バウンティ・クロニクル~賞金狩りのVRMMO~

アトラ

第1話 プロローグ

【インフィニティ・アタック】――通称"AI"は、半年前に発売された賞金付きVRゲームである。


 ルールは極めて単純で、学校の教室より二回りほど広い空間に、ランダムで出現するサンドバッグをひたすら素手で殴り続けるというゲームだ。


 サンドバッグを一回殴ると一点。その際、稀にクリティカルが発生することがある。これは五点。


 総合ポイントの上位三名が賞金の対象で、上から5000円、3000円、1000円を獲得することが出来る。


 サービス開始時には、多くのユーザーが殺到し、長期メンテナンスになったことのあるゲームとして、巷で話題となった。しかし、今はその出来事が嘘のように過疎っている。


「おらあああああぁぁぁ!ゴリ押しじゃああああああああぁぁぁ!」


 そんなVRゲームを現在進行形でプレイしている俺は、月下彩人つきしたあやと。高校2年生の賞金狩り(自称)だ。


 俺はいままで、賞金狩りとして数多くの賞金付きVRゲームをプレイしてきた。


 そのため、自室の押し入れには、大量のソフトが財宝のように埋まっている。


 どうりで、バイトで稼いだお金がいつの間にか消えているわけだ。


「よっしゃあああああああ!暫定一位、賞金圏内来ったああぁぁぁぁあ!」


 このゲームをやり始めてから三週間。最初は200位にも満たなかった順位が、立ち回りを模索し、運ゲーを制したことで、ついに一位(暫定)を獲得した。思えば短いようで長い戦いだった。


 AIはクリティカルが鍵を握っている。完璧に立ち回れたとしても、クリティカルがでなければ話にならない。所詮、試行回数ゲーの運ゲーである。そりゃサ終するわ。


「あとは結果待ちだなぁ」


 ゲーム内で、ログアウトボタンを押し、VRヘッドギアを外す。


 ベッドから、壁に掛けられている時計を確認すると、23:55分だった。今日は土曜日。毎週日曜の0:00分にランキングが確定し、正式な順位が決まる。いよいよ結果のお披露目だ。


 ざっと五時間ほどプレイしていたため、喉がカラカラだった。なので、机上に置いておいたペットボトルの水を、手に取り口に含む。


「ふぅ、サ終前に一位とれてよかった……努力したかいがあったぜ……」


 AIは今週でサービス終了となる。つまり、0:00分になると同時にこのゲームは終焉を迎えることになる。


 何故、サ終に至ったのだろうか?


 俺の推測はこうだ。


 ①オンライン対戦形式ではなく、ランキング形式の採用。

 ②一週間の期間に対して、賞金が案外しょぼい。

 ③運ゲー要素。

 ④飽きる。


 そんなとこだろう。


(にしてもよく半年持ったな……)


 たった三週間しかプレイしていないものの、少し名残惜しい気持ちもあった。


 暗記は何度も声に出したり、書いたりを繰り返すことによって、記憶を定着させることが出来る。それと同じ原理で、ゲームもプレイすればするほど、記憶に残りやすくなる。


 持論だが、きっとそういうロジックなのだろう。


 そんなことを考えながら、壁掛に掛けられた時計を眺めていると、あっという間に0:00分となった。


「さあて……ランキングは……っと」


 上体を起こし、鳥が水中の獲物目掛けて、ダイビングをするような速度で、ベットの隅に置いていた携帯を取り、ランキングを公式ウェブサイトにて確認する。



 えっ………………




 一目見た瞬間唖然とした。絶対一位だろうと一喜一憂していたのにも関わらず、今週の結果は「二位」と表記されている。


 とうとうゲームのしすぎで、目がおかしくなったかと思い、何度も目を擦ったが、順位は変わらなかった。


「たった五分で越されただと……いや、得点の反映が遅れたのか……?」


 そんなはずは無い。ゲームの仕様的に、ズレは起きないはず。


「となるとバグか……? それともチート……?」


 疑いの目が晴れない。ひとまず、賞金を獲得できたのは良いものの、あの短時間で一位を逃したという受け止めようにも受け止めきれない事実が頭によぎる。


「んー」


 ベッドに横たわり、天井を見上げる。なんとも言えない複雑な心境だった。


「まあいっか、賞金取れたし……別ゲーでまた頑張ればいいしな」


 少々、心は抉られたものの、自分を鼓舞し、気持ちを改める。


「そういえば、一位って誰なんだろうな」


 ふと思った。


 ウェブサイトで確認したのは、個人の戦績である。そのため、改めて全体ランキングを確認してみることにした。


 ―――――――――――――――――――――

【最終順位】

 1位「ウキワ」 266点


 2位 「ルア」 263点


 3位 「ヒナウェーブ」 261点   ―――――――――――――――――――――


「ウキワ……って、まさか……」


 高校2年生の春。初めて同じクラスとなり、初対面で意気投合した人物がいた。宇木野来葉うきのらいはという女性である。


 勉強、スポーツ共に万能。それに加えて、圧倒的な美貌を持つ非の打ち所のない彼女は、ゲーマーであった。


 その日の夜、オンラインの1v1ゲームで勝負をするという約束をしていた。その話を持ちかけてきたのは、彼女からだ。


 俺は迷うことなく承諾した。というのも、そのゲームは俺が人生で一番やり込んだゲームだったからである。

 そんなことも知らずに、彼女は自発的に挑んできた。まあ、余裕で勝てるだろうとその時は思い込んでいた。


 しかし、結果は敗北。それも連敗。過去に賞金を獲得したことのあるゲームだったために、俺はその場に打ちひしがれた。


 その時、彼女は


「それ本気でやってるの……? 蟻を相手にしてる気分だったよ……」


 と言った。


 彼女の裏の顔が姿を現した瞬間だ。現実とは違う鋭い目つきを今でも覚えている。


 そんな彼女の頭上には【ウキワ】と表示されていた。






「……ん」


 携帯が鳴った。メッセージの通知だ。


 タップして開くと、


『どんまい^^』


 という煽りのメッセージと共に、サルが拳を突き上げて踊っているスタンプが送られて来た。


 相手は、宇木野来葉うきのらいはからだった。


「やっぱり一位の正体はコイツだったか……」


 煽りの定型文は、親の顔より見ている。そのおかげで見慣れていた。しかし、一番の問題はスタンプだ。


 スタンプを連打する訳でもなく、たった1個だけ送ってくるこのスタンプが絶妙にイラッとくる。


 その上、レパートリーが多い。


 過去のメッセージを見返すと、豚がダンスしてたり、羊が寝っ転がってドヤ顔してきたり……いや、よく見てみると、同じようなものばかりだな……。


 来葉から送られたスタンプは、未所持なら即購入している。


 ――何故って?


 将来、煽るために決まっている。


 ちなみに、今回送られてきたスタンプは既に所持していた。恐らく、最近買ったサルのスタンプセットに付属されていたものだろう。


「はぁ……」


 大きくため息をついた後、そっとスマホの電源を落とす。


 溜まったストレスを横流しにできる【インフィニティ・アタック】はもうプレイすることは出来ない。


 正直、もうやりたくないと思っていた――にもかかわらず奴のせいで、今すぐにでもぶん殴りたい気分だ。もう直接サンドバッグを取り寄せようかな。ストレス発散用に。


「じゃあな……AI。そこそこ楽しませてもらったよ」


 そう俺は呟くと、サービス終了したAIのソフトをパッケージに入れ、八つ当たりするかの如く、押し入れに放り投げた。


「絶対いつか打ちのめしてやるからな……! あの煽り野郎……!!」


 深夜に相応しくないセリフを吐き捨てた後、俺はふて寝したのだった。




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