第60話 後悔しない一歩

「か、会長さん!!!」


「ん?どうした?」


「な、ななななんで!!この人がいるんですか!!」


「私が招いたのだ。君の為にね」


「え!!?私の!?」


 俺の顔を見てぶっ倒れたかと思いきや、すぐさま桜は起き上がってリビングに直行。栞に状況の説明を求めた。栞もそれに対して正直に答え、そのせいで桜は余計に混乱していた。俺はその後を追ってリビングに行き、代わりに詳細を説明した。


「お前が俺の名前を呼んだらしいぞ」


「は?!?呼ぶわけないじゃん!!先輩の名前なんて!!!」


「……朝から元気だな。とりあえず顔を洗ってくるといい。かわいい顔が台無しだぞ?」


「ぁ…………ちょ……どいて!!!」


 桜は俺を押し退けて洗面台の方へと向かった。本当に俺の名前呼んだのか?正直未だに信じらんないんだが……


「………やっぱ嫌われてるって俺」


「そうかもな。でもそれもまた良いんじゃないか?心を閉ざしていたのに君には感情を剥き出しだ。それに私には嫌われてるだけには見えないぞ。ほら分かったら運ぶのを手伝ってくれ。ベタだけどベーコンエッグだ。好きだろ?」


「…………大好きです」


 桜が顔を洗ってる間にテーブルに朝御飯を並べる。丁度並べ終わったタイミングで桜がやってきて、一緒に食卓を囲んだ。



「うっま……」


「そうだろうそうだろう。桜ちゃんはどうだ?」


「……おいしいです」


「そうだろうそうだろう!」


 栞は桜にも料理の腕を褒められて満足そうにしていた。俺も腹が減っていたのでひたすらに食べ進めていたのだが、俺は今の状況が気になってしょうがなかった。


 朝から食卓を囲み、朝御飯を3人で食べる。これではまるで…………



「まるで家族みたいだな」


「「ブッ……!!?」」


 俺と桜が食べている様を眺めていた栞が突然そんなことを言い出し、俺達はふたりそろって吹き出してしまった。


「へ、へへへ変なこと言わないでください会長さん!!!誰がこんな最低な男なんかと!!」


「栞…お前なぁ………」


「いやぁすまん。つい思ったことが口から出てしまった」


「っ………ぁむ……んぐ……んっ…ごちそうさまでした!!!」


 栞の唐突な発言に桜はまたもや赤面すると、残っていた朝御飯を一気に胃袋に流し込み、リビングから去っていった。


「…………ほら怒らせた」


「……零央には怒りに見えるのか?」


「どう考えてもそうだろ。あれはしばらく出てこねぇぞ」


「いや。出てくるさ。だって桜ちゃんのスマホはここにあるからな」


 栞は机の上に起きっぱなしだった桜のスマホを指差して微笑んだ。確かに現代っ子には辛いだろうな。


 そうして俺達ふたりが食べ終わった食器を洗ったりしていると、栞の予想通りに桜がトボトボと戻ってきて「……手伝います」と片付けを手伝ってくれた。



 その後は何をするわけでもなく3人でグータラと過ごした。適当なテレビをつけ、他愛もない世間話をする。楓の話は一切出さないようにし、出来るだけ普通ののんびりとした日常を送ることにしていた。栞が言うには「こういうのがいいはずだ」とのことだった。



「あ……そうだ零央。晩御飯を作ってくれないか?」


 そんな中、夕方に差し掛かったタイミングで栞が俺に晩御飯の用意を頼んできた。


「いいけど……何かリクエストはあるか?」


「カレーだ。零央は作るの得意だろ?晩御飯は任せたぞ。残ったのは両親も食べるから沢山作ってくれて構わないそうだ」


「へいへい……」


「あ、あの!」


 責任重大な頼みごとをされ、俺が渋々冷蔵庫に向かおうとすると、桜から呼び止められてしまった。


「私も、手伝い…ます」


「……分かった。じゃあ頼むわ」


 桜も世話になっている礼がしたいはずだ。俺はそんな桜の申し出を快く承諾し、ふたりでカレーを作ることにしたのだった。



 そして夕食時。


「で、どうだ栞……」


「…………お、おいしいですか?」


「うん。とても美味しいよ」


「「よかったぁ…………」」



 栞からのお褒めの言葉に俺達はホッと胸を撫で下ろした。俺にとっては栞の両親に食べてもらえる初めての料理だし、桜にとっても恩返しのような側面があった。これで微妙だなんて言われた日には立ち直れないところだった。


 そうして俺達は朝よりも仲が少し深まった3人で晩御飯を食べ、その後は順番に風呂に入ることにした。



「残り湯とか飲まないでくださいよ!!!」


「飲まねぇよ。人をなんだと思ってんだ」


「零央。覗くなよ」


「うるっせ」


 桜からの要望で、ふたりは一緒に風呂に入ることになった。きっと裸の付き合いというやつだろう。女子同士じゃないと話せないことも沢山あるはずだ。


 ここは大人しく栞に任せるとしよう。



 ―――――――




「どうだ桜ちゃん。痒いところはないか?」


「ないです…………きもちいです……」


「そうか。ならよかった」


 夜。桜ちゃんから頼まれて一緒にお風呂に入っていた。頭や体を洗ってあげ、共に湯船に浸かる。何か話があるのだろうとは分かりつつ、私からは触れずにひたすらに世間話をしていた。


 だけど桜ちゃんからは一向に話してくれる気配はなく、仕方がないのでもうそろそろ上がろうかと考えていると、桜ちゃんが私の手を握って言葉を紡ぎ始めた。


「………なんで、井伏先輩がいるんですか」


「今更か?朝も言ったが、桜ちゃんが呼んでたからだ」


「そういうことじゃなくて…距離……近くないですか……お互いに名前だし…………」


「おや……そうか知らなかったのか」


 そういえば話してはこなかった。隠すつもりはなかったのだが公表するものでもない。だが聞かれたからには答えるべきだろう。


「私は零央と付き合っているんだ。もちろん燈ちゃんや七海も知っている」


「………………ぇ???……え!!?」


 私からのカミングアウトに桜ちゃんは勢いよく立ち上がった。おかげさまで顔面に水飛沫が飛んできたが、今の我々の関係に比べれば些細な問題だろう。



「……えっと………………なんか……色々と………ダメな気がするんですけど……えと…2股…?あれ……3?」


「あはは……まぁそういう反応になるよな。両親もひっくり返ってたよ」


「……え!?わざわざ言ったんですか!!?」


「勿論だ。零央が言うべきだと聞かなくてね」



 夏休みが終わる頃、零央はそれぞれの親御さんに土下座をした。隠しておくことも出来ただろうに、それでは本当のクズになってしまうと今更な事を言っていた。


「父なんて『こんな男に娘はやれん!』って怒鳴ってね。それでも零央は頭を下げ続け、本気だってことを示してくれたのさ」


「なるほど…………」


 この話を聞いた桜ちゃんは何か考え事をしだすと、再び湯船に浸かった。私はそんな桜ちゃんを自身に抱き寄せることにした。


「えっちょ……!」


「……なぁ桜ちゃん。零央の事は嫌いか?」


「っ…………嫌いです!大っ嫌い!」


「そうか………なら後悔はするなよ」


 本人がそう言うのであれば他人がとやかく言う権利はない。それに零央も桜ちゃんに対して特別な感情を抱いているようにも見えないし、煽りすぎても良くない。


 ただ……後悔だけはして欲しくない。



「気持ちに嘘をつくな。彼ならしっかりと答えてくれるはずさ」


「……………………」


「…………ごめん。そろそろ出ようか」


 少し言い過ぎたのか黙ってしまった桜ちゃんを連れ、私達はのぼせる前にバスルームを出ることにしたのだった。

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