甘えないで
海純に告白して振られた。特に泣くことはなかった。悲しくないと言えば嘘になる。本気で好きだったし付き合いたいと思っていた。
でもなにか憑き物が落ちたような気がする。きっともしかしたら海純も俺の事を好きかもしれない、付き合えるかもしれないと思っていた淡い期待が綺麗に打ち砕かれたからなのかもしれない。
あぁ、やっぱりダメだった。
それがわかってようやく完全に諦めることが出来たんだろう。
…俺、自分の気持ちを押し付けてそれでスッキリしてる。気持ち悪。
昨日は海純が家に来ることはなかった。当たり前だよな。振ったやつの家なんかに行けるわけないよな。俺が壊した。自分勝手に気持ちを伝えて海純に気を使わせている。
あの時、俺が好きだって言った時の海純の目、辛そうだったな。好きな子にそんな顔させるとか終わってんな、俺。
今日何回か学校で海純を見かけたが一度も話すことはなかった。海純はきっと話しかけてくれようとしていた。何度か近くに来ていたのが見えた。でも俺がそれを避けた。
何してるんだ俺。俺が関係にヒビを入れて、それでも普通に接してくれようとしている海純を避けて、逃げて…
自分が嫌になる。海純が話しかけてこなくてホッとしている自分がもっと嫌になる。気持ち悪い。
今日は一日が長く感じた。いつも退屈で苦痛な学校が更にしんどくなった。
俺の足は自然と学校にある図書室に向かっていた。今はどこか逃げ込めるところが欲しかった。なんでもいい、気持ち悪い自分からとにかく目を逸らしたい。その吐け口として本を利用する。どこまでも自分のことしか考えていない。俺は…
気がつくと図書室の扉の前まで来ていた。俺は手を扉にかけ横にスライドさせた。放課後の図書室は西側に付いている窓から茜色の光が差し込んでいてどこか神秘的に見えた。鼻腔をくすぐる古い紙の匂いがそれを更に引き立てているのだろう。そんな空間の中で一人静かに本を読んでいる少女がいた。
その少女は病的なまでに白い陶器のような肌に少し鋭い目、金縁の丸眼鏡を掛けて艶のある長い髪をポニーテールでまとめていた。
幻想的な空間に包まれながら静かに座っている彼女は元からこの場所に居るのが当たり前であるようだ。
そんな少女が自分の領域に入ってきた侵入者に気づいた。
「
誰かを確認するべく俺を一瞥した後直ぐに本に目線を戻し、淡々とそう言ってくる少女は
「本を読んで知識を付けることはいい事だわ。でもただ惰性で読むだけではダメよ。場面、心情、様々なことを考えながら読むと面白いと思うわよ」
それが並柳が俺に初めて話しかけてきた時の言葉だった。さすが噂に聞く秀才だと思った。俺は本を読む時、何も考えずただ情報を頭に入れているだけだった。だが彼女の言う通りに読んでみた。すると今までだと見えてこなかったような景色が見えてきた。それが面白くて本が好きになった。だがら陰ながらだが彼女には感謝していた。
「…まぁな」
俺はそう返す。だが今はあまり誰とも話したくない。察して欲しくて短く返した言葉だったが彼女は言葉を続ける。
「それで何か本でも探してるの?」
相変わらず並柳は本から目を離さない。
「…そんなところだ」
いいからほっといてくれ。今は何も考えたくないんだ。
並柳は小さく息を吐きパタンと本を閉じた。
「それか何かあったのかしら」
そう言われて俺は心臓を鷲掴みにされたような気になった。
「な、なんで…」
「私、人のことよく見てるから」
そう言った並柳と目が合った。その鋭い目は全てを見透かすようでいたたまれない気持ちになった。
「…俺、好きな人がいたんだ」
あれ?なんで俺そんなこと並柳に言ってるんだ?
「えぇ、知ってるわよ。朔原さんでしょう?」
なんで知ってるんだよ。そんなに分かりやすかったのか?俺。
「…それであいつってモテるだろ?対して俺はこんなんだし」
「そうね。私も朔原さんが言い寄られてるのをよく見かけるわ」
もういいだろ。やめろよ。なんでこんな話してるんだよ。
「俺じゃ無理だって分かってたんだ。でも幼馴染だしもしかしたらって思った」
並柳にこんなこと言ったって仕方ないだろ。困らせるだけだ。また俺は自分勝手なことをしている。
「それで告白したら案の定ダメだったよ。その時思ったんだ。あぁ、やっぱりなって」
「…」
やめろよ。なんで本見てないんだよ。なんでそんな真剣な目で俺を見るんだよ。
「俺は自分勝手に想いを伝えてスッキリしたんだ。今日、海純は何度も話しかけてくれようとした。でも俺はそれを避けた。自分で関係を壊しておいて逃げたんだ。海純は関係を修復してくれようとしたのに」
ダメだ。止まらない。胸の内に留めておいた想いが。
「じ、自分がとんでもなく気持ち悪く思えたんだ。自己満足で相手を傷つけて自分は逃げてる。お、俺は最低なやつなんだ」
これを並柳に言ってどうする。俺は並柳に何を期待しているんだ。慰め?そんなのじゃない。俺は誰かに怒って欲しいんだ。お前はダメなやつだ。そんなだからいけなかったんだ。そう言って欲しいんだ。そうすることで楽になれるから。そうすることで許された気になれるから。
「…そう。確かに最低ね」
軽蔑しただろうか。蔑んでいるだろうか。そうされることで俺は…
「でもあなたは自分のダメなところに気付けている」
「…え?」
「自分勝手に気持ちを伝えて相手を傷つけて…それがダメだと気付けているじゃない」
な、なんで…なんで怒ってくれないんだ?
「きっとあなたは怒って欲しいのでしょうね」
「っ」
並柳はその鋭い目で俺の目を真っ直ぐ見つめる。やはりその目は俺の心を見透かしているように思える。
「甘えないで」
「…」
「怒られることで許された気になりたい。そんなことを考えているのでしょう。でもね、私はあなたを甘やかしたりしない。気付いているのならどうして直さないの?どうして逃げることしかしないの?」
並柳の言う通りだ。俺は許されたい。この期に及んでそんなことを考えてしまう。
「私は優しくなんてないからハッキリ言わせてもらうわよ。あなたはもう子供じゃないの。放っておけば誰かがなんでもしてくれる年齢じゃない。自分で考えて、失敗して、成長しなければならないの。それが出来ないのならあなたは一生そのままでいなさい」
…
…
そうだ。俺は…今まで全てから逃げてきた。嫌なことがあれば直ぐに目を逸らした。見たくなければ直ぐに目を閉じた。でもそれじゃ一生このままだ。海純に全てを背負わせて逃げた醜い俺のままだ。
それは、嫌だ。
「…ありがとう。並柳さん。俺、ちょっと行くところ出来たからやっぱり帰るよ」
「…そう。なら早く行きなさい」
並柳は既に本を読み始めていた。その口元は少しだけ笑っていて…あれ?なんだか見覚えがあるような…いや、気のせいか。
「それと」
「何、まだなにかあるの?」
「並柳さんは自分のこと優しくなんか無いって言ったけど、そんなことないよ。俺に自分で気付かせようとしてくれたんだよな。優しすぎるよ。それじゃ」
俺はそれだけ伝えると海純の家を目指して走り出した。
「……え、偉そうなこと言っちゃった。わ、私蒼彼君に嫌われて無いかな…」
図書室では一人頭を抱えている少女がいた。
「で、でも蒼彼君…朔原さんに振られたんだ…わ、私にもチャンスがあるかも…」
あとがき
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