第57話 「幼なじみ」だから

 9月6日金曜日。朝から俺の気分は最悪だった。何故か乃愛が井伏と一緒に教室に来やがって、それだけでもどうにかなりそうだったのに井伏の二股についてクラスで暴露してやったのに誰も話を聞いてくれなかった。


 なんだよ井伏ならって……元不良が更正したのがそんなに魅力なのかよふざけんな。




 あぁクッソ………なんでこうもアイツらの事が頭にちらつくんだ。井伏が許されてるんだったら俺も二股でも三股でもすれば良いだけだろ。乃愛なんて井伏にくれてやれば…………っ……いいだけなんだ。



 そうだ俺にはまだ相手はいる。俺だってやろうと思えば三股くらいなら余裕だ。今に見てろ。乃愛達なんかよりも良い女を揃えて見返してやる。




 そう決めた俺は昼休みに隣のクラスに行き、とある女子を呼び出して屋上の扉の前で告白することにした。



「……なぁ俺と付き合わないか?」


「………………え?なに急に……」


 その女子は1年生の頃に同じクラスだったハツラツ系のイケイケ委員長の甘南かんな。乃愛の次に脈アリだったはずなのに、甘南は俺の告白を受け止めれなかったのか、キョトンとした顔をしていた。


「だから……そろそろ付き合おうって話なんだけど……」


「………そろそろってなに?えっと…うん?え、そんな話したことあったっけ?」


「………いやだって何回か遊びに行ったことだってあるし…」


「………え、もしかしてだけど…私そんなチョロい女に見えてる?だとしたらちょっとその……ごめんね?あんまり言いたくないんだけどさ、流石にちょっと……キモいかな」


「ぇ…………」


 普段のハツラツな様子とは裏腹に甘南の顔は歪みきっており、お手本のような苦笑いをしながら告白を断ってきた。


「乃愛ちゃんの幼なじみにこんなこと言いたくなかったんだけど…あれ、てか乃愛ちゃんは?そういえば付き合ってなかったっけ?」


「いや……アイツとは別れて……」


「あー………もしかしてそれで私ってこと?ぇっ………ごめんマジでキモいかも」


 甘南の顔は苦笑いから一瞬で軽蔑の表情へと変わり、「ごめんね?」と言い残して逃げるようにこの場を去っていった。



 フラれ……たのか?俺が?なんで…いやだって乃愛と付き合ってる時に告白する方がおかしくないか?井伏は許されてるんだぞ?なんで俺は…………



 いや違う。アイツも俺のヒロインじゃなかっただけだ。そうだ。次だ。次こそは…………






「ようれい。ちょっといいか?」


「……チッ…………なに?」


 放課後。甘南とはまた違うクラスの女子に会いに行った。その女子の名前は玲。毎日放課後は1人きりの教室でスマホゲームをしているクール系の女子。俺が声をかけると玲はスマホを操作しながら俺に耳を傾けた。


「いやさ、その…彼氏とか欲しくないか?」


「……………………なに。喧嘩売ってる?」


「煽りとかじゃないって。ただその欲しいなら俺とか―――」


「チッ…………本気で言ってるなら頭おかしいでしょ」


 玲は普段からクールな方だが、今日は一段と厳しい目を向けてくる。照れてる……訳ではなさそうだ。ていうか何もそこまで怒らなくてもいいだろ。


「玲先輩」


 俺が玲に更なるアタックをしかけようとすると、廊下の方から清楚でかわいらしい声が聞こえてきた。


「終わりました」


「ん。じゃあ帰ろっか」


 玲はその女子から声をかけられた瞬間にゲームをしていた手を止め、さっきよりも賑やかな顔でサッとリュックを背負って女子の元へと向かった。


「え…………誰……?」


「…………そっか知らないんだ。水上さんに相談したから知ってるもんだと思ってたんだけど。まぁアンタには関係ないから気にしないでいいよ」


 玲は冷たくそう言い残すとその女子と共に帰ろうとしだした。焦った俺はふたりを追いかけるように廊下に出て、声をかけた。


「じゃ、じゃあ3人で今度遊びにで―――」



「は?死ねよ」


「もう玲先輩。口が悪いですよ」


「……ごめんつい。早く帰ろっか」


「はいっ」


 玲が毒舌気味なのは知っていたが「死ね」とまで言われたのは初めてだった。ふたりはそのまま二度と振り返ることなく帰っていってしまった。




 ………………次だ。次こそは





 俺はその足で科学部まで行き、1人で実験器具で遊んでいた3年生の科学部部長の真理まりに告白することにした。


 のだが…………


「ふぅん……わざわざ部室まで乗り込んできたかと思えばそんなことを言いに来たと。つまり君の目には受験生にも関わらず部活に居座り活動と称して全く関係のない実験をしている白衣を着た私のような変人が色恋に興味がある人間に見えているのか。だとしたら心外だな。もし私が色恋に興味があったとしてもそれは科学にだ。人間の男、ましてやキミみたいな男にそんな生娘のような気持ちを抱くなど………そうだ乃愛くんはどうした。夏休みは彼女のサンドイッチが食べられなくて非常に残念だったよ。よければお願いしておいてくれ」


 真理は怒涛の早口で自身の恋愛観を語り始めたかと思えば急に乃愛の名前が出てきた。さっきから乃愛が隙あらば出てくる。一体どういうことなんだ。


「乃愛とは…………もう……」


「おや。ついに乃愛くんに捨てられてしまったか。なら君とこれ以上色恋について話す義理もないな。ほら早く出ていきたまえ」


 真理はそれだけ言うと、再び実験に集中し始めた。俺はそんな真理の姿に憤りを覚え、彼女の元に近づいて問い詰めた。


「話す義理ってなんすか……それじゃまるで乃愛が居ない俺には価値がないって言ってるようなもんじゃないすか。先輩は俺のことを好きだったんじゃ―――」


「どうやら相当に脳が出来上がってるらしいな。人が気を利かせて言葉を選んでいたというのにその様な思考に陥るなど恐ろしくてこれ以上に会話したくもないが……仕方ない。ここまで思い上がらせた私にも責任はある。懇切丁寧に教えてやろう。今の君に価値など1つもない。あたかも自分に魅力があると勘違いし、目の前の相手の事を見てすらいない立ち振舞いには何度顔をしかめたことか。その度に君の隣に居てくれた乃愛くんが部室にサンドイッチを持ってきてくれたのさ。お詫びだと言うから最初は断っていたのだがこれが本当に美味しくてね。だから仕方なく君と会話してあげていたのさ。だが君が乃愛くんと縁を切ったというのであれば価値のない人間とこれ以上時間を浪費したくない。さぁ、理解出来たならさっさと出ていきたまえ。おっと余計なことを考えるなよ。私が華奢だからと調子にのった行動を取ればこの目の前の私特性の劇薬を貴様の顔面にかけるぞ」


「っ………………」



 俺は真理にあしらわれ、現実を受け止めきれないままに俺は部室を後にした。



 真理だけじゃない。玲や甘南だってまるで俺を乃愛のオマケみたいに扱ってきた。


 逆だろ。乃愛が俺についてきてたんだぞ。小さい頃に俺がイジメから助けてやったんだぞ。


 それなのに…………まるでこれじゃ……




「……ん?」


 3回連続で告白に失敗し、俺が失意のまま帰ろうとすると、下駄箱にとある紙が入っているのに気づいた。


『例の場所で待ってるよ  琴音』



 俺はそれを見た瞬間にすぐに走り出した。


 琴音……というのは姫崎琴音だろう。1年の頃から頼めばヤらせてくれることで有名なビッチだ。正直あまり絡んでこなかったが、今更もうどうでもいい。相手がビッチならやりようはいくらでもある。遂に俺にもツキが回ってきたってわけだ。


 俺は校舎を駆け、琴音がヤり場にしていると噂のとある空き教室にやってきた。するとそこには本当に琴音が居て、椅子に座って退屈そうにスマホを触っていた。



「……っ…………お、おまたせ……」


「ん?あ、やっときた~気づいてないのかと思ったよ~」


「悪い………色々……っあって……」


「うんうん。お疲れさま。じゃあ早くシよっか」



 俺は琴音に誘われるがままに顔を近づけとりあえずキスをしようとしたのだが……


「あ、ウチ、キスNGだから。本番だーけ」


「……ごめん」


 本番は良くてキスはダメってどんな倫理観してるんだ。まぁいい。どうせ始まってしまえばこっちのものだ。


「はいじゃあ脱がせて」



 俺は琴音に指示されるがままに制服を脱がせ、下着姿にする。琴音の下着はビッチというにはあまりにもかわいらしい如何にも普通な下着だった。


「ほら早く~ブラも脱がせて~」


「分かってるけど…………」


 まどろっこしい。今すぐにでも犯してやりたい。いいだろブラなんて。乃愛なら自分で取ってくれたのに…………てか外せねぇし……


「………………ん~…ごめんやっぱやめよ」


「は?ちょ……」


 もう少しで外せそうだったのに、琴音は俺の手を振り払うと、わざわざ脱がした制服を手にとった。


「乃愛ちゃんともやることやってたらしいしもうちょっと出来るかと思ってたんだけど…期待外れもいいとこ。これで本番を期待しろは無理があるって」


「なっ…………ヤってみなくちゃ分かんないだろ!」


「分かるよ。乃愛ちゃんに聞いたもん。下手くそすぎて喘ぐの大変だったって」


「………………は?」



 嘘に決まってる。


 だって乃愛も気持ちいいって……言ってくれたし………あんなに……喘いでて……


「……ねえ宮野。アンタさ、中学の頃にフッた女子のこととか覚えてる?」


「……………なんだよ急に」


「いや?ふと思ったんだよ。例えば中2の頃。勇気を出して放課後の空き教室に呼び出した女子からの告白。覚えてない?」


「…………は?」


 何を言ってるんだ。なんで今そんな話をしなくちゃいけない。それが琴音と何の関係が…


「その子が出した手紙には確かにこう書いてたはずなんだよね『大事な話があるから1人で空き教室に来て欲しい』って。それなのに宮野はどうしたんだっけ」


「………………えっと……」


「………ホントに覚えてないんだ。まぁそうだよね。だからあんなこと出来るんだもんね」


 中学の頃なんてその手の話はありすぎていくつあったか覚えていない。今にして思えばあの頃が俺の全盛期だった。

 そうして俺がなんとか記憶を掘り起こそうとしていると、琴音は怒りに満ちた声色で語り出した。


「結果としてその子はフラれたんだよね。でもそこまでは良かった。君はその子をフッた後、教室を出てすぐに男友達と合流した。そしてその子には聞こえてないと思ってたのか大きな声で笑ってたよね『あんなブスと付き合えるわけない』ってさ」


「ぁ…………ぇ……」


 琴音の口から語られた内容を聞いてようやく思い出した。そういえばそんなことがあった気もする。だけどあの時の女子は琴音とは似ても似つかぬ陰キャだったはずで……


「その時のその子の気持ちって考えたことある?ただでさえフラれて悲しかったのに、好きだったはずの男子から嘲笑われて、約束すら破られて、死にたくなっちゃったんだよ」


「………………悪かったよ」


「悪かった?いや思ってもないこと口にするのやめた方がいいよ。キモいだけだから。てか乃愛ちゃんにも言ったんでしょ?『デブ』って。あのさ、もしかして口が悪いのがカッコいいと思っちゃってる?男も女も平等に見れてますってアピ?」


「いやだって…それは乃愛と俺は幼なじみで、実際人よりは太ってるだろ?」


「なるほどね。事実なら言ってもいいってことか。確かにその子がお世辞にも身だしなみに気を付けてたとは言えないし、乃愛ちゃんだって細い人よりはふっくらしてるかもしれないよ?ならウチも悪口言っちゃうけどいいよね?」


 琴音はそう言うと俺の股間に手を伸ばし、形を探るようにまさぐった。


「………ざっこ。イブ君の半分以下じゃん」


「なっ…………!!?」


「こんなので乃愛ちゃんを満足させられてるって勘違いしてたんだ。かわいそ。しかも下手くそって。救いようがなさすぎ」


 琴音は煽るように股間を擦り続け、「そういえば」とわざとらしい声色で呟いた。


「さっき乃愛ちゃんとイブ君が一緒に帰ってたなぁ。仲良さそうに話しながらさぁ。あーあ。乃愛ちゃん流されやすいからなぁ。明日も休みだし、朝までコースかなぁ」


「なにを…………言って……」


「イブ君のすっごくおっきくてぇ……固くてぇ……太くて長いんだよねぇ………始まる前は怖いのにぃ……セックスは超優しくてぇ…テクも凄くてぇ……あんなのでゴリゴリ抉られたら乃愛ちゃんも本気の喘ぎ声出ちゃうだろうなぁ……週明けにはもうイブ君専用の彼女になってるんだろなぁ……」


「っ…………やめっ…ろ………乃愛は……」



 やめてくれ。



 想像させないでくれ。



 乃愛は、俺の……幼なじみで…………




 俺の…………初恋の……





「………………あ、やっと気づいた?もう少し早かったらなぁ……君が寄り道なんてせずに乃愛ちゃんだけを見てたらなぁ………」


「っ…………ふざけんな!!!」


「きゃっ……!」



 琴音に煽られ、もう我慢できなくなった俺は無理矢理押し倒した。


「うるせぇ……うるせぇよ………乃愛なんて……あんな女いくらでもいんだよ…少し体の相性が悪かっただけだ…………お前だってビッチのクセに調子にのんなよ……今すぐに俺が分からせてやる…井伏なんかよりも俺の方が上だってその体に教えてやるよ……!!」


 そのまま下着を脱がせようと手をかけようとしたその瞬間、琴音はニヤリと笑みを浮かべ、叫んだ。



「誰か!!!!助けて!!!!!」



「…………は?……おいちょっと!!」



 あまりの声量に思わず口を手で押さえた。


 だが…………





「おい」




 この世で一番聞きたくない声が、教室の扉の方から聞こえてきたのだった。

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