第七話
暫くはジオライトに紹介されたこの宿を拠点にして冒険者として生計を立てる算段をする。
四畳半程の部屋だが個室だ。
一泊大銅貨3枚。朝夕の食事付き。
宿の名前が"宵闇の雫"ってのが雰囲気があってなお良い。
その都度宿代を払うのも面倒なので30日分を支払うと持ち金が金貨2枚と銀貨一枚になった。
とりあえずは頑丈な武器と…そう、流石にこの格好は異質過ぎるだろうと思う。
服と履物も買わねばならない。
部屋のドアに鍵を掛け、宿屋の受付がある休憩所兼食堂に入り、鍵を見せ食事を頼んだ。
この宿は家族経営らしく、受付には奥さんか娘が立っているようだ。
昨夜の受付は奥さんだったが、今は娘が立っている。
休憩所には太郎の他に二人居て、それぞれテーブルで食事を取っていた。
太郎もテーブル席に座ると、直ぐに娘が木製のトレーにスープとパン。サラダを乗せて持ってきてくれた。
スープには芋の様な穀物と何等かの野菜が入った透明なスープだ。
木のスプーンで掬い一口飲む。
(やはり味が薄い……が、穀物か野菜かわからないが、そこから旨味成分が出ていて美味いな…)
若い頃は味の濃い物を好んだが、今の太郎にはピッタリの味だった。
サラダは野菜サラダで、何のドレッシングだか不明だが、酸っぱかった。
問題は……昨夜ジオライト達と呑んだ時にも出たパン……
やはり硬かった。ジオライトに昨夜教えて貰った"スープに浸す"しか無いだろう。
太郎はパンをねじ切り、スープに浸しながらパンを攻略していったのだ。
宿屋の娘に服屋と武器を取り扱う店の場所を聞くと、快く教えてくれる。
「新しい服は高いから中古の服のがお得ですよ」と、親切にアドバイスをくれる。良い娘だ。
宿屋の娘に教えられた中古服を取り扱う店に入る。
「いらっしゃいませ」と、女の店員が明るい声を上げる。
「普段着る服を探してるのだが」
「部屋着ですか?」
「いや、外着なんだが、冒険者ギルドに昨日登録したので、動きやすくて丈夫な服を探してる…」
「わかりました……それにしてもお客さん、良い服を着てますね……何の素材かしら…」
(俺に聞かれてもな…)
この服は兄貴の仕事を引き継いだ時に社長(組長)から贈られたものだ。
イタリア製のスーツだとはきいていた。
女の店員は太郎の体のサイズを素早く目測して、店に積んである服を数枚並べる。
「サイズは間違いありません。少し生地が厚めですが、戦闘をするならこの位が丁度良いかと。……騎士様なら薄手の服を着ますが、お客さんの場合着けても革鎧ですよね?」
「まぁ…そうだな。じゃあ出してくれた三着セット全て買うといくらだ?」
「あら!お客さん気前が良いわね……そうね…三着買ってくれるなら大銅貨八枚で良いわ」
「買った!あ、それと靴はあるか?」
「あー靴もいるわね。ちょっと今履いてる靴脱いでくれるかしら。そこの椅子に座って頂戴」
太郎は椅子に座り脱いだ靴を店員に渡す。
「これも全く素材がわからないわね……形は貴族が履く儀礼用の靴に似てはいるけど…」
太郎の靴を台に置いて奥の部屋から二足靴を持って来た。
ショートブーツのような靴だ。
「冒険者が履くような丈夫な靴となると今はこの二足かな…ちょっと高いんだけど…」
いくらかと聞くと一足銀貨1枚だと言う。
「あ、あのね。そこで相談なんだけど…お客さん靴と服売らない?」
流石に社長(組長)から贈られた服は無理だと断り、靴なら良いと言うと店員の顔が輝いた。
「わーお。客さん有難う。こんな靴見たの初めてよ……うん。この靴二足ただで良いわよ」
「良いのか?」
ウンウンと肯く店員に三着分の代金を支払い店を後にした。
太郎はその足で宿に戻ると買った服に着替え、替えの服と、靴一組を部屋のベッド脇の台の上に置いて直ぐに武器屋に向かった。
(うーん…確かにここは武器屋だ…)
店に入った太郎の視界に凄い数の刃物が並べてあった。
剣に棍棒…槍に弓…盾や革鎧迄並んでいた。
店員の男は無口だが、太郎が店に入って来た時に静かにお辞儀をしていた。
商品に値札等付いて無いので全く計算が出来ない。
「……すまない。冒険者になったばかりなんだが、お勧めの武器とかあるか?」
太郎の質問に店員が肯く。
「お客様。ご予算を教えて頂けますか?」
「ああ、宿は三十日分前払いしてあるから、残り金貨二枚と大銅貨二枚だ」
「成る程…初心者用に片手剣と軽革鎧…お客様、盾はどうしますか?」
「盾は考えて無いな…」
「さようですか。剣は新品のが宜しいでしょう。軽革鎧は中古になさるのが宜しいかと」
「それで構わない。因みに片刃の剣とかあるか?」
「……片刃……ほう…お客様はこの国のお生まれでは無いようですな」
太郎が肯く。
「確かに当店に片刃の剣は有りますが、お高いので今のお客様のご予算だとお買いになれません」
「そうか、分かった。有るのが分かっただけで今は良い。それで、そちらの勧める剣と軽革鎧はいくらになる?」
「金貨一枚」
「買った」
「即決有難う御座います。今商品をお持ちします」
店員が店の棚から剣と鎧を持ってきてカウンターに置く。
「こちらで御座います。軽革鎧のサイズは若干の手直しで平気でしょう。後は剣ですが、手に取ってお確かめください」
太郎は革製の鞘から剣を抜く。
(……かなり重いな……刃長は大体80センチ…片手で振れない事も無いが…)
太郎は両手で柄を握り上段に構え、振り降ろす!
ヒュンッ
(……まぁ使えるか…)
剣を皮鞘に戻してカウンターに置く。
「お客様。全くの素人では無いですね。美しい構えと刃筋でした」
「……そうか……ところで、この剣の手入れはどうすれば良い?」
「はい。血などが付いたら布で拭き取り皮鞘に収めて頂ければ、皮鞘が最適な処理を致します」
何だと……この皮鞘にはそんな機能が………凄いな。
「刃こぼれした場合、当店にお持ち下されば研ぎ直します。研ぎ賃は頂きますが」
太郎は代金を支払うと店員に防具の着け方を教えて貰い、そのまま店内で着込んだ。
「お客様。これはサービスです。お使い下さい」
そう言って十センチ程のナイフを渡された。
「…良いのか?何か高そうだが…」
「いえ、うちの工房の見習いの作品です。皮剥等にお使いになれば良いでしょう」
太郎は"ありがとう"と店員に言い、ナイフを受け取り店を後にした。
(一応格好は整った…筈だ。水筒や小鍋やカップは冒険者ギルドでセットレンタルしてると聞いてるから問題は無い筈だ)
ベルトに下げた剣に触れる……
切りたい!取り敢えず切りたい!
俺はニヤニヤしながら冒険者ギルドへ向かうのだった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか」
「初心者用の貸し出しセットをお願いします」
「はい。初心者セットですね」
受付嬢が後ろの店から肩掛け用のバックを取り出してカウンターの上に置いた。
「こちらは、水筒1。小鍋1。カップ1。火打石のセットです、二日間で銅貨四枚となります」
四百円と言うわけか…リーズナブルだな。
冒険者タグを提示し、書類にサインする。書き終えた書類に代金を添えて渡すと引き換えに肩掛け鞄を渡された。
太郎は肩に鞄を掛けて冒険者ギルドを後にした。
町の入口を目指して歩く。
門に近付くに連れ人が多くなって来た。
数日前に魔物の襲撃を受けた城壁や門の修理の作業者でごった返しているようだ。
門に近付くと数名の若い冒険者と思しき集団が立っている。
青銅ダンジョンに向かう乗り合い馬車を待っているのだろう。
ジオライトの話だと、走れば二十分程の距離だと言うのに…
若い冒険者を尻目に太郎は門番の騎士に冒険者タグを提示して町の外へ出る。
(町を出て右に折れる道を真っ直ぐだったな…)
太郎は一つ深呼吸をした後、青銅ダンジョンに続く道を駆け出したのだった。
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