第50話 御霊

「これか……」


 俺は広大な街を駆け回り、ようやくそれっぽい扉を見つけた。空色の透明な扉だ。


 先程まで疲弊しきっていた俺だが、いざ扉の前に立つと胸が高鳴り、疲れが見事に無くなっていた。一体どんなクエストが俺を待ち構えているのだろうかという高揚感が先行しているのだ。


 俺は、吸い込まれるように扉の取っ手に手を伸ばす。すると、何やら聞き覚えのある声がした。


「この扉、もしかして……」


 声の主は、ラルメロだった。いつの間にか、俺の体から抜け出していたのだ。


「どうしたんだラルメロ。いきなり出てきて」


「ヤバイ気がする……」


「ヤバいって何がだよ」


「ルアは感じないのか? この扉から溢れだしているとてつもない妖気を」


 ラルメロは怪訝そうな顔で俺をじっと見つめてくる。


 最初は、ネタで言っているのかと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。あの「じぇ」とかいうふざけた語尾が消えているのも、ラルメロが真剣である証拠である。


 こんなラルメロの姿を見たのは、ここまで旅をしてきて初めての事だった。


「んー、何も感じないな」


 俺の推測だが、霊にだけ見える特殊なオーラ的なやつがラルメロの瞳に映っているのだろう。もしそうだとしたら、この扉の中に強力な敵が眠っている可能性が高い。だとしたら、選択肢は一つ。


「辞めた方がいいよ、僕は……」


「行くぞラルメロ……!」


「にゃあ!?」


 俺は勢いよく取っ手を回して押し出し、飛び込んだのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 扉を抜けると、俺は桃色のモヤモヤとした夢の中のような空間に立っていた。病気になった時に見る夢みたいな世界だ。


 360度見回した後、少し歩いてみるとウィンドウが開いた。


 《御霊【天に掲げるは魂の叫び】を3分後に開始します》


 《勝利条件 5分間ダメージを受けずに逃げ切る》


御霊みたま。5分間ダメージを受けずに逃げ切る。ってことはつまり……」


 今までのクエストは敵を倒すことで、報酬が貰えるというシステムになっていたが、わざわざ条件を指定されるとは思わなかった。普通に戦っても倒せない敵と言うことだろうか。


御霊みたまは神の霊。そして、巨悪な霊でもある。君は今そんな霊と戦おうとしているんだよ」


 ラルメロは俺の肩に乗ってきて、そう言った。


「へぇー、つまり強いってことだな」


「強いとかの次元じゃない。だから僕は辞めた方がいいって言ったんだ」


 AIであるラルメロがそういうのだから間違いないのは分かっている。けど、実際に対戦してみないことには、何も分からない。ますます、対人するのが楽しみになってきた。


「でも、逃げるだけだろ。結構簡単に勝てるんじゃねぇのか」


「やって見ればわかるさ。君には無理だよ」


 ラルメロは呆れたように言った。


「ほーう、それはどうかな」


「何か秘策でもあるのかい?」


「まあ見てろって」


 俺は自信満々にウィンドウを開いた。

 ―――――――――――――――

【プレイヤーネーム】ルア

  Lv.41

【職業】侍

【所持金】20万Gゴールド


 HP(体力):70

 MP(魔力):30

 ATK(攻撃力):75

 DEF (防御力):5

 ST (スタミナ): 20

 DEX(技能):55

 AGI(俊敏性):30→120

 CRI(会心):10

 LUK (運):35


 守護霊:無し


 スキル

 ・ムーンスラッシュ

 ・スピードブースト

 ・ラックカウンター

 ・月影返し

 ・蒼月一閃

 ・狂刃乱舞

 ・烈火蒼迅

 ・冴凛無刃

 ・裂空昇華

 ・炎舞万斬


【装備】

 右手 牙刃双剣

 左手 牙刃双剣

 頭 猫の仮面(黒)

 胴 ロングコート(黒赤)

 腰 無し

 足 ブーツ(黒)

 ―――――――――――――――


 俺は今まで溜め込んでいたステータスポイントを全て俊敏性に突っ込んだ。


「これで、勝てる!」


 俺はそう意気込んだ。絶対勝てるとは思っていない。けど、それ以上に自信があった。このバウンティクロニクルで俺のPSプレイスキルは大幅に上昇している。それを実感していたからである。


「ラルメロ、俺に憑依しろ。そして、俺に投資しろ」


 すると、ラルメロはなぜか笑った。


「何がおかしい」


「今思ったんだ。君を選んで良かったって」


 ラルメロはそれだけ言い残すと、俺の体の中に入った。


「全く、困った猫だな」


 《御霊【天に掲げるは魂の叫び】を開始しました》


 開始が宣告されると同時に気を引き締めると、目の前に一人の女性が現れる。さらし布に和服の女性だ。顔はよく見えない。武器は刀一本のみ。レベルは「???」。名前も「???」と表示されている。


 とりあえず、俺はスピードブーストを使用して距離をとる。この空間に壁などは存在しないようだ。相手も追いかけては来ない。


「いける」と思ったその刹那――。


「は……?」


 気がつけば、俺のHP(体力)は0になっていた。いつの間にか腹を切られていたのだ。


 少なくとも25メートルは離れていたはず。それなのに、切られたのだ。


 全く状況が読み込めない。虚空を見上げる俺の脳内は疑問符しか浮かばなかった。


 これは、強いとか言う次元。ただのチートじゃないか。


「だから言っただろう? 次元が違うって」


 目を閉ざす直前、俺の体の中でラルメロの声が轟いたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 気がつけば俺は、リスポーンベッドに横たわっていた。その枕元にはラルメロが俺を蔑むように見ている。「ほらな」と言わんばかりの顔だ。


「不正だろあんなの! どうやってクリアするってんだよ……っ!」


「さあね、僕は知らないよ」


 ラルメロは俺が負けてほっとしたのか、その場で毛繕いをしだす。お前は俺の味方なのか敵なのかどっちなんだ。それはともかく、俺は所持金を確認するためにウィンドウを開く。すると、所持金欄には0 Gゴールドという文字が目に入った。


「俺の20万Gゴールドがぁあああああ!」


 その後、俺はウキワのメールに目を通した。そこに書かれていたのは、御霊に負けると所持金が0になるという旨の内容だった。


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