詩 エピソード5 何もないことが一番問題なのです
車は、お父さんの会社のJ建設会社の外来用の駐車場に停まると、刑事さんはゆっくりと後部座席の私に顔を向けると
「とりあえず、聞き込みの前に事前情報だ。嬢ちゃん、君のお父さんの名前と年齢、所属部署を教えてくれないか?」
この刑事さん、かなりいい加減な人だと思っていたけど、実は仕事ができる人なのかもしれない。かなちんが名探偵なのも、甚だ疑問だったから、この刑事さんも、本物じゃないんじゃないかと思ったけど、偽物にしては、随分と迫力のある聞き方だった。
ってことは、この人は、本物の刑事で、かなちんが探偵もほんとなの?
ごめん、やっぱり信じられない…
でも、この流れでやっぱりいらないです、とは言えないので、ちょっとビクビクしながら
「お父さんの名前は、星野 弘明。歳は45歳。確かお父さんの所属は営業部で、課長をしている筈です。」
と、私が答えている間に刑事さんは、手帳に何かを殴り書きしているみたいだった。
「んで、お父さんは仕事か家庭で何か、悩みや不満がありそうな話はあったか?」
私は、暫くお父さんの家での言動を思い出そうと考えを巡らせたけど
「いえ…お父さん、家では会社の話はほとんどしなくて…ただ、よく家に会社の仕事を持ってきて書斎で、事務作業をするので、その時は、なるべく静かにしてほしいとは、よく言わました。」
「お父さんとお母さんが喧嘩したり口論したりするのが最近あったか?」
「いえ、特に、お母さんも私も、お父さんを尊敬しているので、家族でもめ事なんて、私が記憶に残っているのは何もないです…」
刑事さんは、私が言ったことを、手帳に書きつけて、ペンを歯にコンコンと当てながら
「家族の問題なし、夫婦、親子関係良好…うむ。」
刑事さんは、何か独りで何か呟いた後
「お父さんの友人関係、職場の同僚、上司、後輩について何か家で話したことはあるか?」
私は、いつものお父さんの家での行動を頭の中で再生して、何かヒントになることがないか探したけど
「いいえ…本当にお父さん、会社の話は家に持ち込まないんです。それに、誰かと一緒に仕事終わりに飲みに行くとかもなくて、例え家でお酒を飲んでも、会社の愚痴一つ漏らしたことはないです…」
「そうかぁ、完全な仕事人間だな…俺とは正反対だ。」
「おっちゃんは、もっとまじめに仕事しろ!」
と、今まで黙っていたかなちんが刑事さんの肩を叩くと
「年がら年中遊んでいる小学生に言われたかねぇよ。」
「だ・か・ら!私は女子高生だって!」
と、二人で取っ組み合いの喧嘩になりそうだったので、私は、話を戻そうと
「刑事さん、今までの話で何かわかりそうですか?」
刑事さんはこめかみにペンを刺したまま
「うーん、まだ、はっきりと何とも言えないが…おそらく仕事の関係の問題の気がする…家庭環境が良好なのだが、仕事の話は一切しない…大人になると家庭に多少なりとも仕事の愚痴は言うものなんだよ…それが、一切ないという事は、家庭で言えない大きな問題を独りで抱え込んでいて、それで、何かあったか…ガキンチョ、お前はどう思う?」
かなちんは、腕組みしながら、唸るように
「おっちゃん言う通りだと思う…もしかすると、仕事のトラブルか何かに巻き込まれた線が色濃いね…とりあえず、会社の聞き込みに行こう、うたのお父さんの会社の人に聞けばさらに何か判るかも…」
「よし、決まりだ、乗り込むぞ!」
私たちは、刑事さんの車を後にすると、私のお父さんの会社J建設会社のあるビルへと入った。
私とかなちんは後方で待っている間、刑事さんが受付のお姉さんと交渉しているのを横目に私は、お父さんの働いている会社がどんなところなのかとせわしなくあちこちに視線を飛ばして、その中でお父さんが、働いているところを頭の中で想像していた。
うん、お父さん、かっこいい…でも、どこに行ったの?
と、内心不安がさらに増してくる中、刑事さんが戻ってきて
「とりあえず、営業部の上司である部長から話を聞けるようにしてもらった、その後、嬢ちゃんのお父さんの部下に話を聞くことにする。めんどくさいから、お前たちは、嬢ちゃんのお父さんの娘姉妹で不安でついてきたことにするからな。」
「ってことは、私がうたのお姉さんね!」
「「それは、ない」」
と、刑事さんと私はハモって否定すると、かなちん、シュンとなって小さくなって、私たちの後ろを悲しそうにとぼとぼと付いてきた。
私たちが事務所に入ると、一番奥の席に、小太りの丸渕メガネをかけたいかにも、私は偉いですよ、のオーラを放った男性が、書類を眺めながら、ハンコを押していた。そんな中、刑事さんは周りの視線を気にせずずかずかと向かっていくと、唐突に
「お忙し所、すみません、受付の方にも話しましたが、私こういう者でして、少しお話大丈夫でしょうか?」
警察ドラマの様に警察手帳を見せると、おそらくお父さんの上司が、視線を刑事さんに向けると、気難しそうな顔で
「私から話せることは何もないですよ。」
と言うと、刑事さんは、しれっと
― 何もないことが一番問題なのです ―
と答えた。
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