第58話 主人公と悪役と

「―――てな感じでイブ君が登場して殴って後は先生に引き渡して終わり。どう?乗る?」


「………………考えさせてくれ」


 姫崎の口から語られた復讐計画を聞いてしまい、頭を悩ませる。確かにこれを実行すれば桜を襲ったという件も信憑性が増す。そうなれば楓は少なくともここには居られなくなるだろうし、場合によっては警察のお世話になるかもしれない。


 だがこの計画は…………


「………イブ君は通りかかるだけなんだよ。それに宮野がウチを襲うって確証もない。下駄箱に入れる手紙には『例の場所』としか書かない。そもそもウチは処女だし、ビッチ云々の噂も実は自分で流してるんだよ。つまりその結果を選ぶのは全部宮野なの。引き返すタイミングなんて無限にある。もしその時にイブ君が来なくてもウチはヤるからね。むしろ本当に犯されれば立派な犯罪になるし助けてくれなくてもいいよ?」


 そう語る姫崎の目は本気だった。一体何がここまで姫崎を動かすのか。それほどまでに当時の楓の行動が姫崎にとって深い絶望を与えたということなのだろうか。


 姫崎の言う通りなのだとすれば楓は元から悪人の素質はあった。ゲーム中では語られなかった裏設定というやつか、もしくは現実化する際にねじ込まれた過去なのか。


 いや、そのどちらでも構わない。もし楓が桜の件を反省してるなら姫崎を襲わないだろう。だが、何も反省しておらず姫崎を襲うのであればもう手段なんて選ぶ意味はない。その手が燈達に届かないとは言いきれないんだ。



「………分かった。乗るよ」


「おっけ。じゃあウチが叫ぶから、その後は流れでお願いね」




 そうして俺は姫崎の復讐計画に乗ることにし、その日の放課後に姫崎と共に楓を待っていた。楓はすぐには現れず、計画そのものの練り直しが考えられていたその時、楓はドタバタと走りながら教室へとやってきたのだった。



 そして…………





「おい」



「な……なんで…お前がここに…………」


 姫崎の叫びが聞こえ、俺はすぐに教室へと乗り込み、下着姿の姫崎を馬乗りになって襲おうとしている楓になるべくドスを利かせて声をかけた。


「人の女に何してんだよ」


 俺は強引に楓の胸ぐらを掴んで持ち上げ、姫崎から引き剥がした。楓は未だに俺の登場に驚いており、必死に今の状況を整理しようとしているのが表情から伝わってきた。


「イブ君っ……怖かったよぉ…………」


 解放された姫崎は立ち上がると、嘘泣きしながら俺へと抱きついた。なかなかに迫真の演技だ。これもまたこの日のために磨いてきた技術なのだろう。


「……そ、そうか!!ふたりして俺をハメやがったな!!!」


 楓の推理は正しい。だがこうして姫崎を襲い、抵抗されないように馬乗りになって口まで塞いだのは紛れもない楓自身だ。怒りで我を忘れ、こんなことをする奴を野放しにしておくわけにはいかない。


「……宮野、ひとつ聞いていいか」


「あ!?なんだよ!!」


 楓は完全にキレており、後先の事なんて考えてない。このまま騒いでいればいつか先生達が来るだろう。そこから先は任せるとして、俺はどうしても聞かなきゃいけないことがあった。


「なんで桜にあんなことをした」


「なっ………なんでお前がそんなこと……」


「良いから答えろよ」


「…………お前に関係ねぇだろ!桜は俺のことが好きなんだ!だったら理由なんてそれで全部だよ!お前とその周りのクソ女共と一緒だ!偉そうに説教するつもりか!?俺とお前で何が違うってんだよ!!」


 激昂した楓は俺の胸ぐらを掴み、更に吠えた。


「お前さえ来なければ!!全部うまくいってた筈なんだ!!乃愛も、燈も、栞も、七海も、他の女だって!!俺の元から離れることなんてなかったんだ!!俺のだったんだよ!!」


「…………ふざけんな」


 楓の言い分を聞き、俺も胸ぐらを掴み返す。そして今にも殴ってしまいそうな怒りを抑えながら楓に語った。



「俺が来なくてもな、アイツらはお前の元から離れてんだよ。燈は陸部のペット扱い。栞は不良にレイプされた挙げ句に自殺。七海はずる賢いクズな大人に食い物にされる。乃愛は望まない妊娠をさせられ、誰にも相談出来ないまま1人で抱え込み続ける」


「………は?意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ!!」



 俺がゲーム中に見てきた彼女達の結末はどれも胸が苦しくて、吐き気すら覚えるようなものだった。だけどその苦悩を乗り越えた先にある皆の笑顔は本当に綺麗で、だからこそ全員を救えないことに苦悩する日々を送っていた。



「最初から守るつもりなんてねぇなら自分の女なんて言うな。たった1人すら幸せに出来ず、ずっと暮らしてきたはずの妹の心を壊しておいて何がお前の女だよ」


「っ……全部お前が邪魔したんだろ!!お前がいなきゃ俺だってもっと上手く――」



 この期に及んで俺か。もう無理だな。殴る価値もない。



「邪魔なのはテメエなんだよ」



 俺はそう呟くと、楓の胸ぐらから手を離した。そのまま楓の手も無理矢理引き剥がし、俺は姫崎に声をかけた。


「殴りたいなら代わりにどうぞ」


「え~……ならウチもやめとこっかな」


「そうか」


 俺達がまるで全てが解決したかのように振る舞っていると、楓が俺に殴りかかろうと突っ込んできた。


「ふざけんなよ………どいつもこいつも……俺をバカにすんのもいい加減にしろよ!!!」


 俺は顔面に向けて繰り出された拳を避けるわけでもなく受け入れた。だが……



「…………こんなもんか」



 楓の拳は全く痛くなかった。所詮はその程度の気持ちしか込もってない拳だったというわけだ。



「っ……テメエ!!!」



「おい!ここで何を…………おい何をしてるんだ!!」


「ぇ…………」


 楓がもう一撃俺にお見舞いしようと拳を振りかぶると丁度良いタイミングで生活指導の男性教師がやってきた。


「せんせいっ!!ウチ……宮野に襲われて………怖くて…………」


 すぐさま姫崎はその教師に泣きながら助けを求めた。本当に凄まじい名演技だ。どっから涙は持ってきたんだ。


「………………と、とりあえずだ!3人とも今すぐ生活指導室に来い!詳しい話はそれからだ!!」


「……うっす」


「ちがっ……先生!俺は…………騙されて……」


「それも後だ!!とりあえず来い!!親御さんにはこちらで連絡しておいてやるから!!」


「ぇ……あ…………それだけは!!」


 親に連絡がいくと聞いた瞬間楓は取り乱し始めた。それを不信に思った教師は厳しい顔で楓を問い詰めた。


「…お前がしてないって言うなら問題はないはずだろ。それともやましいことがあるのか?」


「……えっと…………それは………」


 楓はきっと桜の件を危惧しているのだろう。なんとか弁明しようとする楓だったが、言葉に詰まれば詰まるほど怪しさを増していき、最初は俺に疑いの目を向けていた教師も段々とその視線を楓に向け始めた。


「………どちらにせよだ。詳しい話は後で聞いてやる。とりあえず来い」


「俺は………………俺は……」



 楓の表情は絶望しきっていた。これから自分が辿るであろう結末を想像し、その事実を信じたくないのだろう。




 その後、俺達は一通りの流れを説明させられることになった。


 事の発端の手紙は間違えて楓の下駄箱に入れてしまったこと。そして急に楓が制服を脱がしてきて、押し倒されたこと。助けを求めた際にたまたま近くにいた俺が駆けつけた……という話をでっち上げた。


 もちろん楓も反論はした。

「誘ってきたのは琴音だ!」「そもそも琴音は散々男とヤることヤってきてる!」などと若干的外れな反論だった。だが姫崎が誰かとヤっていたという事実はない。全てがこの日のために作られた嘘なのだ。「誘ってきたのは」というのもこういった奴らの常套句みたいなもので、楓が口を開く度に教師の顔は険しいものになっていた。


 対する俺はアリバイ作りを入念に行っていた。乃愛に話をつけ、その直前まで一緒に勉強をしていたということにしてある。教師も「水上か……」と俺のアリバイを一旦は信じてくれた。




 その後しばらく俺達への質問は続いたが、被害者であることは確定している姫崎と、暫定無実の俺は先に解放されることとなった。楓は今から両親が飛んでくるらしく、そこから更に話があるそうだ。過保護ってのも考えものだな。




「ん~やっと終わったぁ……」


「……おつかれ」


 様々な事から解放された姫崎は背伸びをしながら一息ついていた。結局のところ楓は自分が今までに積み重ねてきた全てが跳ね返ってきただけなのだろう。ヒロイン達が助かっているということで、ある種のしわ寄せがきたのかもしれない。まぁ結果的に自業自得だからどうでもいいんだが。


 そうして俺達がふたりで校舎を出て、駅に向かって歩いていると、突然後方から何者かが突っ込んできた。



「センッパイ!!!!!」


「ぐぬっ!!?」


 背中に加わった衝撃に対して身構えていなかった俺は若干体制を崩したが、なんとか踏みとどまることに成功した。振り返ると部活終わりなのだろう燈が俺の背中に顔を埋めて「うーうー」と唸っていた。


「また…………またおっぱいだぁ…………やっぱりおっぱい星人なんだぁ…………」


「いや姫崎とはそういうのじゃ……な?」


 誤解を解くために姫崎に声をかける。しかし姫崎はそんな俺を見るとニヤリと笑みを浮かべ、俺の腕に体を絡めてきた。


「ウチとは遊びだったのー?」


「なっ!!!?」


「やっぱり!!!クズ!!!変態!!!おっぱい星人!!!4股男!!!」


「え?4?」


「だからちがっ………っ……あぁもう!!」



 一難去ったかと思えばまた一難。これじゃ俺が本当に気を抜いて暮らせる日はいつになったら来るのだろうか。


 ………まぁ忙しいのも悪くはないけど。




 ――――――



「ねえてっちん。明日デートしよ?」


『明日!?』


 井伏君達と別れた後、わたしは好本君に通話をかけた。最初は井伏君に近づくためについでに声をかけただけだった。それに手札は多い方が楽だからって。


「えーウチとデートしたくないのー?」


『いや!?したくないわけじゃ……でも急な話だし………その……付き合ってもないし……』


 でもわたしも元々オタク気質だったし、あれからは我慢してた。全部は宮野に復讐するために。わたしのことをブスだと嘲笑ったアイツを見返すために。



 でもそれも今日で全部終わり。案外この生活も楽しかったけど、やっぱりアニメも見たいし漫画だって買いに行きたい。



 それに…………



「いいじゃん。ほら固いこと言わずにさ」


『でもぉ……』



 わたしだって久しぶりに青春したいなって。幸せそうな井伏君達を見てたらそう思えた。

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