竜神「シェリル」
ーー賢者ジーニィは、遊び人の拠点があった第A地区から北へと向かい、第ニ領に隣接する第C地区へときていた。
そこは魔族との戦いの前線であり、人々が装備やアイテムを補充して戦いへと赴く場所であった。
彼女は異変に気がつく。
街中の壺は割られ、家の扉や棚が無造作に開かれており、物資の詰まった木の箱は砕かれ、その中身が何者かに奪われている。
(まさか、魔物が・・・・・)
そう思った彼女は探知をかけてみるが、それらしき姿はない。
辺りの様子を伺う。
突然、「あんた賢者か? 俺の仲間になってくれ」と背後から男に声をかけられる。
だがその男の目は虚で、どこを見ているかも分からない。
体には力が入っておらず、足もふらついている。
「ひっ!」と声をあげたジーニィはひとまず物陰に隠れてやり過ごした。
「一体どういうこと?」
事態を把握しようとする彼女を発見する、もう一人の『勇者見習い』がいたーー。
その頃、山道を通って第二領を進むユリア一行。
周囲の山々は連なって、山脈になっており、一部の山頂は雲に隠れてしまっている。
標高は高いのだが、そこを通る魔物達に切り開かれた通り道のようなものがあり、道程はさほど厳しいものではなかった。
「中腹に拠点があるらしいんだが」
ボーガンのランプが左右に揺れる。
「あそこかしら」
匂いで何かを感知したヴィタが言う。
一行の左手に見える山の、切り立った斜面に篝火が灯されているのが目に入ってくる。
空気がそこから漏れ出ているようだった。
「どうやって行くんだろう」
「仕方ないなぁ……」
ユリアの疑問に、ボーガンがランプから雲をモクモクと出し始め、答えた。
その雲は大きく広がっていたが、やがて小さく集まり、幅50cmほどの人一人乗れる大きさの塊になる。
「おいユリア、乗りな」
「すごいね、最初から出してよそれ」
「いや、疲れるんだって」
ランプが乗っている雲にユリアも足を乗せて座った。
ふかふかの座布団みたいな座り心地をしている。
「えー!ボーガン、凄いじゃん!」
そしてヴィタも、と振り向くも、彼女は既に翼を生やして入り口へと向かっていた。
「久しぶりにみた気がする」
その後を追う。座る彼女のフードが風ではだけるも、慌てて手で頭の後ろから抑えた。
洞窟の入り口に辿り着き、ユリアはボーガンからぴょんとおりて、「また乗せてよ」と言う。
雲がランプに回収されていく。
その様子を見たヴィタが翼をたたみ、「行きましょう」と言い、一行は山肌の洞窟に入っていった。
洞窟の岩壁には水滴がしたたれる。
トカゲのような生き物が見えるが足元は暗く、すぐに見失ってしまった。
足音と二人の呼吸音とランプのカタカタと揺れる音が洞窟に響く。
「今更だけどさぁ、翼便利だね」
ユリアが話しかける。
そういえば、彼女に会ってから使うことないよなぁ、とヴィタは思うが「あれ、疲れるのよね」と誤魔化した。
「下っていってるみたい」
「長いなぁ」
いつのまにかユリアの肩に戻っていたボーガンが愚痴をこぼすも、二人は無視して下り続けた。
やがて奥に明かりが見えてくる。
洞窟の奥に、ホールが広がっていた。
床には赤い、金の刺繍で縁取られた大きな絨毯が広がり、六本の、装飾の施された大きな柱が左右に立ち、山をくり抜いて作られたであろう、その空間を支えていた。
天井は低く、二つの巨大なシャンデリアの明かりが中を照らしており、奥に玉座のような物が見えた。
何者かが座っているようで、人のように見える。
「よかった。人がいる」と安心してユリアは近づこうとした。
しかし、
左右から黒い鱗のある翼を持った二人の人間が、彼女の目の前に降り立ち、立ち塞がった。
少年の見た目をしているが、翼と同じ鱗のある、黒い尻尾が腰から伸び、体もまるで衣服を着ているかのように鱗が皮膚を覆っている。
「竜族だわ」
ユリアに追いついたヴィタが彼女に説明すると、彼らは揃って口を開けた。
「ここから先は竜神シェリル様の許可のある者しか倒せません」
「よい、下がれ」
そこに女性の声が響く。芯のある艶やかな声だ。
さらに「近寄れ」と続くので、二人は玉座に近づいた。
人間ではなかった。
明らかに人とは異なる二本の曲がった角を持ち、服はきておらず、その裸の姿に長く赤い髪がよく目立つ。
腰からも赤い鱗のある尻尾が生えており、玉座に座っている彼女の目の前でゆらゆらと揺れている。
ユリアは初めて見る竜族に戸惑い、固まってしまう。
それを見て、座ったまま、
「そこのエルフの者、話せ。こんな所までくる人間は珍しい。何か事情があるのだろう」
シェリルと思われる彼女が、鋭い目を瞬きもせず淡々と述べた。
「わ、私?」
ヴィタは一瞬戸惑うが、ゆっくりと話し出す。
「この者は『勇者』の称号をある者に奪われました。私たちはその者を探すため、人族の領地へと向かっております。シェリル様、なにかご存知ないでしょうか」
彼女の口調は自然と敬語になってしまう。
ふむ、と一呼吸おいてシェリルは喋り出す。
「その者に『勇者』の力は感じない。真かは分からんが、人族の中に近頃、『勇者』が再び現れて騒ぎになっている。何か関係があるようだな」
それを聞いて、(もしかして遊び人かも)と思うユリア。
「人間よ、今後魔族の者を殺めないと誓うか?」というシェリルの問いに、「はい」と彼女は答える。
その表情は不安げではあったが、人族の領地を調べたいと望むシェリルにとって、好都合であり、利害が一致していた。
彼女は玉座から立ち上がり、こう言った。
「まぁいい。ちょうどいいところに人間がきた……。
竜族が長、シェリルの名において命ずる。
人族の元へ行き、『勇者』を調べよ」
突然のことに二人が戸惑い、顔を合わせるも、鋭い眼光と、「いいな?」という短く低い声が聞こえてくる。
「わ、わかりました」と二人は引き受けることになった。
事態が落ち着き、一人ボーガンが「ここ、拠点じゃなかった」と呟くのだった。
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