第二話


 朝倉太郎が暴力団と言う団体に所属したのは25歳の時だった。

 太郎が暴力団に入った当時(平成18年)には、既に暴力団対策法(通称暴対法)が施行されて14年程経っていて、一時期の組の繁栄も見る影も無かったが、歌舞伎町と言う立地に事務所を構えていた組は、その他の組の惨状よりましだった。

 直接的な暴力は、表向きには無いが、そこはやはり暴力団。裏に回ればそれなりにはあった。

 太郎が組に入った切っ掛けを作った神津健こうずたけしに出会ったのは太郎が21歳の時だった。

 秋田から東京に出て来たのは地元高校に入学して一年程経った頃だった。

 片親だった母親が病気で亡くなり、高校を辞める事になった太郎は、母方の親戚にあたる神津健を頼り東京に上京したのだが、その住所のマンションに神津の姿は無かったのだ。

 途方にくれた太郎は住み込みのアルバイトをして生計を立て始める。

 神津健と出会ったのは太郎が仕事帰りに立ち寄った飲み屋だ。

 お互い何故か気になる所があり、話しかけた相手が偶然にも母親のメモにあった神津健だったのだ。

 その後神津の紹介で金貸し業を営むのだが、太郎としてもその金貸し業が真っ当な商売では無いと気づいていた。

 神津健が暴力団で、それなりの立場だと神津に説明を受けたのが太郎が25歳の時だった。

 色々面倒を見てもらった神津の恩に報いる為、太郎は神津が所属する暴力団に正式に所属する。


 「生きてたら紀子さんにぶん殴られるな俺は…」

 

 神津健は太郎の母親 朝倉紀子とは従弟に応る関係だった。

 

 「いや……健さんにはお世話になってます…お袋もきっと…」


 太郎が34歳の時、神津健は歌舞伎町を巡る組のイザコザでチンピラに刃物で刺され命を落とす。

 神津の弟分だった太郎の暴発を危惧した社長(組長)は厳重に報復を禁じ、神津健が任されていた全ての業務を引き継がせる。

 突然任された責任に忙殺される太郎。それと共に兄貴を殺られた落とし前をつけれない精神的な苛立ちは、太郎の精神を腐らせていった。


 

 (そう、だからあんな油断で俺は……………しかし……)と思う。


 今、目の前に座る大柄な男に太郎は圧倒されていた。


 (こ、これは凄いな……)


 暴力団に所属してからは、暴力的な人間にはそれなりの慣れがあったのだが、目の前に座る男はその比ではなかった。

 

 草原で出会ったランドと名乗る冒険者に連れられ、紹介された二人の男達。


 一人は、革鎧の所々に金属のプレートを張り付けた鎧を着け、大型の両刃の剣を携えた大柄な男。名をジオライト。

 もう一人の男は線の細い男だ。布製のフード付きコートを着込み、傍らには歩行補助の杖とは違う立派な杖を携えたマシュタールと言う男だ。


 そのマシュタールが穏やかな顔を太郎に向ける。


 「成る程…死ぬ様な事があった後、気付いた時には見知らぬ場所にいた……ふむ……太郎殿の身に起きた事…それに似た話を私はいくつか聞いた事がありますね」


 そ、それは。食い付くように尋ねた太郎を見てマシュタールは首を横に振った。


 「いや、私も聞いた話なので…それが本当にあった事なのかはわかりません。…その者達は一様に"渡り人"と呼ばれ、世界の理とは違う知識と力を持って人々を救った……と言う話ですね…」


 マシュタールの言い方に、何か含みがあるように感じた太郎は詳しく話を尋ねる。


 「うん……まぁ"渡り人"には人々を助けた逸話と共に世を乱した話も有名なんですよ」

 「あーそれは俺も聞いた事があるな」

 

 話を聞いていたランドが話に加わる。


 「確かにマシュの言う通り、太郎が"迷い人"の可能性があるか……ところで太郎が住んでいた町はこことは違うのか?」

 「いや、そもそもここの町を見たことが無いし、魔獣等存在しない…大体大っぴらにジオライトが持っている剣を持って歩いてたら警察に逮捕されるのだが…」


 警察とは?逮捕とは?マシュタールが太郎に問いかけるが、この世界の事を知らない太郎に説明は難しかった。


 「ふむふむ……つまり警察とは騎士団に近いものでしょうな。太郎殿の住む国は、聞いた限り不思議な国ですな」


 マシュタールの説明によると、この国には王様がいて、それを支える貴族がいる。武力として騎士団や魔法師団等がいる国らしい。その他にも町ごとに自警団の様な組織もある町も…

 王様や騎士は理解できるのだが、魔法師団……


 「どうやら太郎殿は魔法と言うものを知らないようですね」

 「……言葉的に何となく想像できるな……火を出したり風や水を操る技術ですかね?」


 太郎の言葉にマシュタールが肯く。


 「大方、太郎殿の理解で間違ってはいませんよ。試しに御覧にいれましょう」


 マシュタールが手を翳し、ボソボソと呪文のようなものを唱えると翳した手のひらの少し先に火の塊が出現し、ジオライトが組んだ薪に火を放つ。

 一瞬強く燃え上り次第に弱まる。


 「………凄いな。魔法か……」

 「今のは薪に火を付けるだけでしたからこんな感じですね。戦闘時には戦闘用に威力を変えます」

 

 その魔法と言う技術は誰でも使えるのか?と聞くとマシュタールは肯く。


 「魔法は誰でも使える技術です。ただし、戦闘に使える威力の高い魔法は持って産まれた才能に左右されます」

 「そうそう。俺なんか薪に火を付ける位なら何とか出来るが戦闘で使える程の威力は無理だな」

 

 ランドがマジックバッグを開いて太郎が倒したオークを出しながら言う。


 「お、どうしたんだそれ」

 

 オークを見たジオライトが目を輝かせる。

 

 「いやー。太郎が倒したオークを持ってきた」

 「ほう……」

 

 ジオライトが太郎を見ながら質問する。


 「その槍で倒したのか?」


 三人にオークを倒した状況を話すと三人共びっくりした顔をした。


 「うーん…太郎の体格でオークを押し倒したのか…凄いな」

 

 ジオライトが感心している。


 マシュタールがチラリとジオライトを見ながらため息を付く。


 「ジオライト。あなたがそれを言いますか…あなたも大概だと思いますよ」

 「んん?そうか?」

 「折れた剣を捨てて、レッドベアを殴り殺した人が言う言葉とは思えませんね…」


 ジオライトが笑いながら「いやーあの時は必死だった。大体お前も魔力切れだから俺がやるしか無いだろ」


 オークの肉を綺麗に切り分けたランドが枝に肉を刺して火に炙る。


 「まぁ、今は太郎が倒したオーク肉を食おうぜ。暫く干し肉だけだったからなー。太郎もまだ食うだろ?」


 そこそこ腹が張った太郎は断り、オーク肉を頬張る三人にこの国と、今から向かう町についての情報を聞くのだった。

 

 王族、貴族や商人。果ては奴隷に関する説明に太郎は驚く。

 貨幣に関して言えば石貨(10円相当)。銅貨、銀貨。大銀貨、金貨(10万相当)と続き、大金貨、白金貨(1000万相当)が存在するようだ。


 「太郎の国の金はどうなんだ?」


 ジオライトの質問に太郎は背広の内ポケットから財布を取り出し、小銭と紙幣(千円札、一万円札)を見せる。

 ジオライトが五百円硬貨を手に持ち眺める。


 「凄く細かい彫刻だな……この紙も貨幣なのか?」


 一万円札をマシュタールが持ち目を丸くしている。


 「これは凄いですね……一枚一枚作っているのだとしたら……」


 太郎はそれは違うと首を振り、印刷の概要を説明するとマシュタールが感心した様な顔をした。


 「成る程……硬い金属版に彫刻した物に塗料を塗って紙に押し付けるのか……成る程…確かに言われてみれば、その印刷と言う技法はこの国でも実現可能ですね……しかし、何故我々はそんな事に気付けなかったのか…」

 

 マシュタールが唖然としている。


 「印刷が行われれば書物の値段も格段に下がるはず……いや、そうなると今迄写本していた人は……」


 高度な技術を機械化すれば、今迄人力でやっていた者の仕事が無くなる……太郎が生きていた時代も、色々な分野に機械が入り込み人の仕事を機械に取って代わられていたのだ。

 昨今ではコンピューターやらAI等と、わけのわからぬ技術で人の仕事が無くなり色々な問題が起きていた。

 実際、太郎の周りにもコンピューターとか言う物が幅を効かせていたのだ。


 (そりゃあ暴力団も変わるわな…)


 太郎が組に入った時には、今で言う経済ヤクザが組でのさばっていく途上で、古いタイプの神津の兄貴等は酒を飲むたびに嘆いていたのを、太郎は懐かしく思い出すのだった。


 

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