十二月四日:Old wounds that won't go away

十二月四日午前三時 前哨基地:以下、放送


―――こちら皇帝近衛隊長官ハルネス。これより敵残留勢力に総攻撃を仕掛け撃滅作戦を行う。総員戦闘準備。繰り返す。総員戦闘準備。

これより今作戦の概要を伝える。

第一武装砲兵部隊は榴弾砲で道を作れ。

第二歩兵部隊は敵拠点を包囲しろ。

第三航空部隊は敵基地の爆撃と対戦車砲陣地の破壊を行え。対空砲は敵に配備されていない。

第四戦車部隊は三〇パーセントの戦車使用を許可する。踏み潰せ。

捕虜はとるな、女子供でも容赦するな、だが一撃で殺せ、抵抗するもの以外は一人につき銃弾一発だ。全員殺せ。

別で『例の人種』は捕まえて収容所に送る。奴らは首に分かりやすい飾りがある。捕まえる際はそれを千切って捨てておけ。捕まえ次第、専用の縄を使って動けないように縛っておけ。

後々特殊浄化班が『洗浄』を行う。

作戦完了時間は本日六時までとする。総員、出撃せよ―――


十二月四日 午前四時三十分 戦闘開始から一時間三十分 戦果報告並びに被害報告

敵兵二万を即刻射殺。なお、女子供含め五万。例の人種は四千人確保。改良型鉄条網で捕縛。

敵主要施設の陥落を確認。これより特殊浄化班の出動を要請する

尚被害、兵士、零。戦車、零。航空機、零。砲、零。被害は確認されない。敵基地に残留している兵は速やかに敵兵を射殺し帰還せよ。


十二月四日 午前五時 戦闘終了から三十分 特殊浄化班到着『清掃』開始

『例の人種』の絶滅を開始。毒炎噴射、回収開始。


十二月四日 午前六時 戦闘終了から一時間三十分 ALL CLEAR 作戦終了。総員直ちに本国へ帰還せよ。なお『例の人種』に触れたものは手を入念に洗うように。




              ◆◇◆◇◆◇




「はぁ...」


「どうしたんですか。恋煩いをする少女のような重い溜息をついて」


コーヒーを持った先生が立っていた。私は急いで姿勢を戻し、いつの間にか部屋に侵入して変なことを口走った先生に向かって言った。


「いや!そんな事はありませんよ!彼とはそういう関係じゃないですし...まだ」


先生は少し笑って仲が良いんですねと言って私のベッドの隣に置かれた椅子に座った。手にはいつも通りコーヒーが握られていた。そして、先生は私にココアを買ってきてくれていた。恐らくこの前のことがあってだろう。先生の善意に感謝しながら私はココアを一口すすった。


「それ、先生。ちょっと聞きたいことが...」


ついにこれを聞く時が来た。先生の一人称の変化の理由を教えてもらわなければ。少将になるような人なんだ。きっととてつもない闇があるに違いないだろう。


「先生は、昔語りのときは僕って言ってましたけど、今は私じゃないですか。どうして一人称を変えるなんて面倒なことを?」


先生は数回瞬きをして、答えにくそうな顔をした。私は先生の顔をじっと見つめてその答えを待った。そして、先生はついに重い口を開き、答えた。


「それは、ですね...」


私は固唾をのんでじっと先生を見た。


「医者になったらもっと丁寧な口調が必要かと思いまして。ただそれだけですよ」


私はしばらく状況が飲み込めないままだったが、脳内の整理が終わるとため息をついて先生に言った。


「なんですか...それ。あ、そういえば先生あてに贈り物が...たしか、ハルネスさんからだったはずです」


私から紙袋を受け取った先生は中を見るなり、その袋を逆さにして中身を私の机の上に並べた。その中には、一通の手紙と、拳銃が入っていた。拳銃は誰かを殺すためのものではなく、全体的に金色で、所々にプラチナの装飾が施され、芸術に昇華された物だった。ハルネスさんは軍医になった先生のことを一体どう思っているのだろう、そう思ってしまうような代物だった。


そして先生は手紙に目を落とし、しばらく読んだ後、私にその手紙を渡した。恐らく私に関係あることなのだろうと思いつつ、私は一行目から読み出した。




―――ジル少将へ。これは近衛隊最高機密文書なので、外部への一切の流出を禁じます。隙があれば、あの娘にも読ませておいてあげて下さい。きっと協力してくれるはずですから。


さて、ジル少将。僕はあなたをまだ捨てたくはありません。そしてその患者や、家族までも、すべてを失いたくなければ、僕の言うことに従って下さい。

このような脅迫めいた言い方で申し訳ないのですが、僕としても今回の計画は成功するか不安なのです。

そしてレミさん。ぜひ僕たちの作戦に参加していただきたいのです。

もし参加しない場合は国家機密漏洩罪になるかもしれませんからね。英断を待っています。

以下、作戦内容。


【皇帝近衛隊機密レベル:10】

最重要機密です。幹部であってもこの情報の閲覧の自由は禁止されており、閲覧には長官の直接的な許可が必要です。もしこの文面を視界に入れた場合即座に閲覧を中止し、近衛隊長官に申し出てください。記憶の処理が成されます。


作戦名〘シュパルト元帥等汚職国家公務員粛清作戦〙 コードネーム〘KING〙


概要:我々皇帝近衛隊の諜報部からの情報を下に、国家公務員の不正を洗い出し、ある一定の基準値を超えたものを粛清するというものであり、この中には数多くの著名人も含まれるため、限りなく自然な死に見せかけ、尚且つ国民に一切怪しまれてはなりません。


作戦内容:まずシュパルトの乗る車をテロ組織に流出させ、襲撃を促すため、武器防具、その他の資金の援助を行う。そして襲撃されたタイミングで、超遠距離にいる我が近衛隊の狙撃手が狙撃。

ここでシュパルトが死ねば作戦成功だが、もし死なずに生き延びた場合ジル少将の所に手術が回ってくるでしょう。ここで手術を失敗すればジル少将も、何もかもが崩壊してしまいます。

なので、狙撃失敗の報告を受けてすぐにジル少将に手術が入らなければなりません。

そこで、我が近衛隊の開発した義手と義足を用意し、その接合手術を世界で初めて行ってもらい、その手術をレミさんを匿名にして世界中に放送します。

そうすれば死神よりも腕の立たない医者がシュパルトの手術に失敗するという計画になっています。


ちなみにいくつかの疑問点が残りますので、ここに記載しておきます。

まず、シュパルトが襲撃を無傷で乗り切ったらどうなるのか、ですが、テロ組織には事前に我々の息のかかったものが配置されていますので、その心配は無用です。またシュパルトは毎日決まって人通りの少ない狭い道を好んで通る傾向があり、その道に配置しておきます。

次にもしも医者がシュパルトの手術に失敗したら、とあるが、これは我々の支援する武器の中に、特殊銃弾を使用するものがあり、この銃弾に撃たれれば、どうあがいても一週間ほど意識の回復の見込みはなくなるのです。


そしてここからは無名のシュパルト派を射殺し、世に彼の悪行の限りを公開します。

此処から先はあなた達の仕事ではないのでここまでにしておきます。


また、僕のプレゼントは気に入って頂けましたか?―――




「すごい作戦ですね...私、手術されるんですか?義足と義手ってどんな感じなんですか?」


先生も理由のわからないと言ったような顔をしていたが、手紙をしまって、拳銃を持ち上げて言った。


「あの男は、完全に殺りきる男だ。今までどんな人間だって殺しています。王族も、官僚も、軍人も、一般市民だってです。軍本来の力があれば近衛隊など取るに足らないものなのですが、まだハルネスが存命中の間は無理そうです。それにしても何故あの男はこんな物を...」


「先生、なにか知っているんですか?」


先生は少しため息をついて私のその中を見せながら解説を始めた。


「これは、総合軍部大臣になればもらえる銃です。恐らく彼は私にそれほど高い地位を与えようと思っているのでしょう。すいませんね、レミさん。患者なのに、こんな国の権力争いに巻き込んでしまって」


先生が拳銃をしまって、大きく伸びをした。その時、先生のシャツがめくれ、先生の腹部にとある丸い傷があるのが見えた。恐らく銃創だろう。結構大きめの弾丸のようで、何でこれを食らって行きてるんだと思うほどだった。


「せ、先生。その傷は一体何処で?」


「これは私が空軍時代のときのものです。訓練時に空母から発艦する時に味方に潜んでいた私を狩る用のスパイに射殺されそうになりましてね。危うくその場を乗り切ったのですが、今もこうして古傷となって残っているのです」


先生はその傷を堂々と見せてきた。しかし私はそんなところには目がいかず、ただ先生のバキバキに割れた腹筋を見て、それに見とれていた。先生は少し深いそうな顔をして、すぐに服をもとに戻した。


それから先生が何処かに行って、私はとりあえず執筆作業に戻った。今は一旦全体のあらすじを考え終わり、推敲しながら文を書いて行っている。正直、もう書く気力も底をついてきた所で、いい感じに物語を終わらせたいと思っているのだが、中々着地点が見つからず苦労しているのだ。


そこでふとまだ考えていなかったことに気づいた。


「題名考えてなかった」


それから私はしばらくと言うか、その日中をその題名作成に使い、結局何の成果も得られなかったので悲しみに暮れながら執筆に戻った。ジル先生はどうやら早く帰ったようなので、夜の診察は別の先生がしてくれた。やっぱりジル先生のほうが面白いと思えるのは、私の命の恩人だからか、はたまた特殊すぎる経歴が故なのか。どっちの可能性もあるが、とりあえずその先生には伝えなかった。


そしてさらに執筆。そろそろしんどくなってきた時、私は携帯電話があることを思い出した。


「もしもし、ハリッツくん?」


「あ!やっと掛けてくれたんすね!レミさん!で、どうしました?」


私は少々緊張しながら、彼に言った。


「ちょっと、傍にいて欲しいなって、思ったんだけど。今、時間空いてる?」


ガチャッ。電話の切れる音。ガラガラッ。扉が開く音がした。彼の顔は少し赤かった。


「来たっすよ。レミさんで、傍にいれば良いんすよね」


彼は笑って私のベッドに腰掛けた。私はニコニコしながら彼に今日書いた内容を彼と話し合い、彼の手を一部加えながら推敲を繰り返した。きっと彼はこんな事を望んでは居なかったのだろうけど、演技でも良いと思えた。楽しそうな顔をしている人って、こんなに良かったんだって思えたからだ。


私は一通り彼と話を終え、彼からの質問が飛んできた。


「その腕輪、大丈夫なんすか?」


「あ、うん。全然何の問題もないよ」


「そうっすか...なら、良かったっす...」


彼の顔はわかりやすく、すぐに赤くなったりして、可愛い表情もよく見せる。こんな人と結婚できたら幸せだっただろうにと思いながら、私は自分の考えていることにひどく赤面した。彼は何も理解していなかったが、してほしくもなかった。恥ずかしいから。


そして、ついに私が眠くなってきて、意識が遠ざかり会話もままならなくなってきた時、ハリッツは衝撃の一言を言った。


「僕、レミさんのことが好きなんです。だから、今日はここで看病しますよ」


私は言葉の意味を理解せずに、笑顔で笑って目を閉じた。眠っている間も、彼はずっと私の手を握っていてくれていた。その御蔭か、今日は久しぶりに良い夢を見れたような気がしたのだ。

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