風見鶏は強がっている

１話 純太郎とトラック

　やあみなさん、どうもこんにちは！

　オレは高（こう）校（こう）１年（ねん）生（せい）の風（かざ）見（み）純（じゅん）太（た）郎（ろう）です！

　自（じ）分（ぶん）を陽（よう）キャだと思（おも）ってるタイプの陰（いん）キャです！

　自（じ）分（ぶん）を客（きゃっ）観（かん）視（し）できるってすごくない？　褒（ほ）めて褒（ほ）めて。

　血（けつ）液（えき）型（がた）はＡ型（がた）。

　身（しん）長（ちょう）は１５６ｃｍ、体（たい）重（じゅう）は６１ｋｇ。

　重（おも）いと思（おも）ったそこのお前（まえ）。

　BMI判（はん）定（てい）では普（ふ）通（つう）体（たい）型（けい）だったからデブじゃないからな！　至（いた）って健（けん）康（こう）的（てき）な体（たい）型（けい）です！

　元（もと）バスケ部（ぶ）だから「ふん！」ってやったら筋（きん）肉（にく）浮（う）くんだからな！　ベンチだったけど。

　部（ぶ）活（かつ）引（いん）退（たい）して食（く）っちゃ寝（ね）食（く）っちゃ寝（ね）生（せい）活（かつ）してるから実（じっ）際（さい）ちょっと太（ふと）ったけど。

　得（とく）意（い）科（か）目（もく）は歴（れき）史（し）。

　歴（れき）史（し）ってなんかカッコいい単（たん）語（ご）多（おお）くない？

　六（ろく）波（は）羅（ら）探（たん）題（だい）とか武（ぶ）家（け）諸（しょ）法（はっ）度（と）とか。響（ひび）きがいいよね。

　意（い）味（み）は受（じゅ）験（けん）勉（べん）強（きょう）が終（お）わったと同（どう）時（じ）に忘（わす）れた。

　苦（にが）手（て）科（か）目（もく）は数（すう）学（がく）。

　これに関（かん）してはもうさっぱりわからない。

　三（さん）平（へい）方（ほう）の定（てい）理（り）とか方（ほう）程（てい）式（しき）とか今（いま）でもわからない、なんなら割（わり）合（あい）すらもわかってないからね？

　最（さい）近（きん）は数（すう）字（じ）を見（み）ると頭（あたま）が痛（いた）くなる病（びょう）気（き）に罹（かか）ってる。

　友（とも）達（だち）は普（ふ）通（つう）に多（おお）いほうだと思（おも）う。

　けど学（がっ）校（こう）で会（あ）うだけで、休（きゅう）日（じつ）遊（あそ）びに行（い）くかと言（い）われればそうでもない。

　そもそもオレ遊（あそ）びに誘（さそ）われたら基（き）本（ほん）断（ことわ）るし。

　広（ひろ）く浅（あさ）い関（かん）係（けい）でありたい。

　友（とも）達（だち）っていうより知（し）り合（あ）いが多（おお）いって感（かん）じかな。

　彼（かの）女（じょ）募（ぼ）集（しゅう）中（ちゅう）です。

　あ、今（いま）は『彼（かの）女（じょ）』じゃなくて『恋（こい）人（びと）』って言（い）うんだっけ。

　でもオレが好（す）きになる人（ひと）の前（ぜん）提（てい）条（じょう）件（けん）は女（じょ）性（せい）だから『彼（かの）女（じょ）』で合（あ）ってます。

　改（あらた）めて彼（かの）女（じょ）募（ぼ）集（しゅう）中（ちゅう）です、大（だい）募（ぼ）集（しゅう）してます。

　好（この）みのタイプはオレを好（す）きになってくれるかわいい子（こ）。

　オレ「好（す）き」って言（い）われたら好（す）きになっちゃうタイプなの。

　今（いま）まで１回（かい）も言（い）われたことないけどね。

　家（いえ）はお父（とう）さんとお母（かあ）さんとオレの３人（にん）暮（ぐ）らし。

　中（ちゅう）学（がく）のときは反（はん）抗（こう）期（き）もあったけど、今（いま）はそんなこともなく仲（なか）いいよ。

　去（きょ）年（ねん）まではハリーって名（な）前（まえ）の犬（いぬ）を飼（か）ってた。

　元（げん）気（き）なおじいちゃん犬（けん）だったよ～。

　趣（しゅ）味（み）は読（どく）書（しょ）。

　カッコいいでしょ。

　でも紙（かみ）の本（ほん）じゃないの、Webマンガなの。

　紙（かみ）じゃなくてWebっていうね。

　しかもマンガっていうね。

　は？

　なに？

　Webマンガだって立（りっ）派（ぱ）な本（ほん）ですぅ、電（でん）子（し）"書（しょ）籍（せき）"なんだから！

　紙（かみ）の本（ほん）も別（べつ）に読（よ）まないことはないんだよね。

　読（よ）むっちゃ読（よ）むんだよね。

　読（よ）むっちゃ読（よ）むんだけど、やっぱりマンガなんだよね。

　でも小（しょう）説（せつ）もたまに読（よ）むよ、有（ゆう）名（めい）なやつだけ。

　あーでも教（きょう）科（か）書（しょ）の中（なか）にあるような小（しょう）説（せつ）は好（す）きじゃないな。

　ゴリゴリの純（じゅん）文（ぶん）学（がく）なんてもはや嫌（きら）いだし。

　文（ぶん）豪（ごう）小（しょう）説（せつ）とかなに書（か）いてんのかさっぱりだし、源（げん）氏（じ）物（もの）語（がたり）とかもう本（ほん）当（とう）に日（に）本（ほん）語（ご）かもわかんないぐらいだし。

　まあそんなこと言（い）わなくても日（に）本（ほん）語（ご）ってことぐらいわかるんだけどさ。

　あれ、純（じゅん）文（ぶん）学（がく）と文（ぶん）豪（ごう）小（しょう）説（せつ）ってなにが違（ちが）うんだっけ。

　じゃあ大（たい）衆（しょう）小（しょう）説（せつ）はどうなるの？

　あーもうどうでもいいや。

　たまに電（でん）車（しゃ）で読（どく）書（しょ）してる人（ひと）見（み）るけど、スマホでじゃなくて本（ほん）当（とう）に本（ほん）で読（よ）んでるから尊（そん）敬（けい）する。

　オレ紙（かみ）読（よ）むと眠（ねむ）くなるんだよね。

　やっぱオレには紙（かみ）の本（ほん）じゃなくて電（でん）子（し）書（しょ）籍（せき）で字（じ）を読（よ）むのが合（あ）ってるんだな。

　頭（あたま）を使（つか）うのはとにかく嫌（きら）いだ。

　変（へん）に小（こ）難（むずか）しい漢（かん）字（じ）とか意（い）味（み）不（ふ）明（めい）なセリフとかわけがわからない。

『うるさい』を『五月蝿い』って書（か）くやつとか、

「わからなくていいよ、今（いま）のところは」って言（い）うやつとか、そういうのが苦（にが）手（て）だ。

　なんなら嫌（きら）いだ。

　後（こう）者（しゃ）のやつとか結（けっ）局（きょく）最（さい）終（しゅう）回（かい）まできても作（さく）者（しゃ）が忘（わす）れて教（おし）えてくれないこととかあるし。

　でも前（ぜん）者（しゃ）のやつのほうがマジでウザい。

『〇〇する"時（とき）"』とか『〇〇する"事（こと）"』とか『予（あらかじ）め』とか、普（ふ）段（だん）ひらがなで表（ひょう）記（き）されてるものをわざわざ漢（かん）字（じ）で書（か）くんだよ。

　馬（ば）鹿（か）だよね。

『巫山戯る』ってなんて読（よ）むかわかる？

『ふざける』って読（よ）むんだって。

　読（よ）めねーんだよ普（ふ）通（つう）にひらがなで書（か）けや。

　漢（かん）字（じ）で書（か）きたいならせめてふりがな振（ふ）れや。

　たまに面（おも）白（しろ）いのも見（み）つけるけどさ、オレは考（こう）察（さつ）できるような頭（あたま）痛（いた）くなる神（かみ）作（さく）じゃなくて頭（あたま）空（から）っぽにして見（み）れる良（りょう）作（さく）がいいんだよね。

　疲（つか）れてるときに読（よ）む"なんちゃってファンタジー異（い）世（せ）界（かい）"マンガはマジでいいよ、本（ほん）当（とう）に頭（あたま）使（つか）わずに読（よ）めるからね。

　キャラの名（な）前（まえ）とか顔（かお）とか忘（わす）れるくらいがちょうどいいんだよね。

　ちなみに友（とも）達（だち）は全（ぜん）員（いん）こういう"なんちゃってファンタジー異（い）世（せ）界（かい）"系（けい）を読（よ）みません。

　同（どう）士（し）が居（い）なくて悲（かな）しいです、語（かた）れません。

　さてさて、自（じ）己（こ）紹（しょう）介（かい）もここらで終（お）わりにしよう。

　ただいまオレは、明日（あした）、７月（がつ）２４日（か）の自（じ）分（ぶん）の誕（たん）生（じょう）日（び）プレゼントを買（か）いに、自（じ）転（てん）車（しゃ）を漕（こ）いでいるのです！

　…………あいや、だれも祝（いわ）ってくれないとかそういうんじゃなくて。

　ただせっかく自（じ）分（ぶん）が生（う）まれてきたんだからさ、自（じ）分（ぶん）が１番（ばん）欲（ほ）しいものが欲（ほ）しいじゃん？

　友（とも）達（だち）からのプレゼントはついさっきそこのコンビニで買（か）ってきたお菓（か）子（し）とかだし。

　まあ憶（おぼ）えててくれてたのは嬉（うれ）しいしお菓（か）子（し）も普（ふ）通（つう）に美（お）味（い）しいけど。

　ちなみにオレの好（す）きなコンビニは圧（あっ）倒（とう）的（てき）にファミリ〇マート。

　レシートにたまについてくる無（む）料（りょう）引（ひき）換（かえ）券（けん）に結（けっ）構（こう）お世（せ）話（わ）になってるんだよね。

　ロー〇ンやセブン〇レブンはたまたま態（たい）度（ど）が悪（わる）い店（てん）員（いん）に当（あ）たっちゃってクソ腹（はら）立（た）ったから二（に）度（ど）と行（い）かないって決（き）めてんだ。

　話（はなし）は戻（もど）してさ。

　親（おや）はオレがたまに小（しょう）説（せつ）読（よ）んでるってのは知（し）ってるから、めちゃくちゃ分（ぶ）厚（あつ）い小（しょう）説（せつ）を毎（まい）年（とし）５冊（さつ）以（い）上（じょう）プレゼントしてきちゃうんだよね。

　だからまだ読（よ）みきれてないの、ものが多（おお）すぎて読（よ）む気（き）しなくてさ。

　ずーっと本（ほん）棚（だな）の隅（すみ）っこで眠（ねむ）ってんの、可（か）哀（わい）想（そう）ねこんなやつが持（も）ち主（ぬし）だなんて。

　本（ほん）棚（だな）が背（せ）表（びょう）紙（し）で埋（う）まっていくのは爽（そう）快（かい）だけどもね。

　オレが普（ふ）段（だん）どんなの読（よ）んでるのか知（し）らないんだろうな、好（この）みじゃないガチガチの小（しょう）説（せつ）を選（えら）んでくるんだよ。

　せめてマンガだったなら読（よ）めたのにさ。

　去（きょ）年（ねん）は『ハリー・〇ッター』シリーズ全（ぜん）巻（かん）だったな。

　ハリー（犬（いぬ））と一（いっ）緒（しょ）にハリー（本（ほん））を読（よ）んでたあの頃（ころ）が懐（なつ）かしい。

　プレゼントだから一（いち）応（おう）全（ぜん）部（ぶ）読（よ）むつもりでいるけどさ、やっぱりいまいちよくわからない。

　最（さい）初（しょ）は良（よ）くても結（けつ）末（まつ）がどうしても曖（あい）昧（まい）になる。

　恋（れん）愛（あい）小（しょう）説（せつ）とかどうせ最（さい）後（ご）はくっつくんだからいちいち書（か）かなくていいじゃんとか思（おも）う。

　まあそれ言（い）っちゃ元（もと）も子（こ）もないか。

　両（りょう）親（しん）でさえ子（こ）供（ども）の好（この）みを把（は）握（あく）してないんだから、もう自（じ）分（ぶん）でプレゼント買（か）っちゃうしかないでしょ。

　さーて、とはいってもなに買（か）おうかな。

　いまとりあえず家（いえ）出（で）たってだけで、なに買（か）おうか決（き）めてないんだよな。

　家（いえ）で考（かんが）えてから出（で）ればよかったな。

　いまもう暑（あつ）くてしょうがないや。

　なんで夏（なつ）こんなに暑（あつ）いんだよ。

　この暑（あつ）さを冬（ふゆ）にもちょっとぐらい分（わ）けろよ。

　セミの声（こえ）を聞（き）きながらえぐい角（かく）度（ど）の道（みち）を漕（こ）ぎ、だらだら汗（あせ）を流（なが）す。

　オレなんで疲（つか）れてる放（ほう）課（か）後（ご）にこんなことしてんだろ。

　にしてもセミうっせえなあ。

　カエルの次（つぎ）はセミの大（だい）合（がっ）唱（しょう）かよ。

　次（つぎ）はなに？　コオロギ？　虫（むし）はもう飽（あ）きた。

　美（び）女（じょ）の美（び）声（せい）の大（だい）合（がっ）唱（しょう）が聴（き）きたい。

　でもソプラノの声（こえ）はキーキーうるさいからヤダ。

　風（かぜ）が生（なま）ぬるい。

　すげえ気（き）持（も）ち悪（わる）い。

　冬（ふゆ）に暖（あたた）かい風（かぜ）が来（く）るならまだしも、夏（なつ）に暖（あたた）かい風（かぜ）はさすがに気（き）分（ぶん）悪（わる）い。

　こんなんだったら風（かぜ）もうなくていいわ。

　……と心（こころ）の中（なか）でやいやい言（い）っていると、ようやくショッピングモールに着（つ）いた。

　平（へい）日（じつ）の真（ま）っ昼（ぴる）間（ま）だというのに、車（くるま）はわんさか停（と）まっている。

　よし。

　自（じ）転（てん）車（しゃ）を適（てき）当（とう）に停（と）めて、あと数（すう）歩（ほ）歩（ある）けば天（てん）国（ごく）だ。

　プレゼントは店（てん）内（ない）で歩（ある）きながら考（かんが）えよう。

　そして自（じ）動（どう）ドアが開（ひら）くまであと３秒（びょう）というところで、オレは大（だい）事（じ）なことを思（おも）い出（だ）した。

　―― 財（さい）布（ふ）忘（わす）れた。

　そうだった店（みせ）に行（い）く前（まえ）に家（いえ）に荷（に）物（もつ）置（お）いたんだ、そしてオレの財（さい）布（ふ）はその荷（に）物（もつ）の中（なか）に入（はい）ってるんだ。

　めんどくせーーーーー！！！

　なんのために汗（あせ）水（みず）流（なが）してここまで来（き）たと思（おも）ってんだ！！！

　仕（し）方（かた）がない、プレゼントは明日（あした）買（か）おう。

　今日（きょう）はとりあえずファ〇マでスイカバーだけ買（か）って帰（かえ）ろう。

　……お財（さい）布（ふ）はお家（うち）だっつってんでしょうが！！

　いやいやいや、ちょっと待（ま）て。落（お）ち着（つ）け。

　うん、ポジティブに考（かんが）えよう。

　オレは普（ふ）段（だん）家（いえ）に帰（かえ）ったらなにをしている？

　そう、ベッドに寝（ね）転（ころ）んでWebマンガを読（よ）んでいる。

　それに比（くら）べたら今日（きょう）はどうだ。

　家（いえ）に帰（かえ）ったのにも拘（かかわ）らず、ベッドに寝（ね）転（ころ）がらずにサイクリングをしたのだ。

　すなわち普（ふ）段（だん）より運（うん）動（どう）をしたということ。

　よし、今日（きょう）は疲（つか）れていつもよりぐっすり眠（ねむ）れるぞ！

　よーしイライラが落（お）ち着（つ）いた。

　やっぱポジティブ大（だい）事（じ）。

　あ、そうだ。

　オレのプレゼントはオレ専（せん）用（よう）のケーキにしよう！

　丸（まる）いホールケーキを丸（まる）いまま食（た）べてみたかったんだよね～。

　ここにはモンブランとかタルトとかそういう小（ち）っさいやつしか置（お）いてないから、ケーキ屋（や）さんに行（い）かないとな。

　そんじゃあ明日（あした）の楽（たの）しみができたってことで、かーえろ。

　考（かんが）える時（じ）間（かん）ができたのだから、このサイクリングは無（む）駄（だ）ではなくなった。

　いいことだ。

　るんるん気（き）分（ぶん）で自（じ）転（てん）車（しゃ）の鍵（かぎ）を外（はず）し、来（き）た道（みち）を戻（もど）っていく。

　あ、さっきのえぐい角（かく）度（ど）の坂（さか）道（みち）が見（み）えてきた。

　ぜいぜい言（い）っていた上（のぼ）り坂（ざか）も、いまは下（くだ）り坂（ざか）。

　近（ちか）くに人（ひと）も居（い）ないし、ノーブレーキでゴーゴーゴー！！！

　歩（ほ）行（こう）者（しゃ）用（よう）の信（しん）号（ごう）機（き）がチカチカ点（てん）滅（めつ）した。

　点（てん）滅（めつ）しているだけで、赤（あか）にはなってない。

　すなわちセーフ！

　点（てん）滅（めつ）は『もうすぐ赤（あか）に変（か）わるので渡（わた）っちゃいけません』ってルールだから普（ふ）通（つう）にアウトだけど、知（し）ったこっちゃないね！！！

　どーせだれも居（い）ないし、気（き）にせずゴーゴーゴー！！！

　うっはーーー！！

　風（かぜ）超（ちょう）キモチーーー！！

　気（き）が付（つ）くと、オレは空（そら）を飛（と）んでいた。

　自（じ）転（てん）車（しゃ）から体（からだ）が投（な）げ出（だ）されたと気（き）付（づ）いたのは、少（すこ）し後（あと）になってからだった。

　右（みぎ）腕（うで）がどうにもじわじわ痛（いた）む。

　静（せい）電（でん）気（き）のような痺（しび）れた感（かん）覚（かく）がする。

　目（め）の前（まえ）には、めちゃくちゃに変（へん）形（けい）した自（じ）転（てん）車（しゃ）と、大（おお）型（がた）トラックがある。

　そこで初（はじ）めて、オレは自（じ）分（ぶん）が轢（ひ）かれたと理（り）解（かい）した。

　後（こう）頭（とう）部（ぶ）が電（でん）柱（ちゅう）だか何（なん）だかに激（げき）突（とつ）した。

　神（しん）経（けい）がぶつんと切（き）れたような気（き）がした。

　腕（うで）が落（お）ちている。

　だれの腕（うで）かは知（し）らない。

　だれかが倒（たお）れている。

　だけど知（し）り合（あ）いじゃない。

　動（どう）物（ぶつ）が牙（きば）を剥（む）いて襲（おそ）ってくる。

　なんの動（どう）物（ぶつ）かはわからない。

　これらがぼんやり出（で）てくる夢（ゆめ）を見（み）た。

　経（けい）験（けん）したわけじゃないのに、なぜだかすごく悲（かな）しかった。

　前（ぜん）世（せ）の記（き）憶（おく）だったりするのかな。

　だとするとオレの前（ぜん）世（せ）は壮（そう）絶（ぜつ）な人（じん）生（せい）を歩（あゆ）んでるね。

　腕（うで）が落（お）ちてたり人（ひと）が倒（たお）れてるの目（もく）撃（げき）したり、動（どう）物（ぶつ）に嫌（きら）われたりしてるんでしょ。

　滑（こっ）稽（けい）だね。

　左（ひだり）手（て）がなんとなく暖（あたた）かくて目（め）が覚（さ）めた。

　なんだか呼（こ）吸（きゅう）がしづらい。

　視（し）界（かい）にオレの顔（かお）を覗（のぞ）くお母（かお）さんの顔（かお）が入（はい）ってきた。

「純（じゅん）太（た）郎（ろう）！！　よかった、お母（かあ）さんがわかる！？」

「………………わ、ぁう……お」

　あれ、おかしいな。

　うまく喋（しゃべ）れない。

　喉（のど）になんか突（つ）っ込（こ）まれてる気（き）がする。

　…………呼（こ）吸（きゅう）器（き）？

　なんでそんなもの……え、ここ病（びょう）院（いん）なの？

　なん……ああ、オレ事（じ）故（こ）ったんだっけ。

　そうだオレトラックに撥（は）ねられて頭（あたま）打（う）ったんだわ。

　呼（こ）吸（きゅう）器（き）付（つ）けるくらい重（じゅう）症（しょう）だったんだね。

　とりあえずオレが「わかるよ」って言（い）ったのは伝（つた）わったかな？

　記（き）憶（おく）喪（そう）失（しつ）になったわけじゃないからそれは言（い）えたわけだし。

　窓（まど）の外（そと）を見（み）る限（かぎ）り真（ま）っ暗（くら）だから、もう夜（よ）中（なか）とかなのかな。

　お母（かあ）さんの目（め）元（もと）が赤（あか）いから、泣（な）いていた跡（あと）だとわかる。

　お父（とう）さんはいまコーヒーを買（か）いにコンビニに行（い）ってるらしい。

　は？

　息子（むすこ）のピンチに父（とう）ちゃんはなに優（ゆう）雅（が）にコーヒー嗜（たしな）もうとしてるわけ？

　おい見（み）損（そこ）なったぞクソ親（おや）父（じ）。

　お母（かあ）さんがお医（い）者（しゃ）さんから言（い）われたことを話（はな）してくれた。

　いまのオレの状（じょう）態（たい）を簡（かん）単（たん）に説（せつ）明（めい）すると、

・頭（あたま）を怪（け）我（が）したから数（すう）日（じつ）はあんまり動（うご）いちゃダメ。

・右（みぎ）腕（うで）はもう動（うご）かないかもしれない。

・足（あし）も２週（しゅう）間（かん）は動（うご）かない。

　もうなにができるんだよ。

　少（すく）なくとも２週（しゅう）間（かん）は１人（り）で風（ふ）呂（ろ）もトイレもできないじゃん。

　せっかくの夏（なつ）休（やす）みを病（びょう）院（いん）で過（す）ごすことになっちゃったよ。

　家（いえ）で夜（よ）更（ふ）かしパーティーしたかったなあ。

　夏（なつ）休（やす）み特（とく）に予（よ）定（てい）ないからよかったけどさ、でもよくないじゃん。

　くそ、こんな若（わか）いうちから寝（ね）たきりになるとは。

　人（じん）生（せい）なにがあるかわかんないね。

　なんかもう、色（いろ）々（いろ）萎（な）えてテンション上（あ）がんないや。

　まあ入（にゅう）院（いん）してんのにテンションぶち上（あ）がっててもね。

　でも本（ほん）当（とう）は、オレが目（め）を覚（さ）ましたことも奇（き）跡（せき）らしい。

　見（み）つかったときは頭（あたま）がぱっくり割（わ）れて血（ち）がだくだく。

　右（みぎ）腕（うで）も変（へん）な方（ほう）向（こう）に曲（ま）がって完（かん）璧（ぺき）な真（ま）紫（むらさき）。

　よく生（い）きてたよね。

　ああ、だから『奇（き）跡（せき）』なのか。

　でもホントに、頭（あたま）から突（つ）っ込（こ）んだってのによく生（い）きてたなあ。

　人（にん）間（げん）の体（からだ）ってすごいや。

　丈（じょう）夫（ぶ）な体（からだ）に生（う）んでくれてありがとうお母（かあ）さん。

　トラックの運（うん）転（てん）手（しゅ）さんもオレと同（おな）じくらい酷（ひど）い状（じょう）態（たい）だったみたい。

　いまも意（い）識（しき）が戻（もど）らないまま眠（ねむ）っているらしい。

　幸（さいわ）い交（こうい）通（つう）量（りょう）も目（もく）撃（げき）者（しゃ）も多（おお）いところで事（じ）故（こ）ったから、救（きゅう）急（きゅう）車（しゃ）が結（けっ）構（こう）早（はや）い段（だん）階（かい）で来（き）たんだって。

　だからオレも運（うん）転（てん）手（しゅ）さんも一（いち）命（めい）を取（と）り留（と）めたのかな。

　おっかしいなあ、オレたちが事（じ）故（こ）ったときは人（ひと）っ子（こ）一（ひと）人（り）居（い）なかったんだけどなあ。

　あーそういえば、車（くるま）は何（なん）台（だい）か通（とお）ってた気（き）がする。

　じゃあ乗（の）ってる人（ひと）たちが救（きゅう）急（きゅう）車（しゃ）に連（れん）絡（らく）してくれたのか。

　頭（あたま）がぱっくりかあ。

　ヘルメットの大（だい）事（じ）さを思（おも）い知（し）ったなあ。

　次（つぎ）から自（じ）転（てん）車（しゃ）に乗（の）るときは絶（ぜっ）対（たい）ヘルメ着（つ）けよ。

　どれだけダサいと言（い）われようともオレは絶（ぜっ）対（たい）着（つ）けてやる、自（じ）分（ぶん）の命（いのち）を守（まも）るためだ。

　既（すで）に１度（ど）死（し）にかけたんだもんね、説（せっ）得（とく）力（りょく）ありありでしょ。

　お母（かあ）さんは「ふう」と一（ひと）息（いき）吐（つ）いた。

「目（め）が覚（さ）めて安（あん）心（しん）した。夏（なつ）休（やす）み中（ちゅう）にしっかり治（なお）そうね。それじゃあお母（かあ）さんは、先（せん）生（せい）に純（じゅん）太（た）郎（ろう）が起（お）きたって知（し）らせてくるから」

「うん。行（い）っへらっはい」

　お母（かあ）さんはオレの手（て）を放（はな）した。

　ドアがゴロゴロ動（うご）く音（おと）がする。

　この病（びょう）院（いん）のドアスライド式（しき）なんだ。

　ずっと手（て）を握（にぎ）られていたせいか、まだ手（て）が暖（あたた）かい。

　母（はは）のぬくもりって偉（い）大（だい）だなあ。

　……あれ。

　もう夜（よ）中（なか）ってことは、じゃあ今日（きょう）はもう明日（あした）？

　いま何（なん）時（じ）なんだろ。

　そういえば教（おし）えてくれなかったな。

　頭（あたま）ぱっくり裂（さ）けてるからねって言（い）われちゃったもんだから、怖（こわ）くて首（くび）も回（まわ）せないよ。

　眼（がん）球（きゅう）を頑（がん）張（ば）ってごろごろ動（うご）かすと、壁（かべ）に時（と）計（けい）がかかってるのが見（み）えた。

　２３時（じ）３２分（ふん）。

　いつの？　今日（きょう）の？

　お母（かあ）さんの反（はん）応（のう）を見（み）た限（かぎ）り、まだなんか今日（きょう）っぽかったな。

　オレの誕（たん）生（じょう）日（び）まであと３０分（ぷん）だ。

　カウントダウンしよ。

　棚（たな）の上（うえ）にお母（かあ）さんの荷（に）物（もつ）と、なんかでかい紙（かみ）袋（ぶくろ）があった。

　そういえばこの前（まえ）、お母（かあ）さんが

「純（じゅん）太（た）郎（ろう）って図（と）〇館（かん）戦（せん）争（そう）読（よ）んだことある？」

　って訊（き）いてきてたな。

　やっべ、思（おも）わず「ない」って答（こた）えちゃった。

　じゃああの中（なか）に入（はい）ってるのか。

　今（こ）年（とし）も本（ほん）がプレゼントかあ。

　さぞ分（ぶ）厚（あつ）いんだろうなあ。

　んー、オレが好（す）きなのは本（ほん）じゃなくて頭（あたま）空（から）っぽで理（り）解（かい）できる文（ぶん）なんだけどなあ。

　まあいいや。どうせ今（こ）年（とし）は暇（ひま）な夏（なつ）休（やす）みになるんだし、じっくり紙（かみ）の本（ほん）読（よ）んで語（ご）彙（い）力（りょく）高（たか）めとこ。

　そういえばオレ、なんで"なんちゃってファンタジー異（い）世（せ）界（かい）"系（けい）が好（す）きなんだろ。

　世（せ）界（かい）観（かん）も似（に）てるのばっかだし、主（しゅ）人（じん）公（こう）たちの行（こう）動（どう）もワンパターンだし。

「どこが面（おも）白（しろ）いの？」って訊（き）かれても即（そく）答（とう）できないな。

　だれが書（か）いてもワンパターンで、そこから違（ちが）いを見（み）つけるのが面（おも）白（しろ）いって思（おも）ってたけど、いま思（おも）うと別（べつ）に面（おも）白（しろ）くないな。

　あ、オレ、トラックに轢（ひ）かれたんだよね。

　だったら異（い）世（せ）界（かい）転（てん）生（せい）できるじゃん。

　主（しゅ）人（じん）公（こう）は大（たい）抵（てい）トラックに轢（ひ）かれたら異（い）世（せ）界（かい）行（い）くんだよ？

　オレだって轢（ひ）かれたじゃん。

　くっそ、転（てん）生（せい）したかった。

　なんで生（い）きてんだよ、オレ。

　目（め）ェ覚（さ）ますなよ、オレ。

　そんなに日（に）本（ほん）が大（だい）事（じ）か！

　まだ生（い）きることに未（み）練（れん）があるのか！

　………………。

　いや普（ふ）通（つう）に未（み）練（れん）あるわ。

　それに死（し）ぬときはあの黒（くろ）歴（れき）史（し）ノートを焼（しょう）却（きゃく）処（しょ）分（ぶん）してからでないと死（し）ねないな。

　特（とく）に怪（け）我（が）してないのに左（ひだり）手（て）包（ほう）帯（たい）でぐるぐる巻（ま）きにしたり、手（て）の甲（こう）に油（ゆ）性（せい）ペンで丸（まる）と星（ほし）だけの簡（かん）単（たん）なしかもヘッタクソな魔（ま）法（ほう）陣（じん）を描（か）いたり、中（なか）に黒（くろ）い炎（ほのお）を吐（は）く龍（りゅう）を宿（やど）したりね。

『ぼくのかんがえたさいきょおのかざみじゅんたろう』を本（ほん）気（き）で考（かんが）えてたんだよね。

　オレ右（みぎ）利（き）きなのに右（みぎ）手（て）義（ぎ）手（しゅ）にさせたんだよ、思（し）考（こう）が怖（こわ）いよ。

　同（おな）じオレなのに、現（げん）在（ざい）のオレは過（か）去（こ）のオレをどうしても理（り）解（かい）できないよ。

　てか発（はっ）想（そう）が怖（こわ）すぎて理（り）解（かい）したくもないよ。

　やだね。

　恥（は）ずかしいね。

　過（か）去（こ）の自（じ）分（ぶん）ぶち殺（ころ）したいね。

　奇（き）跡（せき）的（てき）に助（たす）かったってことは、神（かみ）様（さま）がオレに生（い）きろって命（めい）令（れい）したのかな。

　だったら天（てん）寿（じゅ）全（まっと）うしないとね。

　いまだったら神（かま）様（さま）も仏（ほとけ）様（さま）も奇（き）跡（せき）も魔（ま）法（ほう）も信（しん）じられるよ。

　あとオレよくよく考（かんが）えたら異（い）世（せ）界（かい）モノが好（す）きってだけで、異（い）世（せ）界（かい）に行（い）きたいとはあんま思（おも）ってなかったんだよね。

　後（あと）出（だ）しだけど。

　トラックの運（うん）転（てん）手（しゅ）さんはいま頃（ごろ）どうしてんだろ。

　まだ起（お）きないのかな。

　吹（ふ）っ飛（と）ばされて頭（あたま）打（う）ったオレよりも起（お）きるの遅（おそ）いってどういうことなんだ？

　右（みぎ）腕（うで）はもう動（うご）かないって言（い）ってたよね。

　あんま実（じっ）感（かん）ないけど、そうなのかなあ。

　なんか事（じ）故（こ）ったときちょっと痺（しび）れたし。

　ねえマジで？　どうしよ。

　黒（くろ）歴（れき）史（し）ノートに書（か）いてあることがホントになっちゃいそうでいよいよ怖（こわ）いんだけど。いや魔（ま）法（ほう）陣（じん）とか黒（こく）龍（りゅう）とかは別（べつ）にどうでもよくて、利（き）き手（て）の右（みぎ）手（て）を義（ぎ）手（しゅ）にするってことが問（もん）題（だい）なのよ。

　んじゃオレ箸（はし）は当（とう）然（ぜん）だしスプーンもフォークもしばらく左（ひだり）手（て）で食（た）べろってこと！？

　そっ………………なんとかします。

　腹（はら）を括（くく）ろう、もうそれしか選（せん）択（たく）肢（し）がないんだから。

　食（た）べさせてもらうなんてのはオレのプライドがずたずたになるからそんなのしないし。

　はーあ、なんでこんなことになったんだろ。

　事（じ）故（こ）ったときはすんげえ痛（いた）かったなあ。

　いやまあ確（たし）かにオレが悪（わる）いんだけどさ。

　次（つぎ）信（しん）号（ごう）青（あお）になるのを待（ま）てばよかったんだけどさ。

　ここまで重（じゅう）症（しょう）になんなくてもいいじゃん。

　点（てん）滅（めつ）信（しん）号（ごう）を渡（わた）ることがそんなに重（じゅう）罪（ざい）なの？

　もっと悪（わる）いことしてる子（こ）供（ども）いっぱい居（い）んじゃん。

　万（まん）引（び）きとかいじめっ子（こ）とかさ。

　車（くるま）と人（ひと）との事（じ）故（こ）って１０：０で車（くるま）が悪（わる）いらしいよね。

　ちょっと罪（ざい）悪（あく）感（かん）あるな、ブレーキかけながら走（はし）らなかったオレが１００％悪（わる）いのに。

　お母（かあ）さんたちはたぶん、『オレが轢（ひ）かれた』ってことしか知（し）らされてないと思（おも）うから、今（いま）だけはオレの味（み）方（かた）をしてくれると思（おも）う。

　オレがちゃんとやってれば事（じ）故（こ）は起（お）きなかったんだよね。

　運（うん）転（てん）手（しゅ）さんはまだ起（お）きてないかもしれないんだよね。

　オレのせいで。

　運（うん）転（てん）手（しゅ）さんはオレと同（おな）じくらい酷（ひど）い状（じょう）態（たい）だって言（い）ってた。

　オレが目（め）を覚（さ）ましたことは奇（き）跡（せき）だって言（い）ってた。

　目（め）を覚（さ）まさずに死（し）んだ可（か）能（のう）性（せい）のほうがずっと高（たか）いんだ。

　運（うん）転（てん）手（しゅ）さんがこのまま起（お）きずに死（し）んじゃったら――オレ、人（ひと）殺（ごろ）しじゃ……

　……

　…………

　………………

　死（し）にたくなってきた。

　深（しん）夜（や）テンションだ、おかしくなってる。

　難（むずか）しいことは明日（あした）全（ぜん）部（ぶ）考（かんが）えよう。

　あ、明日（あした）はオレの誕（たん）生（じょう）日（び）か。

　じゃあ明後日（あさって）考（かんが）えよう。

　お医（い）者（しゃ）さんが運（うん）転（てん）手（しゅ）さんの様（よう）子（す）を見（み）たのは多（た）分（ぶん）数（すう）時（じ）間（かん）前（まえ）とかだよね。

　だったら実（じつ）はもう起（お）きてピンピンしてて、いまはグースカ寝（ね）てるだけかもしんないよね。

　なんだか急（きゅう）にすごく眠（ねむ）くなってきた。

　難（むずか）しいことを考（かんが）えすぎたせいかな。

　眼（がん）球（きゅう）ゴロゴロしちゃったしな、目（め）が痛（いた）いや。

　ちょっと休（やす）ませなきゃ。

　ほんの少（すこ）しなら目（め）を閉（と）じるくらいいいよね。

　お父（とう）さんもお母（かあ）さんももうすぐ帰（かえ）ってくるだろうし。

　お医（い）者（しゃ）さんが来（く）るのもそんなに時（じ）間（かん）かからないと思（おも）うし、自（じ）分（ぶん）の誕（たん）生（じょう）日（び）カウントダウンもしたいし。

　でもさ……。

　やけにまぶたが重（おも）いんだよね……。