帰還方法は、コーヒーブレイクののちに…文学少女の小国開拓譚

蒼伊シヲン

序章-ウリ・バルデンでの珈琲-

01『黄昏時の図書室ののちに…魔術?』

「寒い…それに…眠たくなってきた…」

高い山が連なる小国『ウリ・バルデン』の中にある一つ…標高1200メートルを超える山『アイフラウ』の山中で雨に打たれた少女【キシル・コナ】は、寒さのあまり身体を震わせている。


長い黒髪に眼鏡姿の彼女の身なりは、セーラー服姿にタイツ…そして、魔術師の証であるマント…っと登山をするにしては軽装に見えるものの…魔術による体温の維持を出来る為に、問題はない。


しかし…【キシル・コナ】は魔術が不得手な為に、今回の登山における目的地にたどり着く迄の到達予定ギリギリの時間の間しか、体温を維持をする魔術を行使出来ない…


そんな、【キシル】は、濃霧が原因で同級生たちとはぐれ、遭難してしまい現在に至る…


「あっ…」

まずいっと言う前に、キシルの瞳は閉じられ…意識レベルが低下していき…この魔術と錬金術が支配する世界を訪れる前の事を思い出す。


ーーー


放課後…長い黒髪に眼鏡姿の【霧島なつき】は、通う高校の図書室の受付の席に座り…図書委員の仕事に務めている。


「(久しぶりに飲んだけど…ハワイコナの甘い香りは良いわ)」

黄昏時の図書室を利用する生徒は疎らで、静かな時間が流れるなか…【なつき】は持参した豊潤な甘い香りと果実の様な酸味を放つ最高級の珈琲『ハワイコナ・エクストラファンシー』を喫しながら…なつき自身も知識の海に潜る…


「はい、委員長きりしまさん…これ宜しく…」

図書室の受付に借りた本をドサッっと置いた、同じクラスの長い金髪の少女【金手かなて・B・香奈子】が、なつきの珈琲の香りと読書の集中を遮る。


「ちょっと…金手さん、これ返本の期日過ぎてますよね…確か、前のテスト期間でも過ぎてましたよね?」

なつきは、不躾に読書とティータイムを遮られた事も相まって、短くため息を漏らす。


「いちいち細かいこと言わないでよ…みんなが嫌がる学級委員長も図書委員の仕事もこなしてくれる『仕事人フィクサー』さん、宜しくぅ~」

そう含みのある言葉を残した金手は、なつきの首もとにあるチョーカーに一瞥し…その場を後にする。


「(まったく、金梃かなてこのような名前のくせに…)」

常習犯である金手に対して、僅かに憤りを感じたなつきは、自身のチョーカーへと右手を添える。


「それに…その名前で呼ばないでくれる…」

そうなつきが溢した直後…最終の下校時間を伝えるクラシック曲『新世界よりの家路』が、図書室のスピーカーから流れてくる。


「はぁ…さっさと、返本作業して帰りますか…」

なつきは、そうぼやくと…本たちを元の場所へと返していく…


昼から夜の世界へと変わる、曖昧な境界線上の時間の中…図書委員の一人しかいない室内は不気味な位に静かである…

そして、また一冊…もう一冊…っと本を返していくなつきの視線が妙な物に気付く。


「なにこれ…床下への入り口?こんな物なかったよね?…そもそも、ここは3階だし…」

あるはずのない入り口を開くための錆び付いた持ち手に、なつきは好奇心をくすぐられる。


一呼吸ののちに…なつきが、床下への入り口を開くと…そこには、レンガ造りの下り階段が姿を現す…

図書室の中である筈なのに、追い風が微かに吹き…誘う。


その誘いに促される様に、なつきは…また一段、また一段っと階段を降りていく…

たどり着いた先には、大きな木造の扉が鎮座していた…


そして、なつきは大きな扉を開いて…その先の部屋に入る。


そこには、大きな図書館が広がっていた…

なつきの背丈よりも遥かに高く、倒れてきたら人溜まりもない本棚に挟まれている。


「凄い量の本…」

月と太陽が同じ時に存在する…黄昏時の膨大な図書館に、なつきは呆気に取られる。


「へぇ…これは、また変わった運命を背負ったお客人だねぇ…」

なつきが振り向いた先には、書斎に有るような作業机の席に座る女性がいた…


その女性は…魔術師や錬金術師と言った言葉が相応しい身なりで、ツバの広い帽子を深く被り…右目が隠れている。


「えっと…貴方は…」

なつきは風変わりな書斎の主に、問い掛けるが…


「私のことよりも…この部屋への入り口が君の前に現れたということは…君は、彼らに選ばれた訳だが…どうだい?運命を変える為の『権利』と『責務』を背負う覚悟はあるかな?『仕事人フィクサー』君?」

問い掛けをスルーした書斎の主は、なつきの首もとにあるチョーカーに視線を向ける。


「なんで…仕事人フィクサーと呼ばれる人達の事を…」

なつきの時代とは、明らかに異なる身なりの女性が知っている事に対して、驚きを露にする。


「まぁ…私の左目には、目の前にいる人の現在、過去…そして、未来が見えるんだよね。」

そう告げた書斎の主の左目は、僅かに瑠璃色の様に輝き…帽子全体を持上げたことで、眼帯に覆われた右目部分も露になる。


「ねぇ、教えて下さい…どうして、私達はこのような虐げられる環境に身を置く事になったのかを…そして、どうなるかを…」

思わず語気が強くなるなつきが懇願する。


「ごめんね、それは教えられない事になっているんだよね…それでどうする?」

改めて問い掛ける書斎の主は、何処からか林檎を取り出し…なつきに差し出す。


それに対して、なつきは歩みを進める。


「はい、運命を変えたいです。」

そう強い意思を示したなつきは、その林檎を受け取る。


次の瞬間…部屋全体が揺れ始め…なつきの両隣に立つ本棚が、ペンの様にしなる…

そして、なつきは本棚からこぼれ落ちる本の波に呑まれ…


意識を失う。


ーーー


「…おい、起きろ…キシル…キシル・コナ」

自分の名前が呼ばれている気がした…なつきの意識は、徐々に覚醒する。


「んぅ?…はぁい…」

なつきが寝ぼけた状態で、顔を上げた瞬間…右頬すれすれを熱い塊が、勢い良く通過する。


「えっあ!あっつぅ!?」

驚きのあまり奇声を上げたなつきは、正面をしっかりと視認する。


そこには、見慣れない魔術師の様な姿をした男性が黒板の前に立っており…

その教師らしき男性の右手近くに、火の玉が浮遊している。


「えぇ!なにこれ!?夢?」

驚きのあまりに、なつきが立ち上がり周囲を見ると…同年代の少年少女達が見慣れない制服の上にマントを羽織っている…


「はぁ…まだ寝ぼけているのかしらね?キシルさん?」

なつきが知っている【金手】に何処となく似ている、金髪縦ロールの少女がため息混じりに注意する。


「どうして…金手バールさんがここにいるの…」

霧島キシルは、金手と呼ぼうとしたが…実際に言葉として発音されたのは、バールだった…

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