーレムだった。ギシギシと音をたてながらこちらに向かってくる。


「どうやらこの街に歓迎はされてないみたいだね。どうする?マシロ」


「しょうがない!スイの魔法で足を止めることはできる?」


「やってみよう、フリゴール・ダイヤモンド(氷点下の金剛石)!」


スイは手を振りかざしこっちへ向かって走ってくるゴーレムの足を凍らせた。ゴーレムは動けなくなっている。


「よし、良くやったわスイ!流石あたしの子分ね!」


ユナが鼻を膨らませて言った。


「ふふふ、いったいいつぼくがユナの子分になったんだい?それにしてもゴーレムとは面白いね」


そんなやり取りをしているとゴーレムが凍った自分の足を殴り付け氷を破壊してこっちへ走ってきた。


「なんだって?ここは一旦引こう!」


俺たち3人は森の中へ逃げ込んだ。森の中までは追ってこないみたいだ。公園をうろうろしている。


「どうするのよこれ!あたしの魔法で倒しちゃう?」


「うーん、もしかしたらあれはレンカさんの物かもしれないし壊したくはないな」


「ふふふ、案外対話を試みるというのはどうだろう。言葉を話していたし知性も有りそうだ。そして何より面白そうだ」


スイはゴーレムと対話しようと提案してきた。


「あんた、馬鹿じゃないの。突っ込んできて轢かれて終わりよ!」


ユナがそれを否定する。


「それなら動きを止めてみるのはどうだろう…」



俺たちは作戦を話し合い再びゴーレムと対峙した。


「シンニュウシャ ハイジョ」


「クレアーレ・ペンナ(創造の翼)!こっちだゴーレム!」


俺はフウナからもらった魔法を使い背中に翼を顕現させた。髪が白くなっていく。そしてゴーレムの周りを飛び注意を引き寄せた。その間にダイヤモンドダストが地表に張り巡らされる。


「フリゴール・ダイヤモンド!大地よ凍てつけ」


ユナの背中におぶらさったスイが魔法で地表を凍らせた。


上に注意を向けていたゴーレムは足を滑らせ地面に転がった。


その上に俺が乗った。魔法で風を起こし押さえつける。


「アウ… イタイ オリテ オリテ」


転んだままゴーレムは抑揚の無い声で喋った。


「やった!作戦成功ね!」


「あんた、レンカっていう人は知っているか?」


俺はゴーレムに質問してみた。まともな返事が返ってくるとは思っていないが。


「レンカ ワタシ アナタ ダレ?」


予想の斜め上を行く回答が返ってきた。このゴーレムがレンカさんだって?中に誰か入っているのか?


「ふふふ、探し人が見つかってよかったじゃないか。いや、探しゴーレムと言った方がいいか」


「こんなのあり得ないわ…」


スイは笑い、ユナは絶句している。


「あなたと話がしたい、フウナという人からあなたを頼れと言われたんだが心当たりはあるか?」


俺はレンカを名乗るゴーレムから降りて聞いてみた。


「フウナ… ウーン…ワスレタ…ワタシ ナンデモ スグ ワスレル」


ゴーレムは立ち上がり首を傾げた。フウナが言っていたのはこの事だったのか。もしレンカがわたしのことを忘れていたらこう言えと言われたことを思い出した。


「…約束を果たしにきた」


「ヤクソク シタ ワタシ ダレカト ナンノ?」


ゴーレムは困惑しているようだ。


「俺たち魔法使いを助ける約束だ」


騙しているようで心苦しいがフウナに教えてもらった通りに言った。


「ワカッタ ヤクソク マモル ワタシ ユウキュウ ノ レンキンジュツシ レンカ」


どうやら中からは出てきてくれないみたいだが認められたようだ。


「俺はマシロ、これからよろしくレンカ」


「ぼくはスイだ、凄い身体を触らせてもらってもいいかい?」


スイはゴーレムに興味津々みたいだ。


「あたしはユナよ!あんたなんか全然怖くないんだから…」


ユナはあまり近付こうとしない。スイとどうやら揉めている。


「ユナ!もっと近付いてくれ、観察したい触れたいんだ」


「い…嫌よ!あ、背中でちょっと暴れないで」


そんなやり取りをしながら俺たちは誰もいない街をレンカについて進んでいった。


「レンカ、この街はいったい何なんだ?人は住んでいないようだけど…」


「マホウツカイ ノ イバショ ツクル ヤクソクシタ ダレカト」


レンカは思いだしながら話してくれる。悪いやつでは無さそうだ。


「チョットマエマデ ヒトイタ エート…マホウカクメイ ダン」


フウナの昔の仲間達のことだ。ここに住んで活動していたのか。


「デテッタ モノ シンダ モノ レンカ マタ ヒトリ ナッタ」


そういって街の中心にある一番大きな建物に案内して貰った。住居ではなくイベントホールみたいだ。半球状のホールの中に入ると天井の大きな窓から光が差し込んでいた。その中心に地球儀のようなものが光に照らされ様々な色の輝きを放ち浮いていた。その輝きが白い壁に反射しとても幻想的な風景を造り出していた。


「マホウツカイ ノ タマシイ ココ テラヴィス ニ ネムル」


これはテラヴィスというらしい。


「ふふふ、凄い魔力だ。こんな数のマギアハートを母が見たら飛び回って喜ぶだろう。もちろんぼくは母が喜ぶ姿を見たくないので安心してくれて良いが」


「少し…不気味だわ…、だってこれ魔法使いの心臓でしょ…」


ユナは嫌悪感を露にしている。


その時、テラヴィスの輝きが強くなり一方向に光が収束した。そこいたユナとおぶらさっているスイは慌てて光から逃げた。


そして光の先の壁に何かの呪文のようなものが円状に刻まれ、その中心に深く黒い渦が発生した。


「なんなのよこれ!もうここに来てから驚くことばかりだわ!もう頭がいっぱいよ…」


喋るゴーレムに誰も居ない街、マギアハートを集めたテラヴィスに目の前に現れた黒い渦。ユナの言いたいこともわかる。


「ふふふ、世界というのは面白いね。マシロの手を取って本当に良かったとそう思うよ」


スイは何だか楽しそうだ。


「レンカ、この黒い渦はなんなんだ?」


「コレハ カルディア ヘノ ゲート ト マホウメイ」


「ふむ、カルディアとは人間が魔法使いに覚醒したときに周りに創ってしまう迷宮のことだね」


「なんて書いてあるのかしら…トリガー・ザ・リッパー(死神の引き金)…。凄く物騒な魔法名ね…」


「この先に、覚醒したばかりの魔法使いがいるということか。俺は行って魔法使いを助けたい。そして出来れば仲間にしたいと思っている」


「あたしは反対、この先安全なのかもどんな奴が居るのかも分からないのよ…?」


「ぼくも手放しにはい行ってらっしゃいとは言えないな。そもそもこのゲートがカルディアに繋がっているのならカルディアが崩壊すればゲート使って戻れなくなる可能性がある」


俺たちはそれぞれの意見を述べた。


「ゲート トジタラ モドッテ コレナイ イソゲ」


どうやらスイの懸念は当たっていたようだ。


「帰ってこられるかわからないってこと…」


ユナが呟く。



「俺はそれでも行こうと思う。フウナ達だってこうして魔法使いを助けながら仲間を集めたんだ。この世界に魔法使いの居場所をつくるというフウナの意志を継ぎたい」


俺はフウナのマギアハートから流れ込んできた記憶を思いだしながら自分の想いを伝えた。


「わかった、最後に決めるのは君自身だ。ぼくもマシロと行きたい気持ちはあるのだが…」


スイは何かを言いにくそうにしている。


「俺一人で行くよ。スイはここを守ってくれ。俺が居ないあいだに間に追手が来ないとも限らないしな」


スイは移動手段が限られるのでカルディアないの探索には向かないだろう。


「そうだろうね、足を引っ張ってしまう可能性がある以上。ぼくはここに残るのが正解だろう」


「ユナは…」


「あたしは…行かない。あたしは知らない誰かより自分の命が一番大事だから」


俺が良いかけるとユナが言葉を被せてきた。


「そうか…スイのこと、よろしく頼む」


そうユナに言うとふんっ、と顔をそらした。



俺がゲートに歩きだすとレンカが声をかけてきた。


「チョット マッテ」


そういってどこかへ行って戻ってくるとレンカの大きな手から銀色の指輪を渡された。


「へっ、ゆ、指輪…?急に告白…!そんな知り合ったばかりじゃない…」


ユナがあたふたしている。


「ふむ、マシロ君はモテるのか。ぼくもうかうかしていられないかな。最近ユナ君とも仲良さそうだし…」


「そんなことないわよ!」


スイは何かをぶつぶつ呟いている。それに対してユナがキレた。


「コレ アイテム ハイッテル トリダス デキル イレル ワタシシカ デキナイ」


なるほど、指輪に魔力を込めると中に有るものの映像が宙に浮かんだ。それをタップすると取り出せるらしい。お弁当や水、そしてグラロスまで入っている。アイテムリングとでも呼ぼう。


「ありがとうレンカ。魔法使いの居場所をつくるって約束はフウナに代わって俺が守るよ。だから二人を頼む」


「ワカッタ レンカ ヤクソク マモル」


「…絶対帰ってきなさいよ。帰って来なかったらあたし許さないから!」


ユナが左腕の裾を掴みこちらを泣きそうな目で睨み付けている。


「マシロ、ぼくは必ず君が帰ってきてくれると信じている。これはおまじないだ。ボナ フォルトュナ(幸運を祈る)」


スイはユナの背中から手を伸ばし俺の頭を撫でた。


そして俺はゲートに足を踏み入れた。




レンカはマシロを見送るこの状況が懐かしい感じがしていた。


ゴーレムの身体になってからは記憶の容量が少なく、覚えることよりも忘れることのほうが多くなってしまった。


誰かとした約束だけは忘れないように、大きなゴーレムの手で器用に鉛筆を持ち、毎日自室でノートに言葉を繰り返し書いている。


「マホウツカイ ノ イバショ ツクル ヤクソク」


今日もまた繰り返す。


でもワタシは何か大事なことを忘れているような気がする。先ほど覚えた懐かしさよりももっとずっと昔、まだゴーレムの手ではなくて、人間の手をしていた頃。誰かと大切な約束をした気がする。それが誰で何の約束だったのか思い出せないでいる。



でもいつか、大切なことを忘れたことすら忘れてしまうことがワタシは怖いのだ。






あとがき

氷河崎スイだ。ふふふ、新要素が多くて皆が混乱してしまわないか心配だよ。わからないことがあったらいつでもぼくに聞くと良い。可能な限り答えよう。何でもは知らないけれどね。え、マシロのことが好きなのかって?ふふふ、それはぼくにもわからないから教えられないな。なんてね。

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