第59話 一夜明け、次の一歩

「やあ零央。上がってくれ」


「お邪魔します」


 9月7日土曜日。俺は訳あって栞の家を訪れていた。


「桜は?」


「私の部屋だ。まだ寝てるよ」


「…………そうか」




 昨日の一件の後、栞から連絡があった。


『明日我が家に来てくれないか?理由は……桜ちゃんのことについてだ』


「……というと?」


 栞の話を要約するとこうだ。


【土曜日に栞の両親が宮野家に向かう。桜のメンタルを考慮した結果、連れてはいけない。だから俺に来て欲しい】


 というもの。明らかに途中の説明を省かれたが、こういう時の栞に逆らったら痛い目を見るので素直に従うことにした。




 それで今日、朝から栞の家に赴いているというわけだ。


「さて、そこに座りたまえ」


「……おう」


 リビングに通され、テーブルを囲んでいる椅子に座らされる。俺の対面に栞も座ると、栞は俺のことを睨んできた。


「昨日何をしていた」


「…………なんのことだか」


「とぼけるな。宮野楓と君。そして知らない女子が生活指導の先生に連行されているのを見ている。もう一度誤魔化してみろ。怒るぞ」


「………………実は――」



 流石に誤魔化しきれないと悟った俺は栞に事の詳細を話した。すると栞は頭を抱え、話し終わると大きな溜め息をついた。


「………分かっているのか。何をしたのか」


「分かってるよ」


「その女にそそのかされた…というわけでは無さそうだが、それでも良くないことだ。復讐というのもそうだし、そんな美人局のようなやり方もそうだ。月曜日にその女を紹介しろ。私が直々に話をする」


 俺に対して厳しく注意をしつつも、栞は頭を抱えて唸っていた。楓がやったことが悪いことは理解している。桜の件を反省しておらず、結果的にまた襲ったのだ。だとしても俺達が誘導し、嘘をつき、罠にハメたのもまた事実だ。栞の正義感なら尚更頭を悩ませる問題だろう。


「……もしもだ。次同じような事件に巻き込まれるとして、その時は必ず私を通せ。そして隠すな。いいな」


「…………あぁ。本当に悪かった」


 俺は栞に深々と頭を下げた。栞はそんな俺の様子を見て再度溜め息をつくと、「本題に入ろうか」と立ち上がり冷蔵庫に向かった。



「零央を呼んだ理由はそれだけじゃない。本当に桜ちゃんの件についても話があったんだ」


 栞は慣れた手付きで食材を取り出し、そのまま台所に向かった。手伝おうかと立ち上がると「座っておけ」と止められ、言われるがままに椅子に座り直した。


「昨日は母が桜ちゃんの面倒を見ていたと言ったろ?そんな中、泣き疲れたのだろう桜ちゃんが眠りについたのだが……何故か寝言で零央の名前が出てきたそうだ。『井伏先輩……』とね」


「…………え、俺?」


「そう君の名前だ。おかげさまで私が家に帰ったらもう大騒ぎ。まさか桜ちゃんにも手を出してるんじゃないのかってな」


「いやいやいやいや!!出してないって!!絶対に!!」


 言いがかりも良いところだ。いくら俺が三股してるからって…………いや全然言いがかりでもないな。


「君に連絡しようとする父を説得するのに私と母がどれだけ大変だったか…まぁそれでだ。少し荒療治になるかもしれないが会わせてみようということになったわけさ。桜ちゃんは未だに心を開いてくれない。だけども君ならば…と信じてくれたんだ。あぁちなみに今日はふたりは帰ってこないらしいから泊まっていいらしいぞ。寝るなら両親の寝室を使えとの事だ。歯ブラシ等はいつの間にか両親が零央のモノを用意していたから大丈夫。それから――」


「待て待て待て!!今サラッと重要な話流したよな!?」


「ん?なんのことだ?」


 真面目な話かと思えば途中から変な話になっていた。栞は明らかにニヤついている声色を出しながら料理を続けている。台所からベーコンの焼ける良い匂いがしてきてめっちゃ腹が減ってくる。ズルいだろコレ。飯テロだ。



「ほら桜ちゃんを起こしてこい。そうしたら3人で朝御飯を食べるとしよう」


「………………分かりました」


 だが昨日の楓との一件で今の俺は栞に頭が上がらないし、俺も桜の容態については気になっていた。もし俺が会うだけで少しは回復するのであれば喜んで会ってやる。


 そう思い栞の部屋の前まで行き、扉をノックしてみる。返事はなく、きっとまだ寝ているのだろう。


「…………桜。起きろ」


 次に俺は声をかけてみることにした。だが返事はない。流石に無断で入るわけにはいかない。俺はもう一度ノックし、声をかけた。


「朝御飯出来たぞ。起きねぇと俺が全部食っちまうからな」


 廊下にまで良い匂いがしてくる。きっと栞もこの為にわざわざベーコンなんて焼いてるんだろう。だがそれでも返事は返ってこず、俺が一旦諦めてリビングに戻ろうとすると…………


「んぅ………おはようござ…い……ま……」


 部屋の扉が開いたかと思えば、桜が眠気眼を擦りながら現れた。恐らく俺を栞の父親と勘違いしていたのだろう。桜は丁寧に挨拶しようとしたが、俺の顔を見るや否や目を大きく見開き、顔を真っ赤にした。


「な、なな……なんで…………」


「……おはよう。ぐっすり眠れてるようで安心したよ」


「……………………あぅっ……」


「桜ぁ!?」


 あまりの唐突な事態に脳が追い付かなかったのか、桜はそのまま倒れ込んでしまうのだった。

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