漂流者たち
白崎夢中
第1話
<主たる登場人物>
田中正人(光輝) 15歳
:市立K高校に通う少年。
山田鈴(美音) 15歳
:田中正人の幼馴染。市立K高校に通う少女。
田中光輝 15歳
:私立慶明大学附属志木高校に通う少年。
山田美音 15歳
:田中光輝の幼馴染。私立慶明大学附属志木高校に通う少女。
田中誠也(光司) 50歳
:田中正人(光輝)の父。K市市役所に勤務。
山田陽平(孝輔) 50歳
:山田鈴(美音)の父。K市市役所に勤務。
田中光司 50歳
:田中光輝の父。慶明大学物理学教授。
山田孝輔 50歳
:山田美音の父。声楽家。
古賀健司 15歳
:田中正人(光輝)の親友。K高野球部のキャッチャー。
古賀竜司 50歳
:古賀健司の父。慶明大学附属志木高校の野球部監督から市立K高校野球部監督に。
早坂宏 40歳
:早坂スポーツセンターオーナー。K高野球部OB。エース黒沢将司を擁して、甲子園出場を目指すも古賀竜司の慶明志木に埼玉地区予選決勝で敗退。
黒沢将司 40歳
:元プロ野球選手。現在、独立リーグ所属。日米通算199勝。K高野球部OB。早坂宏とバッテリーを組み、甲子園出場を目指すも古賀竜司の慶明志木に埼玉地区予選決勝で敗退。
飯坂幸代 33歳
:K市音楽スクール講師。
「まーくん、、よく聞くのよ。。もしも、まーくん、まーくんが、まーくんとそっくりのお友達を見掛けたら、お母さんとお父さんにすぐに教えるのよ。分かったわね。」
「うん、分かった!」
////////////////////
俺は、田中正人、K市在住の15歳。この4月から、K市立高等学校、通称、K高に進学することになっている。輝かしい、、と、まではいかなくても、、まぁ、それなりに楽しい青春時代を謳歌するはずだった。。昨日の晩、親父からあんな話を聞くまでは。。
今、俺は、K市駅前のマックに向かっている。山田鈴と待ち合わせだ。デートかって?そんなんじゃあない。鈴は、俺の家の隣に住む、俺が生まれたときからずっとそばにいる幼馴染だ。年齢は俺と同じ15歳。鈴も俺と同じ高校、K高に進学する。昨日までなら、俺たちは、空気のような存在、横にいるのが当たり前の存在だった。逆に言うと、それだけの関係のはずだった。昨日の晩、親父からあんな話を聞くまでは。。
俺たちが、今日、マックで待ち合わせをすることにしたのは、昨日の晩、2人が両親から語られた、2人の家族を取り巻く環境、、と言うか、状況にどう対処したらいいのかの対策会議、、と言っても、対策なんて、、何も思いつかないんだけど。。
肌寒さが残る4月の朝、1人の少年がK街道沿いを歩いている。K市第一公園を左手に見ながら、K駅方面に向かって歩いている。服装は、黒のパーカーに、ブルージーンズ、、黒いキャップを被り、眼鏡を掛け、マスクをしている。背中には、やはり黒色のリュックを背負っている。まぁ、いまどきの少年にありがちな恰好だ。足取りは重く、とぼとぼという言葉は、彼の歩き方を表現するのにちょうど良い。
同じ通りの500メートル後方を1人の少女が歩いている。肩を怒らせ、スタスタと、まるで、何かから逃げているかのように。少年と同じ格好だ。パーカーの色が白であることを除いて。
2人の家は、隣り合っている。生まれたもの、ちょうど、15年前の4月、この4月に、2人揃って、16歳になる。2人は、生まれてから今まで、ずっと、一緒だった。公園で遊ぶときも、幼稚園も、小学校も、中学校も、、とは言っても、歳を重ねる毎に、2人の間に距離が生じた。少年は、野球にのめり込み、少女は音楽に夢中になった。2人の距離が微妙に離れ始めた中学の3年間。。そのまま、離れていく、、、2人は、そう思っていた。昨日の晩、それぞれの両親から、あんな話を聞くまでは。。
「正人君!」
鳥の囀りのような声が台無しになる大きな声で、鈴が叫んだ。
「あぁ、鈴ちゃん。」
「あぁ、間に合った。もう、嫌になっちゃう。出掛けに、お父さんとお母さんに引き留められちゃって。。外に出るなって。。そんなこと言われたって、って言って、出てきたけど。。」
鈴の500メートルの遅れは、出掛けの両親とのひと悶着に原因があったらしい。まぁ、2人で肩を並べて、って感じでもなかったことは事実だったので、それはそれで良かったと正人は思った。
「・・・そうか。。まぁ、叔父さん、叔母さんの気持ちも分からないわけじゃあないけどな。こめん、無理に、呼び出したりして。」
「・・・そんなこと、、私も正人君に会いたかったし、、さ、マック着いた。」
まだ、10時にならない時間帯ということもあり、K市駅前のマックは、客入りも少なく、外の寒さを取り込んだかのようにひんやりとしていた。
「いらっしゃいませ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃあ、俺、買ってくるから、鈴ちゃん、席、取っといて。鈴ちゃん、何にする?」
「あ、じゃあ、ソーセージマフィンセット、ホットコーヒーで。席、、、奥がいいよね。」
「分かった。そうだね、奥が、、いいね。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・よく考えたら、2人、っきりで会うの、、初めて、、だね。。」
「・・・あぁ、、そう、、だな。。」
「・・・前は、毎日のように会ってたけど、、そのときは、いつも、お父さんかお母さんが一緒だったから。。」
「・・・そうだ、、な。。」
正人がぼそりと呟いた。
「お父さん、お母さん抜きで会ったのは、、そう、、去年の夏休み、、大島君に誘われて、豊島園に、ハリー・ポッター観に行ったとき、私、4人なら、って、大島君に言って、、美緒に一緒に行って、って頼んだら、美緒が連れてきたのが、正人君。もうびっくりしちゃった。ねぇ、正人君、美緒と付き合ってたりするわけ?」
「・・・付き合ってるわけないじゃん。美緒ちゃんとは、野球繋がり、美緒ちゃんは、中学のときは、ソフトボール、やってたけど、ほんとは、野球がやりたいんだって。で、健司と俺が相談に乗っていた。最終的に、この4月からK高野球部監督になる、健司の親父さんに頼み込んで、K高野球部の部員兼マネージャーってことで話が付いた。。そういう関係だよ。鈴ちゃんこそ、大島と付き合ってたり、すんの?」
「大島君は、ギター繋がりよ。K市音楽スクールで一緒にギターを習ってた。高校からは2人とも個別レッスンになるけどね。。あぁ、何で、私たち、こんなことで言い合いをしてるわけ?今日は、こんな話をするために、会うことにしたわけじゃあないのに!」
鈴は、少し苛立った表情をして、正人を睨みつけた。
「・・・・あぁ、、そうだったな。。昨日、聞いたんだろ?鈴ちゃんも、、あの話、、、」
「・・・う、うん。。聞いた。お父さんから。。でも、、信じられなくて。。」
鈴は、視線を下に落として呟いた。
「・・・俺も、、だよ。。今じゃあ、同じ境遇は、鈴ちゃんと鈴ちゃんのご両親と俺と俺の両親の6人だけだって。。。他は、消えたって。。」
「・・・う、うん、うちのお父さんも同じこと、言ってた。。残されているのは、6人だけだって。。」
鈴は、消え入るような声で呟いた。
「・・・確認のために、俺が父さんから聞いた話をするよ。。」
「・・・う、うん。。」
正人が語り始めた。昨晩、正人の父から聞かされた話を。。
〈回想シーン:昨晩/田中家(K市)〉
田中正人の父親、誠也は、K市役所の庶務課に勤務している。身長185センチ、体重85キロの均整の取れた体躯と苦し気な表情を持つ男、、、それが、田中誠也だ。仕事仲間からは、“巨大な哲学者”と呼ばれている。
いつものように、静かな食卓での夕べを終え、これまた、いつものように、正人が自分の部屋に引き上げようと腰を浮かせたとき、誠也が低い声で正人に声を掛けた。
「正人、こっちに来なさい。」
「え、、何?父さん。あぁ、母さんも。。」
「・・・ここに、座りなさい。」
「え?あぁ、何?」
誠也は、いつにも増して、強張った表情を正人に向けた。
「・・・正人、田中家では、子供が高校1年生になったら、話しておかなきゃいけないことがあるんだ。」
「何?」
「・・・私たちには、、この世の中に、もう一人の自分がいるんだ。」
誠也は、ひと文字、ひと文字をまるで鉛を吐き出すかのように話した。
「・・・え?何、言ってんの、父さん。。」
「お前が理解できないのも、無理はない。しかし、事実なんだ。正人、これから話す話を良く聞くんだ。いいな。」
「あ、うん。。。分かった。」
誠也は、ぼそぼそとした声で話し始めた。辺りは、誠也の話を一言も聞き逃さないようにするかのように、ひっそりと静まり返っていた。
「話は、80年前に遡る。1945年、、日本が第2次世界大戦に負けた年だ。8月のことだ。父さんのお爺さん、お前にとっては曽お爺さんが40歳のときのことだ。うちは、元々はU村で農家をしていた。10戸で集落を作って、な。うちの畑で採れた野菜やらなんやらの農作物を仲買人の人に売って生計を立てていたんだ。だが、その月は、いくら待っても、いつもの仲買人が来ない。。まぁ、終戦直後だから、特段、気にも止めなかったんだろうな。痺れを切らせた、爺さんは、闇市に野菜やら何やらを売りに行くことにした。世の中は混乱していたから、な。爺さんも特に気にすることもなく、野菜やらをリヤカーに乗せて売りに行ったらしい。山田さんとこと、小田さんとこの3人で、な。最初に、おかしいと思ったのは、道だ。U村から東京に出るには、中山道を使う。だが、その日は、いつもの道を進んでも、中山道には辿りつけなかったそうだ。で、別の道に出たらしい。。今、思えば、K街道さ。K街道沿いを進んで、新宿に着いて、そこの闇市で、、野菜やらは飛ぶように売れたらしい。。その帰り道で、、爺さんたちは、自分たちと瓜二つの人物に会った。爺さんたちは、家に帰って来てから、ガタガタと震えながら、布団から一歩も出なかったそうだ。そして、、3日後に、、、消えた。行方不明ってことじゃあないんだ。文字通り、消えたんだ。俺の親父はそのとき5歳。目の前で、消えたらしい。」
「え?そ、そんなことって!オカルト映画じゃあ、あるまいし。。」
「・・・まぁ、お前がそう思うのも、無理はないが、な。。残念ながら、事実だ。それから、ここの集落の人たちの何人かが、毎年のように、、消えた。それから80年。。当時の10戸の末裔は、山田さんところとうちだけだ。」
「・・・そんな。。。」
「お前のお爺さん、まぁ、俺の親父、、だな。。光繁さんも、昭和55年、40歳のときに、消えた。俺の目の前で、な。親父もまた、3日前に、同じ顔の人間を見た。。親父は、繊維の会社の営業マンだったから、な。。」
誠也は、声を潜めるように話した。家族以外の誰にもこの話を聞かせることがないように。。静寂が田中家を包み込んだ。このまま、何も話さなければ、何もなかったことにできる、そんなほのかな期待とともに、誰一人として声を上げるものはいなかった。
「・・・だから、だから、父さんは、K高を出て、直ぐに、K市役所に、、」
正人が力なく静寂を破った。このまま話をしなくても、何もなかったことにできないことぐらい、皆、分かっていた。
「・・あぁ、K市から出ないこと、まぁ、完璧でないが、この町から出なければ、同じ顔の人間に会う確率も低くなると思って、な。。K市役所でも一貫して、庶務課勤務だ。市外に出る可能性が低いからな。」
「・・だから、俺にも、K高を勧めたのか?」
「あぁ、そうだ。お前がお前と同じ顔の人間に会わないように、な。」
「だから、鈴ちゃんも、K高。。」
「山田さんとことは、常に、連絡を取り合うようにしているから、な。まぁ、そもそも、お隣さんだし。。」
「で、でも、何で、そんなことに。。」
正人が呟いた。
「分からんよ。ドッペルゲンガー〈drifting.1〉のようなものなのかもしれない。。」
「ドッペルゲンガー?」
「同じ人物が同時に別の場所に姿を現す現象のことだよ。この二重身の出現は、その人物の“死の前兆”と信じられているらしいんで、な。」
「そ、そんな。。」
〈drifting.1〉ドッペルゲンガー
:自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象である。自分とそっくりの姿をした分身。第二の自我、生霊の類。同じ人物が同時に別の場所(複数の場合もある)に姿を現す現象を指すこともある(第三者が目撃するのも含む)。超常現象事典などでは超常現象のひとつとして扱われる。独語:Doppel(英語: doubleと同語源)とは、「二重」「生き写し、コピー」という意味を持ち、Doppelgängerを逐語訳すると「二重の歩く者」「二重身」となる。英語風に「ダブル」と言うこともあり、漢字では「復体」と書くこともある。ドッペルゲンガー現象は、古くから神話・伝説・迷信などで語られ、肉体から霊魂が分離・実体化したものとされた。この二重身の出現は、その人物の「死の前兆」と信じられた。
「もう一つの仮説は、パラレルワールド<drifting.2>。父さんは、もう何年も俺たち家族の身に起こったことを調べてきたんだ。市役所の仕事もそんなに忙しくなかったんで、な。父さんが調べた中で、一番、今の俺たちの身の上に起こっていることを説明できるのは、このパラレルワールドってやつだ。」
誠也が視線を上に上げて呟いた。
「パラレルワールドって?」
「この世界と同じ世界が同時に存在している。そして、私たちは、別の世界からこの世界に来てしまった。。。」
「SFの話?」
「いや、そうじゃないんだ、正人。。パラレルワールドって、のは、SFでよく知られた概念って、だけじゃあないんだ。実際に、物理学の世界でも理論的な可能性が語られている。例えば、量子力学の多世界解釈<drifting.3>などで、な。」
「仮に、パラレルワールドってやつが本当にあるとして、さ、、何で、僕たちが別の世界から飛ばされてきたの?」
「それは、父さんも分からない。。でも、仮説はある。。」
「どんな?」
「・・・1945年の8月に、日本で起こった衝撃的なこと、、、原爆だ。」
誠也が伏し目がちに言った。
「・・でも、原爆って、広島と長崎に落ちたんだろ。」
正人が小首をかしげながら聞いた。
「あぁ、でも、その衝撃波がこの世界にどんな影響を与えたかなんて、誰も分かってやしないんだ。父さんは、原爆の衝撃波がパラレルワールドの扉を開けたんだと思っている。で、私たちは、そのとき、別の世界のU村からこの世界のK村に飛ばされた。」
誠也が確信に満ちた声で話した。
「でも、いくらパラレルワールド、ったって、全く同じ世界ってわけじゃあないだろ。。」
「あぁ、でもな、、パラレルワールドが今もどんどんとできているとすればどうだ。もしも、5分前の世界が新しいパラレルワールドになっているとすれば。。世界5分前仮説<drifting.4>の援用だが、な。」
既に、正人の理解を超えた話だった。正人がこれまで生きてきたこと、その記憶、思い出、、真実だと思ってきたこと、、その全てが、ひっくり返されて、、そう、、ちゃんと記憶はあるけど、、振り出しに戻った感じ、、揺れ動く空飛ぶジュータンの上で、脆弱な足元と漆黒の空の下を眺めている、、そんな気分だった。
<drifting.2>パラレルワールド
:ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空とも言われている。そして、「異世界(異界)」、「魔界」、「4次元世界」などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。SFの世界の中だけに存在するのではなく、理論物理学の世界でもその存在の可能性について語られている。例えば、量子力学の多世界解釈や、宇宙論の「ベビーユニバース」仮説などである。
<drifting.3>多世界解釈
:量子力学の観測問題における解釈の一つである。この解釈では宇宙の波動関数を実在のものとみなし、波束の収縮が生じない。そのかわり重ね合わせ状態が干渉性を失うことで、異なる世界に分岐していくと考える。
<drifting.4>世界5分前仮説
「世界は実は5分前に始まったのかもしれない」という仮説である。哲学における懐疑主義的な思考実験のひとつで、バートランド・ラッセルによって提唱された。この仮説は確実に否定すること(つまり世界は5分前にできたのではない、ひいては過去というものが存在すると示すこと)が不可能なため、「知識とはいったい何なのか?」という根源的な問いへと繋がっていく。たとえば5分以上前の記憶があることは何の反証にもならない。なぜなら偽の記憶を植えつけられた状態で、5分前に世界が始まったのかもしれないからだ。
誠也は、ぼそぼそと話を続けた。
「親父が消えた後、父さんは、対策を講じた。一つは、名前の変更、もう一つは、お前の手首にもある、星のマークの入れ墨だ。もしも、父さんの仮説が正しいとすれば、この世の中に、同姓同名の人間、まぁ、本来のこの世界の自分だ、な、、その同姓同名の人間がいることになる。だから、名前を変えた。父さんの元々の名前は、光司だけど、誠也に変えた。お前の名前も、光輝から正人に変えた。一度、名前を付けた上で、な。で、手首に星のマークの入れ墨を入れた。同じ顔の人間が現れたときに、どちらがこっちの世界に飛ばされてきた方かが分かるように、な。まぁ、さっきの世界5分前仮説の考えでは、何の意味もないが、な。何も対策を取らないよりは、、、ぐらい、のことだが、な。」
「じゃあ、鈴ちゃんも?」
「あぁ、鈴ちゃんの最初の名前は、美音だ。手首にも、お前と同じ入れ墨がある。」
正人は、自分の左腕の手首にある星のマークの入れ墨に目を向けた。
「・・・そうなんだ。で、僕はどうしたらいいの?」
「・・・どうしたら良いかは、父さんも正直、分からん。まぁ、しない方が良いって言い方なら、、目立つことはしないとか、K市からできるだけ出ないとか、、かな。。父さんにも正解は分からないんだが、な。」
4月の少し肌寒い夜、、、その寒さが正人を包み込んだ。正人が寒さを感じているのは、その気温のせいだけではないことを正人は理解していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
K市駅前のマックの奥まったこのテーブル、正人と鈴がいるこのテーブルだけが、まるで、別世界に存在するかの如く、周りの喧騒からは距離を置いていた。
「・・・うちのお父さんも同じような話をしてた。。今でも、まだ、信じられないけど。。星の入れ墨は、ほら、これ。。私、中学に上がるときにお父さんと一緒に、K市の裏通りの店に行って、これ、彫った。。そのときは、おまじないか何かかと思ったけど。。」
鈴が左腕のパーカーを目繰り上げ、左手首を正人に見せた。そこには、1センチ大の星の形の黒い点が鈴の白い肌の上に浮き上がって見えた。
「・・・俺もさ、ほら、これ。。。父さんの話、、最初は、、、エープリルフールの何かかなって思ったけど、父さん、そんなこと、するような人じゃあないし、、横で、母さん、涙目、だったし。。」
正人も左腕のパーカーを目繰り上げた。そこにも、鈴と同じ大きさ、同じ形の点が浮き上がっていた。
「・・・一緒だね。。」
「・・・あぁ。。」
「・・・ねぇ、、私たちも、その同じ顔の人に会っちゃったら、消えちゃうのかな?」
鈴が力なく尋ねた。
「・・・まぁ、父さんたちの話が本当なら、、そういうこと、、なんだろう、、な。。」
正人も力なく答えた。
「・・・私、そんなの嫌!これからまだまだやりたいことがいっぱいあるのに!」
鈴が怒ったように語気を強めて言った。
「俺だって。。」
正人は、力なく、、言った。
「で、正人君は、これからどう、すんの?」
「・・・まぁ、父さんの言ってたことを取り敢えずやるしかないんだろうなって。。目立つことはしないとか、K市からできるだけ出ない、、かな。」
正人は、力なく、、答えた。
「・・・そうね。。あぁ、だから、か!」
鈴も力なく話した。
「何が?」
「正人君、成績、良かったじゃない。普通に、埼玉第一狙えるぐらいに、、私だって、、第一は無理でも、第二女子なら、、受かる自信あったのに。。お互いに、進学を決めたのは、K高。。」
「あぁ、そのことか。。まぁ、そういうことなんだろう、な。。」
正人は、当然のことを聞くなと言わんばかりの口調で答えた。
「部活だってそう、、私、中学のとき、吹奏楽部だったでしょ。なのに、いざ、発表会がってときに限って、必ず、家の用事で欠席。。」
「あぁ、俺も、だよ。。野球部、、試合の度に、家の用事。。健司にいつも嫌味を言われたもんだ。。」
「林間学校も、、修学旅行も、、欠席。。外出するときは、いつも、自家用車、、しかも、帽子に眼鏡にマスク、、」
「・・・そうだった、、な。」
「今だって、2人して、伊達メガネに、マスク。。花粉症ってわけじゃあないのに、、例の感染症だって、もう、5類になったのに、、ほら、さっきの話、、、親には部活って嘘ついて、大島君たちと4人で、豊島園に、ハリー・ポッター観に行ったときだって、、私、帰ってきたら、お父さんとお母さんにすっごく怒られた。。」
「・・・俺も、だよ。。」
「あーぁ。。K高、軽音楽部があるから、部活、そこにしようと思ってんだけど、な。。無理だな。」
鈴が悲しそうに呟いた。
「・・何で?」
「・・だって、発表会の度に、、また、、こんな感じじゃ、皆に、迷惑、掛けちゃうもの。。」
「・・それも、、、そう、、だ、、な。。」
「・・私、小野リサ<drifting.5>さんに、憧れていて、ね。中学にあがったときに、お父さんにギター買ってもらって、練習していたのに。。」
「小野リサって?」
「正人君、知らないの?小野リサさん。」
「あぁ。。」
「これ、聴いてみて。」
鈴が、ワイヤレスイヤフォンを正人に差し出した。
「・・・・え?あぁ、、へー、、何か、小鳥が囀っているような歌声だね。。」
「でしょ。。素敵でしょ!」
鈴が嬉しそうに呟いた。
「あ、あぁ、、俺、音楽、今一つ、分かんないけど、この歌声は、、綺麗、、だな。」
「私、いつか、小野リサさんみたいなボサノヴァ<drifting.6>歌手になりたいの。」
「ボサノヴァって?」
「ブラジル音楽のジャンルのひとつよ。ねぇ、、聴いていると、何となく、楽しい気分になるでしょ。」
「あ、うん、、そうだね、、ふーん。。鈴ちゃん、、声が独特だもん、な、、確かに、小野リサさんの声の感じに似てなくもない、な。。」
正人が呟いた。
「そう、、嬉しいな、そうってもらえると、、まぁ、こっちは、自分で練習するとして、、部活は、、美術部にでもしとくかな。。」
「どうして?」
「だって、美術部なら、出て行くのは作品だけだから。。それに、最終的に、音楽の道に行くとしても、他の分野の芸術に触れることも大事なんだと思うし、、」
「あぁ、そういうことか。。そういうもんかも、な。」
「・・・でもな、せっかく、ボサノヴァ、練習しても、目立つことはしない、、じゃあ、、な。。何か、つまんないな。。で、正人君は、どうするの?部活?」
「・・・うーん。。俺は、、まぁ、帰宅部、、かな。。」
正人が天井を見つめながら呟いた。
「・・・何か、つまんないね。。せっかく、高校生になったのに。。」
「・・・あぁ、でも、仕方がないんだろ、、」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
正人と鈴は、押し黙っていた。声を出したら、自分が消えてしまう、、そんな想いで。。2人の目の前のコーヒーはとうの昔に冷え切っていた。鈴がその冷え切ったコーヒーを一口、口に含み、言った。
「・・・帰るね。。」
正人が苦し気に口を開いた。
「あぁ。。」
<drifting.5>小野リサ
:ブラジル生まれの日本人ボサノヴァ歌手。本名は小野里沙。MSエンタテインメント所属。
<drifting.6>ボサノヴァ
:ブラジル音楽のジャンルのひとつである。ボッサ(Bossa)と略されることもあり、日本ではボサノバと表記されることも多い。「Bossa Nova」の「Nova」(ノヴァ / ノバ)とはポルトガル語で「新しい・独自の」、「Bossa」(ボサ / ボッサ)とは「素質・傾向・魅力・乗り」などを意味する。したがって「Bossa Nova」とは「新しい傾向」「新しい感覚」などという意味になる。なお「Bossa」という語は、すでに1930年代から1940年代に黒人サンビスタなどがサンバ音楽に関する俗語として、他とは違った独特な質感をもつ作品を作る人に対して「彼のサンバにはボサがある」などと使い、それらの楽曲を「Samba de Bossa」などと呼んでいた。
////////////////////
肌寒さが残る4月の午後、1人の少年が、志木市のモスバーガーで、1人の少女と待ち合わせをしている。服装は、慶明志木高校の制服姿だ。窓際に座る少年の前に、同じく慶明志木高校の制服を着た少女が現れる。
「・・光輝、お待たせ。」
「あぁ、美音、、待ってたよ。」
「入学式、、退屈だったね。」
「日本の学校の入学式なんて、あんなもんだろ。。」
「私たち、フランス生まれのフランス育ち、、15年もいたからね、フランスに。。慣れないよね、日本式。。何で、お父さんたち、日本に帰ることにしたんだろ?」
「分かんないけど、この前の話と関係あるんじゃ、ね?」
「この前の話って、あ、あれ?自分と同じ顔をした人間がいるって話。。あれ、ほんとなのかしら?」
「俺に聞くなよ。でも、親父たちはそう信じてるんだろ。何でも、美音のとこやうちみたいな、U市本崎地区出身の人たちが3代に渡って、見てるらしいから。。」
「でも、見たってだけで、別に、その人に災いがあったわけじゃあないんでしょ。。大袈裟よね。。」
「まぁな、、でも、親父の話では、この二重身の出現は、その人物の“死の前兆”かもしれないらしいぞ。ドッペルゲンガーって言うらしい。」
「でも、今まで、別に、会ったから、死んじゃったって人、いないんでしょ。」
「あぁ、親父曰く、、そうらしい。」
「・・・じゃあ、いいじゃん。。」
「親父、物理学者だろ、学問的興味ってやつじゃあないか?」
「そんなのに、私と私の家族を巻き込まないで欲しいけど。。」
「まぁ、そういうなよ。。」
「ねぇ、、そんなことより、部活、どうするの?」
「俺は、パリでやってたことを続けるだけさ。美音に教えてもらったボサノヴァのリズムに合わせて、、な。」
「・・光輝は優雅な感じよね、、いつも。。羨ましいわ。。」
「で、美音は、部活、どうするんだ?」
「私は、軽音楽部、、私、いつか、小野リサさんみたいなボサノヴァ歌手になりたいから。」
「ふーん。。美音、、声が独特だ、もんな、、確かに、小野リサさんの声の感じに似てなくもない、な。。」
「光輝にそう言ってもらうと、、嬉しいわ。やる気になってきた。。」
「俺は、そういう美音を見ることが嬉しいよ。。」
////////////////////
<C国ミサイル発射操作室>
「しかし、将軍様もビビリだよな、そう思わねぇか、チフン。」
「おい、滅多なこというなよ!誰かに聞かれていたらどうすんだよ!」
「ここは、俺たち、2人だけのミサイル発射操作室だ。誰も聞いちゃあいねぇよ。俺、ミサイル実験、、飽きちゃったよ。。日本なんて、東京に、ミサイル打ち込んじゃえば、それで終わりなのに、、な。」
「おいおい、物騒なこというなよな、ソンホ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます