第八話


 青銅ダンジョン。

 何処から見ても人工物にしか見えない石造りのダンジョンだ。ダンジョンの入口は金属で出来た柵で塞がれていた。

 柵の一部に人が一人通れる様な金属製の扉がある。

 扉の前には二人の騎士が立ってダンジョンの監視をしている。

 どうやらダンジョンに入るには騎士の許可がいるようだ。

 太郎は騎士に近付いて冒険者タグを提示する。

 

「初めて見る顔だな」

「昨日町に来たばかりなんだ」

「ああ、成る程。ここ数日ダンジョンを閉鎖してたんだが、今日から再開だ」

 

 そう言った騎士は太郎の冒険者タグを確認すると金属扉を開いてくれた。

 

「入って良いぞ」

 

 太郎は肯き、扉を潜りダンジョンに足を踏み入れた。


 ダンジョンに入ると、全てが石造りの回廊の様な造りだ。皮鞘から剣を抜いて片手に持つ。

 基本的に道は直線に走り、分かれ道は直角に折れ曲がっているようだ。

 入って直ぐの直線を30メートル程進むと左右に道が分かれていた。


 (さて、どちらに進むか…しかし、何となく迷路のような気がする……右壁沿いに進むか…)


 太郎は右に折れた道を進んで行くと前方に何かがいるのに気付いた。

 距離的には50メートル程先だろうか。

 太郎はそれから目を離さずにゆっくりと近付く。

 …………なんだあれは……蜘蛛か!


 (動きは俺が知ってる蜘蛛と同じか?違ったらマズイので、先入観は捨てるか…)


 全長50センチ程の蜘蛛。脚の長さを入れれば有に2メートル以上にはなりそうだ。

 太郎は摺足で蜘蛛に近付くと、突然蜘蛛が太郎目掛け進んできた。

 蜘蛛は五メートルに近付いた辺りで軌道を変え、なんと壁に貼り付きながら太郎目掛け襲って来たのだ。


 青眼に構えていた太郎は、その体制から右足を踏み込み逆袈裟切りで蜘蛛に刃を走らせた。

 太郎の数十センチ前で蜘蛛の体は両断した。(以外と切れ味が良い!)

 直ぐにバックステップして蜘蛛から離れ、様子を伺っていると十秒程して蜘蛛の死体は黒い靄になって霧散し、死体があった場所には青い小さな石が落ちていたのである。


 成る程…これが魔石か…

 太郎は魔石を拾い上げ、少し観察した後にバッグの中にしまい込んだ。


 (……しかしあの動き……新人の冒険者で対処出来るのか?……あ、確かマシュタールはパーティーのが良いと言ってたな…)


 パーティーならあの蜘蛛も違う動きをしたかもしれない。

 深く考えても仕方ない。気持ちを切り替え太郎はダンジョンを探索して行った。

 

 右壁沿いに進むこと2時間……目の前に階段があった。

 どうやらここから下層へ降りるようだ。ここまで蜘蛛が三匹。ミミズが七匹。鼠が五匹…計十五匹の魔物を仕留めていた。

 これまでの太郎の感想としては、どう考えても初心者では無理が有るんじゃ無いか?と言う感想だった。

 鼠に関しては、太郎的にオークよりやりづらかった印象だ。一番の難敵は蜘蛛だったが…


 (あいつら急にジャンプして軌道を変えやがる)


 それにしてもジオライトの言っていた情報との食い違いがあるようだ。

 青銅ダンジョンは初心者用の簡単なダンジョンで、魔石が必ず取れるから混んでいる……筈なのだが、誰にも出会っていない…

 

 (……おかしいな……何か変だ)


 魔石も15個取れた……とりあえず戻るか……

 太郎は来た道を左手沿いに歩き出す。

 小一時間程歩いて出会った魔物が三匹。この時点で魔石は18個になっている。


 (確かに稼げるな……約9000円。時給3000円…事務所の電話番より高いぞ…)


 "あーー!!"男女入り混じった悲鳴が聞こえ、太郎は姿勢を低くする。

 "うわーー!!"続けて聞こえる悲鳴は太郎からそう遠くは無いようだ。

 一瞬迷った太郎だが、直ぐに走り出す。

 目を見開き全身の感覚を限界まで鋭敏にして駆ける。

 直線60メートル先。

 いた!

 二人の男が倒れている。倒れた男の片方に蜘蛛が二匹被さっている。まだ息は有るのか、手足をバタバタとさせていた。もう一人のうつ伏した男はピクリとも動いていない。

 その少し奥に、女の冒険者が女座りの形で後退っている。

 蜘蛛二匹だけか?

 走りながら太郎は全体を見渡すと天井にもう一匹蜘蛛が張り付いていた。


 (三匹かよ!)

 

 どうする!天井の蜘蛛を先に片付けるか………男に集っている蜘蛛を先に…

 蜘蛛に集られていた男の手が落ちた。

 ……駄目か…

 先ずは天井の蜘蛛!

 太郎は走る速度のまま地面を蹴って天井の蜘蛛を切り裂く。

 女の少し前に着地した太郎は振り返り、剣を右脇構えにしながら男に集る蜘蛛目掛け踏み込んだ。

 踏み込み姿勢のまま右薙ぎ払い!

 刃筋が少しぶれ、一匹目の蜘蛛は分断出来たのだが、二匹目の蜘蛛は左側面の足と身体の一部を切り取っただけにとどまった。それでも戦力の大半は削っている。

 深手を負った蜘蛛は逃げようとしているのか、片側の足を忙しく動かし必死に体を引きづっていた。

 ……今楽にしてやる。

 太郎は上段に剣を構え、踏み込みと同時に剣を振り下ろしたのだった。



 倒れた男達の首に指を当てて生死の確認をする。


 (……駄目か…)


 太郎は立ち上がり女の前に立つ。


「二人共死んだ。すまんが助けられなかった」


 女は太郎の言葉を聞いて顔を伏せ、ポロポロと涙を流すのだった。


 


 助けて頂き有り難う御座います。

 泣き止んだ女は太郎に向かって頭を下げた。

 

「俺も数日前に助けられた…」

「…そうなんですか……」


 三人のパーティーなのかと尋ねると女は肯く。

 

「#二月__ふたつき__#程前に、ラムスの町に冒険者になる為に村から出て来たんです…死んだ二人は幼馴染だったようです…」

「そうか…俺も昨日冒険者になったばかりだから、わからないのだが、二人の遺体はどうすれば良いんだ?」

「あ……はい。ダンジョンで死亡した場合、遺体はそのままです…冒険者タグだけ持ち帰れば……ううっ…」

 

 再び女は泣き出した。

 どうしたものか思案したがわからず、取り敢えず遺体の冒険者タグを回収した。

 

 (……武器や防具は回収しなくて良いのか?)


 流石に泣いてる女に尋ねるのは野暮だと思い、泣いてる女の足元に二人の冒険者タグを置いた。


「………ありがとうございます…」

「俺は町に戻るが、君も一緒に行くか?」

「は、はい。お願いします」


 慌てて立ち上がろうとした女が蹌踉めき、慌てて太郎が女を支える。

 

「ご、御免なさい。まだ震えが…」

 

 気にするなと太郎は言い、ダンジョンの入口へ向かい歩きだした。


 歩きながら互いに自己紹介した太郎は、疑問を女に投げかける。

 

「俺は今日始めてこのダンジョンに来たんだが、一層の魔物は蜘蛛とか鼠とかミミズなのか?」

「いえ……私達は今日で四度目ですが蜘蛛は初めてです。青銅ダンジョンの一層はミルウォームとホールラットの二種類だけの筈なんですが…」

「……そうか……」


 どうやらダンジョンに何らかの変化がある様だ。


 女の名は ハンナと言う。

 ハンナの家族は5人兄弟で、長女のハンナが家計を助ける為に、ラムスの町に出稼ぎに出てきたのだが、ラムスの町で薬屋を営んでいた親戚の店は影も形も無く、途方にくれていた。このまま村に帰るわけにも行かず冒険者になったのだと言う。

 初めは薬草採取の依頼を一人でやっていたらしいのだが、薬草採取だけだと生きていくだけでギリギリだった。

 当然家族に仕送りする金等貯まる訳もなく、一時期は娼館に身を売ろうかとも考えたそうだ。

 ちょうどその頃に死亡した二人と出会い、パーティーを組んでダンジョンに潜り始めたらしい。

 一回のダンジョン探索で一人当たり大銅貨5〜6枚位になったらしい。

 薬草採取の倍以上。

 混んでいると言う一層と二層だけで一人当たり大銅貨5〜6枚を稼いだとなると結構実力あるパーティーだったのだろう。

 

「ハンナはこれからどうするんだ?」

「またパーティーを組んでダンジョンに潜るしか…」

「そうか…ところで気になっていたんだが、杖を持ってると言う事は魔法で戦うのか?」

 

 ハンナが肯く。


「はい、私は水の魔法が使えます。高威力の水魔法はまだ使えませんが、下位の水魔法でも工夫次第で魔物を倒せました。魔物の体を薄く水で包んで窒息させたりです」

 (……恐ろしい娘だ……溺死かよ…)


 今回ダンジョン一層を体験した感じでは、余程の油断をしない限り問題無く狩れる事が分かった。

 その後、一層よりも下層を目指すとなると……


 太郎はチラリとハンナを見る。


「……ハンナ。パーティーメンバーを失ったばかりで悪いが、俺とパーティーを組む気はあるか?」


 突然の言葉にびっくりしたのか、ハンナはポカンと太郎を見上げるのだった。

 

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