スーパー・ノヴァ

京弾

あるはずのない記憶

 目覚めると夜だった。暗い室内は外界と完全に切り離され、カーテンから覗く景色だけが時の情報をくれた。角笛の音もなければ、獣のいななく声もない。

 起きあがろうとすると、身体に繋がるチューブが邪魔をした。どうやら、病院にいるようだ。

 なぜ、病院にいる? 

 だめだ。思い出せない。

 チューブを力任せに外し、病衣のまま手洗いの鏡を覗く。

 そこには見たこともない若い男の姿があった。痩せ細った身体には、似合わない傷がいくつも刻まれている。戦いによってできた傷でないのは明らかだった。

 私は誰だ? 

 魂に刻まれた血の記憶を辿る。

 私はアルマス家長男、レオ・アルマス王子。

 そうだ。私は来たる『ガルガの儀』に備え精神と肉体を磨き、国王軍の第一部隊を指揮していた。

 しかし、なんのためだっただろうか。ガルガの儀、その名は深く記憶に刻まれているが、何を意味することなのかはわからなかった。

 そして、別の記憶が流れてくる。

 学校。……学校? それが何なのかはわかる。王国アカデミーと同義だ。しかし、私はアカデミーを学校と呼んだことなどない。他の誰も、あそこを学校とは呼ばない。加えて言うなら、アカデミーと学校は細部で異なる場所だ。どうしてそれがわかる? どうして学校の意味を知っている? 

 それだけではない。他のあらゆるものを、私は知っている。記憶にあるはずがないのに、まるで体験したように知っている。

 私は誰だ? ここはどこだ? 

 鏡の中の自分に問う。

 物音がした。振り向くと、看護師が病室に入ってきたところだった。

 彼女はひどく驚いた顔をしていた。「イルマさん、体調はもうよろしいのですか? まだ動き回らない方がいいですよ」

 イルマ? 彼女は私を誰かと勘違いしているようだ。

「問題はない」私は動きかけ、止まった。「私はどれくらい眠っていた?」

「丸一日は寝ていたと思います」

「そうか、心配かけたようだな。早急に父上に連絡をとってくれるか?」

 看護師は少々狼狽していた。

 ふと、私は肌の下に流れるものを感じた。

「私の名前を言ってもらえるか?」

「名前を覚えていないのですか?」看護師の顔は一層白くなった。

「いや、君の口から聞きたいのだ」

 戸惑っていたが、結局、彼女はその名を口にした。「入間礼雄さん」

 私は微笑んだ。

 入間礼雄。この器の名前も、レオだった。

 この因果の意味するところを、私は知らない。

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