おっさん極道異世界を行く

左鬼気

1章 渡る異世界は魔物ばかり

第一話


 歳だろうか。

 大した痛みは襲って来なかったが、経験した事が無い痺れと、少しばかりの熱さがみぞおち辺りから広がってくる。

 どうやら俺は躱しそこねたようだ。

 俺に引っ付くようにしていた男を両手で押し退けると、その男は握っていた血塗れのナイフを見てガタガタと震え出しその場にうずくまる。

 ・・・いやいや、爺さん。蹲りたいのは俺なんだが・・・

 頭の芯が痺れた様な奇妙な感覚と、鈍い痛みと熱。

 風景が流れ、俺はアスファルトの地面を間近に見ると言う大変稀有な体験をする。

 顔に暖かな湿りが伝わる。

 ああ、これは俺の血か・・・・

 景色がぼやけ、一瞬真っ白になり・・・・・そして消失した。



 繁華街。刺されて倒れた・・・と言う記憶はある。

 まいった

 記憶と現状に大いなる齟齬が生じている。

 何故草原に俺はいるのだろうか?

 記憶が正しければ、病院の天井が見える筈だが、見えるのは青空と言う謎。

 

 これはあれか。ひょっとして死後の世界とかだろうか?

 刺されただろうみぞおちに手を当てる。

 ・・・・刺された痛みも跡も無い・・・・

 ゆっくりと上体を起こし胸元を確認するも、刺された痕跡がやはり無い。

 思考停止・・・してる場合では無い。


 朝倉太郎 42歳独身 秋田県湯沢市出身・・・うん、俺が俺だと言う記憶は有るようだ。

 くたびれた背広の内ポケットから煙草を取り出し、愛用のオイルライターで火を点け深く吸い込む。

 ・・・解せん。この状況が解せん。

 あれか? 仮に俺が死んだと仮定して、宗教的な輪廻転生をしたとしてもこの状況は無いだろ・・・

 普通始めからやり直しなんじゃ無いのか?

 なんで姿形が変わって無いのか。

 太郎はまた深く煙草を吸い込み吐き出し、何かわからないイライラから逃れようとするが、まったく効果が無かったのだった。



 豚が一匹歩いていた。

 実家近くに養豚場があったので豚を見間違う筈も無かったが、二本足歩行をする豚を初めて見た。ふざけた事に腰に布を巻き付け、手には槍と思しき武器迄持っている。

 のしのしと歩く姿はイキったチンピラ風で、あろう事か唾を吐き出す姿は正しく・・・・。

 煙草を吸い終えた太郎は現状わからない事は先送りにして、喫緊の問題を解決する為に草原を進む。

 喫緊の問題とは喉の渇きと空腹だ。

 推定百キロ以上ある豚を素手で倒す・・・・いや不可能だろ。

 ・・・・いやまて・・・四足歩行の豚は確かにヤバいが、二足歩行の豚はどうなんだ?

 記憶にある豚の走るスピードは時速40キロ近くあり、とてもじゃないが逃げ切る自信など無いが、二足歩行・・・・

 (体と足のバランスを見てもとても40キロで走れんだろ・・・)

 悩む  悩みまくり決断した。

 よし、殺ろう!と。

 二足歩行であるなら巨漢の人間と変わらない筈だ。どう見ても俺より短足だし、武器を持っているからには突然四足歩行で突っ込まれるとも思えなかった。

 良い具合に豚からは風下に俺はいたので、腰を落としながら豚の進行方向に距離を縮めながら近付いて行く。

 (先ずは体当たりで豚の体勢を崩してから目を狙う・・・)

 豚の槍は躱せる筈だ。

 思えば繁華街で爺さんに刺された時、俺は油断しきっていた。普段の俺なら躱せた筈なのだ。

 豚の鼻が忙しく動きキョロキョロと辺りを見渡し、俺と目が合う。

 ダッシュ!

 キー!と言う鳴き声をあげた豚は槍を構え、俺を迎え討つ構えだ。

 槍の切っ先  腕で祓うようにしながら体を捻りショルダーアタック!

 仰反る位かと思っていたが、豚は呆気なく転がり俺も豚を追って転がった。

 素早く起き上がった足元にはキーキーと鳴く豚の顔。

 今時誰も穿かない爪先の尖ったエナメル靴で豚の目めがけて全力で足を振り抜くと、グジュっとした音と共にひときわ高い豚の鳴き声が響く。

 死ねや!!

 開いた口を踏みつぶし、徹底的に豚の顔面を破壊して行く。

 口と鼻は直ぐにグチャグチャになったが、やはりと言おうか頭蓋を砕く迄に案外時間が掛かったのだった。



 さて、豚を倒したもののどうやって食べるのか?そもそもコイツは本当に豚なのだろうかと言う疑問は有るが、空腹はそんな些細な疑問を押し退ける程だった。

 ・・・・とりあえず腕から・・かな?

 豚が持っていた槍の切っ先で豚の前足を裂いていくとブツブツとした脂肪が溢れ出す。

 うわ!グロ。

 前足の構造は指が4本と、俺の知っている構造だが、人差し指と小指が発達したのか長い。

 ・・・槍が持てるわけだ。

 何とか豚肉をブロック状に切り出した俺は生肉に齧り付くか悩む。

 確か豚や鳥の生肉は食中毒になるとかどうとか。

 辺りを見渡し、枯れた草を集めオイルライターで火を付けると結構な勢いで燃え上った。

 豚ブロックを槍に刺して炙ると良い香りが立ち昇る。

 肉汁がポタポタと垂れ火の勢いが増す・・・・もう・・良いよな。

 俺は肉に齧り付いた。

 

 美味!

 

 美味すぎる! 空腹は最高のスパイスと言うが、この肉は本当に旨い。

 ひたすら肉を咀嚼して嚥下し、空腹と喉の渇きを充たしていると視界に人影が入って来た。

 豚が持っていた槍を手に取り人影の様子を観察していると、向こうも太郎に気付いているのだろう真っ直ぐに近付いて来る。


 (・・・豚じゃ無い・・・人間だな)


 人影が太郎から20メートル程先で立ち止まり太郎に話し掛けて来た。

 

 「おーい。あんた一人かい?」

 

 話し掛けて来たのは赤毛の男だった。ほりが深い顔立ちで、背丈は太郎と同じくらいだが、日本人には見えない。その男が流暢な日本語で話しかけて来た。


 「ああ・・・一人だ」


 男は顎に手を添え太郎を観察してるようだ。


 「俺はランド。冒険者をしているんだが・・・あんたは冒険者・・・って感じじゃねーな・・・何者だい?」


 冒険者?・・・いや、冒険者の意味は何となく分かるのだが・・・それは職業的なものだろうか?


 「いや、俺は冒険者じゃ無い・・・平民だよ・・・」

 「まあ、そんなに警戒すんなよ。ほれ、冒険者タグ」

 

 その男は首に下げていた小さな銀色のdogtag(認識票)の様な物を太郎に翳して見せる。

 ・・・いや、そんな物見せられても と思ったが、太郎自身平民だと言う証明等出来る筈もない。 結局の所、人を見て自分で決めるしか無いようだ。


 「・・・どうやら冒険者タグを見たこと無いみたいだな・・・まぁいいや。此処からは見えないが、少し下った所で俺達パーティが休憩しようとしたんだが、煙が昇ってのが見えたんで俺が偵察に来たって訳だ」

 「・・・この辺りの決まりはわからんが、やはり草原で火を使ったのはまずかったか?」


 男が笑いながら首を振る。

 男が言うには盗賊や、魔物の類が近くにいる可能性を考えての偵察だったらしい。この付近には人家もないし、火を使うと言えば人型の魔物か、盗賊の類位らしかった。

 

 「・・・そうか・・・実の所・・・」


 俺はランドと名乗った男に今の自分の状況を話してみると、ランドは少し思案し俺に近くの町まで一緒に行かないか?と提案して来た。

 

 「実際あんたの状況は俺には分からんが、俺の仲間に頭の良い奴がいるからそいつに話してみたら良いかもな」


 ランドと言う男の言葉を信じるかどうか、少し考え同行する事にした。

 ランドは近付いて来て豚の死骸を見る。


 「あんたが倒したのか?」

 「ああ・・・」

 「一緒に行くならこれも持って行って良いか?」

 「構わないが・・・どうやって持って行くんだ?」

 「ん?ああ、俺マジックバッグ持ちだからバックに入れて運ぶわ」


 マジックバッグとは何だ?・・・そう言えばランドの話の端々に聞き捨てならない単語がいくつか出ていた。


 盗賊 ・・・これは分かる。

 冒険者・・・何となく想像出来る。

 魔獣 ・・・全く分からんが、野獣の聞き間違いだろうか?


 ランドは腰に下げている革製の小さなバックの口を開け、右手で豚の死骸に触れた瞬間豚が消えた。


 「な!・・・豚が消えた・・・」


 太郎が驚く顔を見てランドがニヤリと笑う。


 「まぁ、これがマジックバッグだ。まだ余り出回っていないが便利だろ? ああ、それに今のは豚じゃ無い。オークだからな?」


 オーク・・・豚じゃ無い? いや、それよりも・・・まさかランドの腰に下げたあの小さな・・・まさかな・・・

 

 驚いている俺に背を向けランドは歩き出す。 

 

 「仲間に紹介する。付いてきな」


 俺は肯き豚が持っていた槍を手にランド後を追い掛けるのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る