第53話 踏み越えた最後の一線

 見たくない。



 確認したくない。



 だってありえない。



 でも桜は助けを求めたんだ。



 だったら動かないと。



 サプライズだったら良い。



 すごっく良いリアクションしてあげるから。



 だから…………どうか……





「なんであんなこと言ったんだよ!お前だって好きだって言ったじゃねぇか!」


「ごめんなさい……ごめんなさい…………」



「…………なにしてるの」



 物音がしていた桜の部屋の扉を開けた。目の前に広がってた光景はとても信じられるものじゃなくて、理解したくもなかった。


 楓はズボン脱いでるし、今まさに桜は服を強引に脱がされそうになっている。楓は怒ってて、乱暴で、桜は涙を流しながら必死に謝ってた。



「…………どうやって入ってきたんだよ」


「っぐ…………ごめんなさい…………ごめんなさい………やめて……ください……」


 楓は私に気づくと冷静なフリをして声をかけてきた。でも桜は私には気づいておらず、その悲痛な声からどれだけの絶望を味わっているのかが痛いほど伝わってきた。



「そんなことどうでもいいでしょ。楓はなにしてるの?桜は妹でしょ。今すぐやめてよ」


「………あー…実はさ、俺達って血が繋がってないらしんだよね」








「……だから?」


 本当に意味が分からなかった。血が繋がってないなら泣いてる女の子を襲っても良いって言ってるの?


「あー……えーと…実は俺って桜の事が好きでさ、だから……えっと、告ってさ、二股…的な?そう。だから……同意の上だから大丈夫。それに桜ってドMなんだよ。てわけでこれもプレイってこと。な?」


「ごめんなさい…………ごめんなさい……」






「…………え……は?いや、泣いてるじゃん……そんなの関係なくない……?」


「分かってねぇなぁ乃愛は……そういうもんなの」




 気持ち悪い。


 言ってることが本当に分からない。


 そういうもんで片付けちゃ駄目でしょ。



「……なんだ?二股は許しませんってか?」


「…………いやいやいや。そういう話じゃないじゃん」


「井伏は二股してるってのに俺は駄目ってのか?あ、そうか知らないか。井伏って木下だけじゃなくて桜の友達とも付き合ってるんだぜ」


「………それが楓に何の関係があるの?」


「確かにもう関係ないか。俺も二股中だし」





「ねえ楓……私と会話する気ある………?」


 一生懸命対話を試みてるのに全然成り立たない。二股とかそんなどうでもいい話してるんじゃないんだけど。私は桜を襲ってる理由を聞いてるんだけど。


「…………チッ……分かった分かったもういいよ。別れようぜ。それで良いんだろ?」


「え…………は……?」



 そんな簡単に別れようとか言うの?もしかして二股を許してくれないから?二股じゃないならそんな気持ち悪い行動が許してもらえると思ってるの?



「………んだよまた文句あんのか?今更訂正しないからな。お前みたいなデブと違って俺はモテるんだよ。今までしてこなかっただけで俺が告白すれば付き合える女なんて沢山いるんだよ。あー…でも感謝しとくよ。いっぱい練習させてくれてさ。でも二度とシてやらねぇから」




 駄目だ。


 もう話したくない。



 気持ち悪すぎて理解したくない。




「いいよ。別れてあげる。許してくれる優しい人が見つかるといいね」


 私は楓に……いや、目の前のゴミにそう呟きながら近づき、尋ねた。


「…最後にひとつだけお願いしてもいい?」


「もうシねえって言ったろ」


「…………そう。残念」



 最後の最後まで気色の悪い発言をするゴミの顔面に向け、全力で拳を振り抜いた。



「ゴフッ…………!!!?」



 予期していなかったのであろう一撃に楓は体制を崩した。私はその隙に泣いている桜を楓から引き離し、優しく抱きしめた。



「もう大丈夫だよ……」


「乃愛……さん…………っ……」



 桜はようやく私の事に気づいてくれた。だけど未だに涙は止まらず、普段の元気な姿からは想像もつかないほどに弱っていた。


「とりあえず下履いて………早くここから出よ?」


「ぅん…………うん…………」



「乃愛お前……っ…!!!」


「気軽に私の名前を呼ばないで」


「なっ…………」


 やっと殴られた事を理解したゴミが掴みかかろうとしてきたが、私が軽蔑した視線と本気で嫌悪してる声をぶつけると威勢はすぐに消えてしまった。



「アンタは私の彼氏でも、幼なじみでもない。だから話しかけないでくれる?気持ち悪いんだけど」


「っ…………あぁそうかよ!!お前こそ後で俺に泣きついても知らねぇからな!!!」


「……………あっそ」


 やっぱり本当の最後まで謝ってくれないんだ。チャンスはいくらでもあったのに。相手のこと見てないから掴めないんだよ。



「乃愛さん…………」


「……行こっか」


 そうして衣服を整えた桜と共に、私はこの家を出た。まずは警察に相談するべきなんだろうか。でも今は桜が弱ってる。相談するにしても桜の体調が回復しないと良くないだろう。


 桜はとりあえず私の家に………いやでも私の家はあのゴミにバレてる。もしかしたらって可能性がある。こんなことをした奴だ。もう何も信用できない。



 ……とりあえずバイト先で匿ってもらおう。確か井伏くんがシフトに入ってたはずだ。彼なら何か良い案を出してくれるかもしれないし、桜にも何か食べさせてあげよう。




 ―――――――




 9月5日木曜日。あれから楓と乃愛については悩み続けているが結論は出ていない。楓のやらかしも今のところは思春期特有のものと言えばそれまでだ。


 そんな事をずっと考えながらバイト先に向かうと、スタッフルームに何故かシフトに入っていないはずの乃愛と、目元が真っ赤に腫れている桜が居た。


「………おはようございまーす…」


「あ、井伏くん。おはようございます」


 とりあえずバイトでのテンプレの挨拶をしてみる。そうして俺と乃愛が挨拶を交わすと、桜が急に俺の方を見た。



「……なん…で…………ここに……」


「そりゃこっちの台詞だ。何かあったのか?」


 何かあったのなんて一目瞭然だが一応聞いておく。どうせ俺には教えてくれないんだろうと思っていたのだが……



「……っ…せんぱい…………わたし……わたしぃ…………ひっぐ…………」


「ちょ!!?」


 いつものツンツンした反応が返ってくると思ったのに桜は突然泣き出してしまった。


「大丈夫だよ桜…………大丈夫だから……」


 そんな桜を乃愛が背中をさすりながら慰める。もしかして俺のせい?心当たりないはずなんだけど!!



「…………ごめん井伏くん。バイト終わったら私から話すよ。桜もそれでいい?」


「俺は……いいけど…」


「ごめんなさい…………ごめんなさい……」



 桜は泣き出したかと思えば今度は謝り出した。一体何があったんだ。どうすればあんなに元気な桜がここまで落ち込むんだ。

 全く理解できないがとりあえずは仕事だ。慣れてきた頃が一番ミスをする。


 集中……集中…………






 できるか!!!!!



 俺は洗い場を片付けながら心の中で全力で叫んだ。気になる。何があったのか気になりすぎてさっきから時計とにらみあっている。まだシフトの終わりまで1時間近くある。今のところミスはしてないが危ない場面ばかりだった。


「……井伏くん。今日暇だねぇ」


「え……あ、はい」


 俺が片付け終わった洗い場で固まっていると、店長が白々しく声をかけてきた。


「こういう日は人件費浮かせないとなぁ」


「は、はぁ……」


「………今日はもうあがっていいよ。気になるんでしょ」


「っ……いえ!頑張ります!」


 マズイ。集中してないことがバレた。ここで信用を失うわけには……


「…いやね。俺達もめっちゃ気になって集中出来てないんだよ。でも君が行って解決するなら少しは集中できるかなって」


「えっと…………」


「ほらほら。おじさん気が変わっちゃうよ」


「……っ…ありがとうございます。お疲れ様です!」


「はいおつかれー」


 俺は気を利かせてくれた店長や他のスタッフに頭を下げ、急いで乃愛達の元へと戻ることにした。




「あれ。どうしたの?」


「……あがらせてもらった」


 俺が戻ってきたことに対して乃愛は驚いた顔をしていた。俺が一通りの流れを説明すると、乃愛は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん……配慮が足りてなかった……」


「そんなことは今はいい。それよりも……何があったんだ?」


 乃愛は俺からの問いに頷き、桜にも確認をとると、とても悲しげな表情で語り始めた。





「…………これが私の見た全部。もしかしたらこの前にも何かあったかもしれない」


「……………………っ……!!」



 あの野郎……妹だぞ………血が繋がってないとはいえ…お前が何より大事にしてきた存在だろうが…………!!それを…………!!



「この事は桜が落ち着いたら警察に通報しようと思ってる。桜の両親にはなんて言えばいいか分かんなくて、とりあえず私の家に泊まるってことにしてある」


「……そうか」


 俺はなんとか怒りを抑え、乃愛の話に耳を傾け続ける。乃愛はその現場を見てしまったんだ。今一番我慢してるのは乃愛のはずだ。だったら俺が焦るわけにもいかない。


「でも私の家だと…アイツが知ってる。もうここまできたら何するか分からない。だから井伏くんに力を借りたくて。木下さんの家とか近くじゃない?出来れば相談してほしいんだけど」


「七海の家は……少し遠いな。それに七海の親は心配性だから話が拗れると思う。うちの実家ってのもあるけどもっと遠いし……栞の親父さんに連絡してみるよ。警察官だし、家も七海よりは近い方だ。きっと力になってくれる」


「……え、あ、うん…………うん?」


 俺が手早く栞の親父さんに電話をかけようとすると、乃愛の頭には疑問符が浮かんでいた。


「…………なんだよ。不満か?」


「いや…………栞って…多分会長さんだよね?なんで会長さんのお父さんの連絡先持ってるのかなって…………」


「………………全部解決したら話すよ」


 流石に俺達の複雑すぎる関係を説明するには時間がない。俺は親父さんに連絡し、世間話もそこそこにある程度の事情を説明した。すると「今すぐ向かう」と快く話を受け入れてくれて、本当にすぐに迎えにきてくれた。



「……桜をよろしくお願いします」


「あぁ。必ず守ると約束するよ」


 乃愛が親父さんに頭を下げる。仕事モードだと本当にカッコいい人だ。そういうとこは栞とそっくり。


「桜ちゃん。もう大丈夫だからな」


「……っうん…………うん……」


 迎えには栞も来ていて桜を優しく抱きしめて頭を撫でてあげていた。



「…………零央」



 そうして車に戻る直前。栞が真剣な表情で俺に忠告を始めた。


「明日、絶対に手を出すなよ。私の時とは場所も状況も違うんだ。分かっているだろう」


「………………あぁ。分かってる」


「そうか。信じているぞ」


 栞は優しく微笑むと、桜と共に車に乗りこんだ。俺と乃愛は車が見えなくなるまで見届け、それぞれの家へと戻ることにしたのだった。




 ―――――――




 んだよ。



 乃愛のやつ、ずっと隣に居たくせに。おもいっきり殴りやがって。あんなにアッサリ、別れ話を受け入れやがって。




 ……まぁいい。



 俺には他にも女友達は沢山いる。やっと乃愛から解放されたんだ。新しい彼女を作ればいいだけだ。



 今度はもっと優しそうな女にしよう。そうだ。それがいい。ちょっと他の女と遊んでも笑って許してくれるような女がいい。セックスには自信があるし、満足させられるはずだ。どうせ井伏だってそれで女作ってるんだから良いだろ。



 ……それで………いいはずなんだ……

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