特に何も起こらない異世界キャンプ(ウサギさんとの交流)・前編

 最初さいしょかんがえたのは、私がテントをてている、このやま有地ゆうちなんだろうかということだった。法律ほうりつ違反いはん? 罰金ばっきんけい? ひょっとしたら牢屋ろうやれられちゃう?


 面倒めんどう事態じたいになったら、現代げんだい世界せかいもどっちゃえば大丈夫だいじょうぶおもいたいけど、SFエスエフてくるくうかんきょくとかがいかけてきたらこまる。すぐにげては心証しんしょうわるくなって、事態じたい不利ふりになるかもだ。ここは、まず会話かいわをするべきだとおもった。


 それに私は、こえぬしになっていたのだ。こえ可愛かわいらしくて、およそ高圧的こうあつてきなところがない。彼女かのじょは私にたすけをもとめているのではないかとかんじられて、ならほうっておけないよね。


「あ、はーい。いまけます」


 ゲームの最中さいちゅうだったので、りがいいところでセーブして、携帯けいたいゲームをテントないゆかく。そとには彼女かのじょほかだれもいないようで、私が大勢おおぜいからかこまれるようなことはさそうだ。テントない照明カンテラって、そとほうらしながら私はぐちのファスナーをけた。


 わぁ、とおもわずこえる。そこには私よりたか女性じょせいがいて(一七〇センチはえている)、がわつくられたワンピースをていて、つき精霊せいれいじゃないかとおもったくらいにとおったはだをしていたのも私がこえをあげた一因いちいんだったけど。それよりもおどろいたのは、彼女かのじょ頭上ずじょうにあった、ウサギそのもののみみだった。みみには茶色ちゃいろ体毛たいもうえていて、ひくひくとうごいている。


夜分やぶんもうわけありません。おどろかせてしまいましたか? 貴女あなた人間族にんげんぞくなんですね、私はじゅうじんぞくでして。ご迷惑めいわくでしょうが、少々しょうしょうこまっているのです……」


「え、ああ、いいえ! 迷惑めいわくとか、そんなことは全然ぜんぜん、ないです! 貴女あなた綺麗きれいで、神話しんわじゅうにんみたいだったから、ちょっとこえちゃっただけで! 私にできることならなんでもしますので、おっしゃってください!」


 われながらやすいも、いいところだった。それも仕方しかたなくて、こんなに綺麗きれい女性ひとげんだいかいでもたことがない。むかしから教室きょうしつ片隅かたすみで、ようキャのひとたちを遠巻とおまきにていたような存在そんざいが私なのだ。その私に突然とつぜん女王じょおう陛下へいかたのみごとをしてきたとしたら、こんな反応はんのうにもなるというものだった。


「まあ、神話しんわ住人じゅうにんだなんて……。そんなに大層たいそうなものではないですよ、私。さっき、夜道よみちあるいていたら、ちいさな陥没かんぼつあなあしられまして。ずかしながら、あしくじいてしまったのです。いえやますこりたところなのですが、いま移動いどうできそうになくて……」


 あ、本当ほんとうだ。右足みぎあしきずっていたそうにしている。


「それは大変たいへんでしたね。どうぞ、はいってください。さぁ、どうぞどうぞ」


 ゆかいていたノートパソコンやゲームすみにやって、私はウサギみみ彼女かのじょをテントないへとまねく。複数ふくすう電子でんし機器ききみたかったこともあって、おおきめのテントをっておいてかったとおもった。重量じゅうりょうじゅっキロ以上いじょう大型おおがたサイズだが、私は荷物にもつと、一緒いっしょに異世界と現代世界を瞬間しゅんかん移動いどうできるのだ。おかげで荷物にもつはこぶことなくキャンプを満喫まんきつしています。


「すみません……よこになっていいでしょうか……」


 ウサギみみのおねえさん(私より年上としうえだとおもう)が、苦悶くもん表情ひょうじょうかべて、テントのなかあおけになる。ああ、いたいんだろうなぁ。私はあしくじいたことがないからからないけど、こういうときの処置しょちって、どうすればいいんだろう。ネットで調しらべればかるんだろうけど、あいにく異世界はオフライン状態じょうたいだ。


「あの! ちょっと私、なに処置しょちできるものをってきます! あと、おなかいてませんか? べものも用意よういしてきますので」


捻挫ねんざ処置しょち、ですか。とりあえずみず患部かんぶやせればたすかりますが、ここからかわまでははなれていますよ? どうか、無理むりをなさらず……」


大丈夫だいじょうぶです! 私をしんじて、っててください!」


 キャンプなんだからみず食料しょくりょうくらい用意よういすべきだったのに、いつでも現代世界へもどれるものだから、いまのテントないには電子でんし機器ききあそ道具どうぐしかない。一人ひとりごすことしかかんがえてないから、こんな羽目はめになるのだ。ウサギおねえさんのまえ瞬間しゅんかん移動いどうをしたら、おどろかせちゃうだろうし説明せつめい面倒めんどうそうだったので、私はテントのそとてから能力のうりょく発動はつどうさせた。




 周囲しゅうい世界せかいわる。場所ばしょ現代げんだい世界せかい物置ものおきだ。んだキャンプ用品ようひんは、いつも此処ここ収納しゅうのうしている。現代こ ち世界時刻じこくひるで、あのおねえさんがウサギみみじゃなければ病院びょういんれてけたかもしれない。いや、保険証ほけんしょういからむずかしいのか?


 余計よけい騒動そうどうこさず、私が異世界へもどって、おねえさんをたすけるべきだろう。携帯スマホ捻挫ねんざ処置しょちについて調しらべる。うん、まずは患部かんぶやして応急おうきゅう処置しょちだ。いたら、あしあたためて、すこしずつうごかしていくといらしい。


 実家じっか居間いまへと移動いどうして、きしてあったペットボトルのみずとタオル、そしてべものを手元てもとあつめる。みず飲料用いんりょうようと、患部かんぶやすために使つかうものだ。五分ごふん十分じゅっぷんほどで、私はふたたび、異世界のテントまえへともどった。




 ハムやバナナといった、簡単かんたんべられるものをおねえさんへあたえて。私は夜通よどおし、彼女かのじょみぎあしくびらしたタオルでやしつづけた。こまめにみずで、あらたにタオルを湿しめらせて患部かんぶやす。そのかえしである。素人しろうとなので、これがただしい処置しょちなのか自信じしんはなかった。


 あさになって、テントでおねえさんがます。あしいたくないか、私はたずねた。


「……ずいぶん、いいわ。貴女あなたのおかげね。あしてられれば、やまりられそうだけど……」


「ああ、足首あしくび患部かんぶ固定こていするんですね。包帯ほうたい木切きぎれを用意よういします」


 またテントからて、異世界と現代世界をする。実家じっかからノコギリと包帯ほうたいってきて、ちかくのってにした。患部かんぶ固定こていをどうやるかがからなかったけど、それはおねえさんが自分じぶんでやってくれた。「わったぬのね……」と包帯ほうたい感想かんそうべていて、どうやら異世界にガーゼはいようだ。


「ねぇ、どうして、そこまで親身しんみにしてくれるの? 私がわる大人おとなだったら、金品きんぴんうばわれるかもしれないのに」


 いたみがいたようでホッとしていた私に、ウサギみみねえさんがたずねてくる。最初さいしょったときとは口調くちょうわっていて、あのときは気弱きよわになっていたんだろうなぁと私はおもった。


「私がわるどもだったら、おねえさんこそおそわれていたかもですよ? ただ、ほうっておけなかった。それだけです」


 たぶん私は、『もしひとりぼっちの自分じぶんが、おねえさんとおな絶望的ぜつぼうてき状況じょうきょうたされていたら』とおもっただけだ。そんなときにひどいことをされたら、きっと私のこころこわれてしまう。だから、たすけた。それだけのことで、なに特別とくべつなことはない。


「……ふもとにある私のいえまで、いまあしやまりるのはつらいわ。迷惑めいわくをかけどおしでわるいけれど、一緒いっしょてくれない? 一人ひとりらしのまいだけれど、どうかおれいをさせて。へんなことはなにもしないから」


「ええ、いいですよ。私も時間じかんは、いくらでもあるので」

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