第1話「運命に出逢うその日まで」

魔法使いは過酷で残酷な運命から逃れる為に力を得た人間である


業火の中で、母となる筈だった彼女は最後の魔法をかける。

「いつかこの子が…平和な時代に生まれますように。運命に出会うその日まで、私の中で眠っていて…!」

それが、始まりの魔法使いと呼ばれた彼女の最後だった。




将来何になりたいかと問われれば、完璧な人間になりたいと答えるだろう。どんな状況においても常に判断を間違うことのない最善の選択を出来る人になりたい。明日10才の誕生日を迎える俺はそんなことを考えながらある人の帰りを待っていた。

「たっだいま~!」

玄関から勢い良く扉の開く音がした。俺は玄関へ向かう。トマト団地の2階の角部屋、それが俺と今帰ってきた人の家だ。

「おかえりフウナ、外は雪が降ってるんだね」

彼女の腰まである長い黒髪とコートのファーには雪が付いていた。

「寒かったよ~、手暖めて」

そう言って彼女はケーキと思われる箱を俺に渡し。片腕の彼女は左手で俺の右頬を触った。冷たくて逃げ出しそうになったけれど彼女の俺を見つめる瞳が切なくて、何も出来なかった。

「マシロ、10才のお誕生日おめでとう。大きくなったね」

「誕生日は明日だよ…もう良いでしょフウナ、晩ごはん出来てるぜ」

「やった~、マシロの手料理だ!ビーフシチューの香りがする~」

フウナは魔法食を嫌がる。昔ながらの調理を施した物しか食べない。でもそれだって元を辿れば魔法食を材料に作られてるのに。


この世界では魔法使いは使い潰される資源でしかない。世界は魔法で満ちている。世界のどこからでも見えるほど高い始まりの塔は魔力を撒き散らし続け、家も服も食べ物も全てがもう何が自然で何が魔法で創られたものなのかも分からない。きっとそれは彼女が変えたかったもので、そして俺の為に諦めたものなのだろう。


ビーフシチューをよそい、2人でテーブルについた。

「マシロの作るビーフシチューは世界一だね」

彼女はいつもそうやって褒めてくれる。

「そうかなぁ、自分の料理の味って良く分かんないんだよな」

俺は照れ隠しの為にそんなことを良いながらビーフシチューを硬めのパンに付けて口にした。我ながら良い味だ。


ケーキを食べながらフウナが呟いた。

「この時間が永遠に続けば良いのにな」

叶うはずのない願いだ。彼女は自分に残された時間が少ないことを知っている。魔法使いはみな短命で30歳まで生きたものはこれまで1人も居ないらしい。

気の利いた言葉を掛けれない俺に彼女は話を続ける

「でもね、後悔はしたくない。助けたい子達がいるの」

そう言うとフウナは整った顔を苦々しくしかめた。

彼女が幼少期、実験台として捕らわれていた魔法科学研究所、そこでは非人道的な実験が日常的になされているらしい。

「俺も行く、そんな危ない所に1人で行かせたくないよ!」

「駄目よ、危ないからこそマシロを連れていくことは出来ないわ」

分かってる、俺は魔法を使えない。フウナに拾われたただの戦争孤児だ。10年前にフウナ達魔法革命団と魔法使い達を虐げてきた人間との争いの中、彼女に拾われたらしい。


明日、彼女は研究所に行く。だから隣で寝ているフウナを起こさないように俺はこっそりと抜け出した。

「ごめんね…フウナ。でも俺だってもう1人でも大丈夫だって証明しなきゃ」

俺は魔法使いではないから、空を飛ぶことが出来る魔導具「空を駆ける白翼(グラロス)」で先回りすることにした。球体に両翼がついた機体だ。腰のホルスターにレトラ(ピストル型魔導銃)を装備した。空気中の魔力を取り込み放つことが出来る。両方、去年の誕生日にフウナに貰ったものだ。これで私がいなくなっても何処へでも行けるようにと。フウナは自分が死んでも僕が生きていけるのかをずっと心配していた。


夜の町は魔導ライトに照らされ思ったよりも明るかった。魔法革命の影響で建ち並んだ異様に綺麗で高いビル群の間を俺のようにグラロスで飛んでいる人も珍しくない。大型のファミリー用の機体もいくつか飛んでいた。


「ここか魔法科学研究所は」

白い建築物が沢山立ち並びその中心に、一際異彩を放つ楕円形の建物あった。まるで繭みたいだ。周囲を見渡して入れそうな所を探す。その時建物内から爆発音とオレンジ色の閃光が上がり俺のすぐ横を通りすぎて行った。

「なんだ、今の光は!?」

俺は恐怖を覚えながらも穴が空いた上部分から覗き込んだ。そこには透明な壁に覆われた部屋があった。一本の木とピアノ、それを弾く車椅子に座った薄水色の髪の少女がいた。その光景があまりにも美しすぎて息を飲んでしまった。


"あなたは何にでもなれる

そんな呪いの言葉

蚕は蝶にはなれないし

空だって飛べないのよ"


「誰かそこに居るのかい?」

歌うのをやめて少女は穴の方を向く素振りをして言った。目を閉じたまま。

「すまない、あまり視力が良くなくて見えないんだ。これは君がやったのかい?いや、違うな

熱源は下の方だ」

戸惑っていると彼女は沢山の事を喋りだした。

「ふふふ、普段あまり喋り相手が居なくてね、暇をしていたんだ。」

彼女は矢継ぎ早にそう言った。

「君も降りてきておくれ、ああ今階段を作ろう」

そう言うと周囲の気温が下がり、少女の回りにはダイヤモンドダストが浮かんでいた。そして下から氷で出来た螺旋状の階段を穴の空いた天井まで伸ばした。

俺は少女の不思議な魅力に惹かれ、冷たい階段を下った。研究所内は先ほどの爆発で混乱しているみたいだ。

「君は何をしにここにきたんだい?いやその前に名前かを聞こうか。うんそれが良い」


「俺は…マシロ、ここでは非人道的な実験が行われていると聞いて…助けようと…思って」

少女はそれを聞いて目を見開いた。少女の虹彩は白くはっきりとどこをみているのか分からなかった。しかし、底知れぬ恐怖がそこにあった。

「貴様!そこで何をしている!」

僕に気付いた武装した十数人の集団が部屋の中になだれ込んできた。腰に隠したレトラ(魔導銃)に手を伸ばす。一斉に銃を向けられた。危険なのは承知の上だった。しかし、初めて死の恐怖を感じ、震えが止まらなかった。その向けられた銃ではなく、少女が周囲に向ける冷たい眼差しにだ。

「総員、侵入者を撃て!!」

「フリゴール・ダイヤモンド(氷点下の金剛石)」

俺と少女の周りが濃いダイヤモンドダストで包まれる。銃弾はそれに触れた所から凍てつき、落ちていった。部屋のダイヤモンドダストがまるで意思を持っているかのように取り囲んでいた武装した集団に纏わりつき凍り付いていく。

「や、やめろ…そんなことをしても…お前は…」

最後に命令を下していた男が氷漬けになった。


「邪魔しないで貰えないかな。彼は今、ぼくとお喋りをしているんだ。そう言えば自己紹介がまだだったね、ぼくはスイ、氷河崎スイ。この研究所の創設者にしてリーダー、氷河崎ノアの最高傑作、人呼んで最強の"人工魔法使い"だ」

スイと名乗った少女の冷たい目が再び僕に向けられた。

「スイは非人道的な実験の、被験者なのか…?」

「非人道的な実験か。ふふふ、それは間違いないね。なんたってぼくの身体がそれを証明している。人間から何を奪ったら魔法使いに目覚めるのか、その過程で目も歩く力も失った、でもぼくと同じプロセスを辿っても魔法に目覚めない子達もいた。ぼくは運が良い方なのかもしれないね」

スイはここに閉じ込められ、監視され、優良なサンプルとして身体を弄られ一生を終えるという。

「ぼくはこのまま一生ここを出ずに死んでいく、そう言う運命なのさ。そもそもそんな運命を課せられていなければ魔法に目覚めることが出来ないと母は言っていたかな」

彼女は自虐的に笑った。

「そんな…笑えないよ…君は、スイはそれで良いのか?外の世界を観たくないのか?」

「外の世界か…マシロが連れてってくれるのかい?」

スイは試すように白い瞳で俺を見つめた。透明の壁の外で部屋の中の異変に気付いた監視員達が騒ぎだしたのが聞こえた。サイレンの音鳴り響くなか、俺は覚悟を決め手を差し出した。


「ああ、行こう。どこまでも、一緒に世界を見よう」

自分を奮い立たせるように浮いた台詞と共に手を取った。

この手を握った先にどんな未来が待っているのかはわからない。ただ、この手を離したくないそう思ったんだ。



ぼく、氷河崎スイはどうしてこの手を握ったのだろう。投薬、検査、実験、ぼくはただの実験動物。

積み重なる不条理な日々に少しづつ世界から感覚が遠ざかっていく。

そんなぼくの前に突然現れた得体も知れない男の子、とても不思議な暖かさを持っている男の子。

自分の人生に何も期待していなかったぼくに、世界を見せると言ってくれた。

冷たい灰色だったぼくの世界が、温度を取り戻していく気がした。

ああ…だからぼくは手を取ったんだ。

初めて触れた男の子の手は、とても暖かかった。

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