十二月五日:How to repair fissures with others

朝になって、からだに違和感を覚えて起きてみると、私のお腹の上くらいに、ハリッツの頭が乗っかっていた。私はしばらく昨日の夜にあったことを整理した。


そして、処理が終わると一瞬で赤面し、恥ずかしくなり、一瞬逃げてしまいそうなほど緊張が走った。しかし、彼は私に勇気を振り絞って告白をしてくれたのだ。だが私は彼のことをまだ好きではないだろう。起きてから断るわけにもいかないし、とりあえず聞かなかったふりをしてやり過ごすことにした。


全く、何の前触れもなく急に告白されると少し困る。どう対応したら良いか、全くわからない。私も彼のことは嫌いなのではないが、むしろ高官を抱いている方だが、残り僅かな私に彼の時間を使わせてしまう意味はあるのだろうかと考てしまう。


彼は私に、いわゆる一目惚れのようなものをしてしまったのだろう。私は彼に何も感じない。それが気の毒に思えて仕方ない。正直、私なんかよりももっと可愛いくて美人で、性格のいい人なんて山ほどいるはずなのにどうして私なんかに...だって、あんまり言いたくないけど、私、障害者じゃない?身体的にも精神的にも色々欠如した人間を好きになる必要なんてあるのかな?


「ああ、起きたんすね。よく眠れたっすか?僕はよく寝れたんすけど」


彼の挨拶に一ミリの動作もない私を、彼は不審に思ったのか、私の両肩を強く、痛いくらいの力で強く握って言った。


「レミさん。ちょっと朝から真面目な話しますね」


私は驚きで何も言えず、ただ少し小さく頷いた。彼は私の頷きを確認して、一度深呼吸をして、そのままの状態で話し始めた。


「レミさん。あなたは、どうして僕に電話をかけたんすか?寂しかったから、傍にいてほしいと思ったから、きっとそう思って電話をかけたんじゃないんすか?」


私はコクリと頷いた。彼は続けた。彼は、段々怒ったように激しい声を出した。


「なら、どうして今になって後悔なんかするんすか?もしレミさんが余命一ヶ月でも僕はあなたと一緒にいたいと思いました。だからあなたに僕の思いを昨日伝えたんです。ちゃんとその意味をわかってほしい、僕はそう思います」


私は肩をわなわなと震わせた。そして、自分の愚かさと、彼の寛容さを知った。彼は優しい顔に戻ってさらに言った。


「あなたが勝手に僕があなたに使う時間を無駄だなんて決めつけないで下さい。僕はあなたといて、とても楽しくて、嬉しいんすから」


私は涙を拭って彼に笑顔を作って言った。嘘じゃない、本当の気持ちを伝えるために。


「私は、あなたと居たいです。好きか嫌いかはどうでもいいので、死ぬときまで、傍にいてほしい。それで、泣きながら送り出してほしい。何なら、一ヶ月ぐらい喪に服してもらいたいんです。どうか、私のことを、この文書のことも、忘れないでほしいんです」


私は彼に言った。


「お願いしてもいいですか?ハリッツさん」


彼は私の右手を取って、昔の騎士のように、床に跪いて手の甲にキスをしてカラッとした笑顔で言った。


「勿論っす」


私達がしばらく見つめ合っていると、小さく拍手をしながらジル先生が入ってきた。ハリッツは顔を赤くし、それに続いて私まで赤くなってしまった。ジル先生のニヤケ顔が止まらない。恐らく最初から最後まですべて聞いていたんだろう。


ハリッツが逃げ出すように何も言わずにそこから立ち去った。ジル先生はハリッツの逃げてい行く背中を見て少し鼻で笑ったような気がした。そして先生は私の方を向いて言った。


「お友達が出来たんですね。良かったです」


「先生、どうやって盗み聞きしてたんですか?この前見た時、扉は分厚いものでしたよ?どうやって私の声を聞いてたんですか?」


先生はドヤ顔になって言った。まあドヤ顔で言うような内容ではなかったのだが...


「諜報部に聞き耳を立てていられるほど耳とステルス性能は良いんです」


聞き耳をたてられた諜報部もたまったものではないが、正直、バレたことがないからここに居るのだろう。私は少しわざとらしくため息をついた。先生は、少し笑った後、ああそうだと言って持ってきていた大きめのケースを私に差し出した。


「これがあなたの腕と脚になるものです。明日か、もしかしたら今日手術するかもしれませんから、用心しておいて下さい。きっと大手術になりますが、死なせませんから安心して下さいね」


私は、黙ってそのケースを開けた。中には薄緑の透明な液体に一本の小さめの腕と二本の小さめの、膝くらいまでしかない足があった。


「何で私の形に合わないような物をつけようとしてるんですか?」


若干怒りを交えて私が言うと、ジル先生はそれがさも当たり前かのように言ったのだ。


「ああ、それは生物兵器に転用予定で、一応その腕と脚は生き物で宿主の記憶から読み取ってすぐに元の形に戻ります。一日ほどであなたの元の形になるはずですから、安心して手術に望んで下さい」


余計に心配になった。義手義足って手術いるのって思ってたのが馬鹿らしくなるほどだ。まさか自分の体に将来の生物兵器が埋め込まれて、勝手にニョキニョキ生えてくるって、完全に実験用のモルモットじゃないか。私は人間って見られてるのかな...でもこの手術は無理やりやるんだろうし、この人にはたくさん恩があるし、まあ、仕方ないっちゃ仕方ないか....


「そう緊張せずとも大丈夫です。公式の手術が初なだけで、恐らく裏では何十か、何百回と実験手術が行われています。その証に、ほら、このマニュアル読んでみて下さい」


先生が提示してきたマニュアルには『特殊義手・特殊義足手術法』と書かれており、中を覗いてみると、すべての工程が事細かに、二〇ページほどでまとめられていた。まあ初手術ならこんな洗練されたマニュアルもないだろうし、割と安全そうだし、多分前に実験していたということは確かなのだろう。でも一体誰で?


先生はさっと私からマニュアルを取り上げて言った。


「もし手術が成功して四肢が復活すれば病院の外に、ハリッツと共に外出も許可できますよ。外泊は流石に許可できませんが...」


私はその時若干の嬉しさと不安を感じていた。ハリッツと色んな所に行ける嬉しさと、生物のくせに私の言う事を聞いて動いてくれるのかが不安だ。この腕と脚が何者かを熟知している先生たちはきっと何の心配もしなくてもいいんだろうけど、今のところモルモットにしかなれない私はそれを疑うことしか出来ない。


「私の四肢が復活しても、寿命が伸びることはないんですよね?」


先生は少し嬉しそうな顔をして言った。


「あなた次第で、通常通りの人間の生活は出来るでしょうね。まあ少しは寿命の縮みが発生するでしょうけど...」


「本当...ですか?」


「はい」


私はもうモルモットでも良いんじゃないかと思った。ハリッツと一緒に過ごせるなら、こんなに良いことはないだろう。誰だって、長生きすることはきっと良いことに繋がるだろう。


「先生!」


私の大きな声に、先生は少しビクッとして瞬きをした。私はニヤッと笑って言った。


「なんでもないです」


先生も少し微笑んで病室を後にした。そしてすぐにハリッツが気まずそうに入ってきた。多分お風呂にでも入ってきたのだろう。髪が濡れているし、若干いい匂いがする。


あれ?そういえば私この病院に来てから一回もお風呂に入ってないんだけど、大丈夫なのかな?そう思ってハリッツに向かって、私は聞いた。


「ねえハリッツさん。私今どんな臭いする!?」


ハリッツは少し考えた後、言い放った。


「犬」


臭いんじゃねえか。何で早く言ってくれなかったんだよ。ああ、でもそうか、この肉体じゃ入れたもんじゃないからか。ちょっとでもしくじれば溺れるし。でも、看護婦さんとかに入れてもらうことって出来ないのかな?


私は一旦ナースコールを押してみた。ハリッツは終始キョトンとしていたが、看護婦さんに私がお風呂に入れるかどうかを聞くと、少し顔を伏せた。ちなみに看護婦さん曰く全然オーケーらしい。ただ、単にジル先生が良い忘れていただけとのことだ。私は早速お願いしてもらうことにした。


看護婦さんは、ついでに私の髪も切るが問題はないかと聞いてきた。私は問題ないがどのような髪型になるのかだけを聞くと、それは『あの人』にしかわからないが、悪いようにはならないと言った。


私は半ば不安な気持ちを抱えつつも、車椅子に乗せられてシャワー室なるところまで連れて行かれた。


ハリッツは私の病室の整理と清掃をしてくれると言ってそこに残ったが、どのような内装になるのか、些か不安が残る。なぜなら、彼の手には普通部屋の掃除には使われないような工具類がどっさりと握られていたからだ。


「レミさん。今からお風呂ですよ」


看護婦さんが優しい口調で語りかけてきた。


それからは、慣れた手つきで私の服を脱がせて、浅い泡風呂の中に突っ込まれてワシャワシャと丁寧に私の体を洗い、そして拭いてくれた。スッキリとしたが、まだスッキリしていない部分がある。頭だ。恐らく切ってから洗うんだろうけど、早く来ないかな。看護婦さんはもうさっさと服も着せ替えてくれたし、後はもう待つだけだ。


「Oh,year!You are nice girl! hahahahaha!」


確実に外国人の男だった。こんな人に私の髪が切れるのかと思っていたが、彼は私の髪をぽんぽんと触った後、何本かのヘアクリップを私の頭に差し込んだ。そして、私の顔を持ち上げた後、カタコトで言った。


「チョトウゴカントイテクダサイネー」


何故方言のカタコトなのかがいまいち分からなかったが、彼はなれた手つきで私の紙を鼻歌を歌いながらバッサリと切っていった。長かった髪が、一瞬で肩ほどの髪になっていく。せっかく長く伸ばしたのに...


「ジャチョットカミアライマスネ」


そう言って今度は私の頭を倒して、温かいお湯を頭にかけて、洗剤を塗り込み、シャクシャクという小切れ良い音を立てながら私の髪を洗った。何回か洗髪とすすぎを繰り返した後、ドライヤーを取り出して私の髪を乾かし始めた。


そして、すべての工程が終わった後、彼は私の前に鏡を持ってきてくれた。


中々いい感じじゃないか...


「Thank you」


唯一知っていた感謝の言葉をいうと、彼はすごく嬉しそうな顔をしてそのまま鼻歌を歌って去っていった。一体誰だったんだろうと思いながら、彼の後ろ姿を眺めていると、看護婦さんが私の耳元で囁いた。


「結構良くなってますよ」


私は少し嬉しくなり、そのままハリッツに見せるために病室まで、リモコンを使わせてもらって帰ることにした。


帰っている途中、反対側から一人の少年と看護婦さんが歩いてきた。彼は両腕が無くなっていて、とても悲しそうな顔をしていた。首から下げるIDカードはなく、恐らくパリカリス帝国の人間なのだろうということは分かった。私は彼を無視しようとして通り過ぎた時だった。


「ねえ、お姉さん。恥ずかしくないの?そんな見た目になってまで生きる意味って?」


私はその少年の言葉に暫し戦慄したが、すぐに振り返らず、そのまま言い返した。


「いつまでも拗ねていたら、死んでしまうでしょ?それに、楽しく生きなきゃ」


「...」


少年は何も言わずにその場を後にした。私も、リモコンを操作して自分の部屋まで戻った。


扉を三階ノックして、ハリッツを呼んだ。ハリッツはちょっと待ってくれと言ってそれからしばらく黙った。私がしびれを切らしてもう一度ノックしようるすると、ようやく扉が開かれた。


ハリッツの手は汚れていて、明らかに清掃以外のことしかやっていなかった感じだ。私はハリッツ越しに部屋の中を見てみた。


「っわあぁ!すごい」


壁紙が張り替えられていて、電球も、蛍光灯から白熱電球に変わっていた。その他にも色々変わってはいたが、全体的にはロッジのように落ち着いた雰囲気を醸し出していた。ハリッツは胸を張っていたが、そこにジル先生が帰ってきて言った。


「弁償ですよ」


ハリッツの顔が一気に青ざめた。これで彼の給料の二ヶ月分が飛んだのは言うまででもなかった。

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