俺の推しはアヤカシでっ!

夜野 舞斗

プロローグ バッドエンドルート

 街灯もなく、ただ月明かりだけが光源となる森林公園の中。水難事故が起きることも珍しくない池のほとりで少女がただじっとこちらを見つめている。

 夜も更け、風が樹々を通して静かに泣く音だけが響く中、俺は胸の鼓動を高まらせていた。

 見た目もニカッとはにかむ笑顔も愛想も良し。黒髪がすらりと伸びたところが口内ランキング第一位の美少女となる秘訣らしい。


「ねぇ!」


 彼女が完全に真っ白な肌を月に照らして見せつけてくる。普段のセーラー服とは違った、胸を露わになった編みぐるみのセーターを着飾った彼女。その姿は間違いなく何かの意を決したのだ。

 今、喉に籠っているだろう熱い何かを彼女が言葉として夜の闇に飛ばしていく。


「今日は来てくれて、ありがとね! ず、ずっと言おうとしてたんだけどね……! どうしても今、この瞬間になるまで言えなかったんだけどね! 私と一緒にいてください! 付き合ってください! お願いしますっ!」


 彼女がその瞬間、俺との距離を縮めてきた。

 素早く俺は腰にあった刀を振るう。抜き、振り払う。その宙に軌道の残像が残る程の目にも止まらぬ一閃が彼女の首と胴を泣き別れにした。


「なっ!?」


 砂利の中に落ちていく首はおどろおどろしくも、声を放って目をかっぴらいている。その頭が口を何度も開け閉めし、訳の分からぬ奇声を発してることからして混乱状態が察せられた。


「何故……刀なんか!」


 意味の分かる声が聞こえてきたようだ。このまま「何故!? 何故!?」と騒がせても騒がしいだけだ。だからここに来てからずっと閉ざしてた口を開いてやる。


「訳の分かんねぇ怪異にゃ、刀で斬るのが速いだろうが」


 それでも奴の「何故」は続く。正体がバレていたことが心外だったよう。擬態系の怪異はプライドも高いようで自分の真の顔が絶対バレないと思っている。

 

「何故だ!? いつ、それが!? 嘘を抜かすんじゃない! 当てずっぽうだろう!? この悪魔め!」

「当てずっぽうで首なんて斬ったら、それこそ悪魔どころか殺人鬼だろ……。バレバレだぜ。何たって、アンタ、人との距離が近すぎだ! 今日の放課後、俺を呼び出した時からずっとスキンシップばかり」

「そんな人、他にもおろう!」

「いいや、その上胸を露出していることに対して何の羞恥心も感じないところも、だ。まるで獣みたいだな……人に化ける幻覚を見せるとなると狸か……それとも……?」


 奴は俺の予測に対し、何も口にしない。自分で言うつもりはないとなれば、吐かせたくなる。奴の口から言わせてやろう。


「そういや、他にもあったな。アンタが化けた人間の顔、できすぎなんだよ。その染みもニキビも全くない顔。アンタが化けた本人は気にしてたみたいだがな……。ってことはそりゃあそっか。アンタは人間に憧れてるって訳か?」


 挑発、成功。

 首から見えるのは怒りの形相。それどころか、首から分かたれたはずの胴が生えてきたのだ。

 その胴が更に前よりも大きくなって、両腕で俺の元へ迫ってくる。


「我が狐が人間に憧れる……だと! ふざけたことを抜かすなっ! 狐の方が何倍も人間より上だ! 何千年も生き、この素敵な姿で魅了し続けてきた! 男共がひれ伏せてきた我等は神様だ!」


 少々恐ろしい。が、幻覚なのだから首を斬っても死んでいないことは理解できていた。

 バレたからには仕方ないと開き直り、狐の耳と九本の尾を生やしたのも分かる。

 少々思い出の片隅にある、あの人の顔が思い浮かぶも唾を飲んで状況を把握する。あの人、あの妖怪とこの存在とは違う。

 この女狐はただの妖怪などではない。

 分かっていたのに、その点でギョッとしてしまった。


「お前は惜しいのぉ、そんな存在に好かれているというのに。まさか、それをこんな残酷な形で断ろうとは。まぁ、いい。お主の依り代にしている人間共を全員ぶち殺せば、この世界でお主で一番近いのが我ということになろう!」


 奴の眼にうっすらハートが映っている。

 どうやら奴に好かれてしまったらしい。告白に関しては俺を油断させて誘い込むための罠だと思っていた。男は女の子に誘われたら、ほいほいついていくと考えるのも無理はない。

 そう考えていたが、奴は本気で俺を取り込もうとしているのかもしれない。

 ただ、それすらも失敗させる。俺は全力で奴を切り伏せる。


「んなことさせる前に俺がお前を殺す!」


 決意表明のために奴の首を刀で再度斬り飛ばす。

 今回は瞬く間に再生していく。先程の攻撃にはこちらの出方が分からなかったようだが。今は違うよう。

 落ち着いて俺の攻撃を見切っていく。

 また刀を振ると、今度は彼女自身が後ろに飛んで回避した。奴から疑問が飛んできたのはその後だ。


「何故だ。何故、そんなに愛を受け入れぬ。何故、そんなに怪異を嫌う?」


 唇を噛みたくなった。

 お前のような怪異のなり損ないが怪異を自称するな。

 怪異を語るな。

 気付けば、俺はあまりにも強い力で自身の舌を噛みつけていた。自分の過ちで動かなくなりそうな舌をやったのことで回して、返答する。


「お前自身に恨みはねぇよ。お前に罪はなくとも、消えてもらう。あの人のために」


 実際はヤンデレ女狐として、この世に現れて。ラブコメヒロインの如く、クラスの男子共に大怪我を負わせたとの調査結果はあるが。

 今は関係ない。

 奴を倒そうとしているのは、友達でもない男子共の復讐ではない。俺の私情だ。

 こちらの足を前に出し、奴に向かってもう一度刀を振りかざす。

 その際に対抗策として懐から取り出されたのは銀色のナイフだった。ぶつかり合う、刃と刃。


「消える訳にはいかないし……そんな刀を持って暴れるなら、大人しくしてもらおうかの」

「こうなると思って、ナイフも用意してたってか……随分危険な奴だな」

「帯刀している輩に言われたくないわ! でも、まぁ、その刀を持つ姿も悪くないな。この姿のままでいてもらうのも悪くないか?」


 刀とナイフが繰り返し、鋭い音を響かせ合う。夜の中に現代には不釣り合いな殺し合いの緊迫感が流れている。

 その最中、奴はこちらの刀を避けたのだ。彼女の腹に刀の殴打が決まる。しかし、疲弊した俺の腕では臓物や腸骨までは斬れる勢いがないと判断したのだろう。刀が跳ね返ったその瞬間に、奴がナイフを胸に刺し込んだ。


「ぐっ……ぐぅうううう……!?」

「痛いよね? 苦しいよね? でも、仕方ないんだよ。貴方が私を好きになってくれないなら……それ位の罰は受け入れて……!」


 胸を刺されたかと思えば、一瞬にして抜かれていく。そしてもう一刺し、もう一刺しと何度も刃物の餌食となっていく。

 一巻の終わり。体力が多くとも急所に当てられれば、一たまりもない。地面に滴り落ちた血の臭いが酷くて心地が悪い。全く血が止まる様子もなく、死がこくこくと近づいている状態だ。

 奴はやはり人間のことを知らない。そんな俺が助かると思っているみたいだが。


「うううっ……」

「その喘ぎ声も素敵だよ……ああっ! 好き! 大好き!」


 俺の顔から段々と生気が抜けていく。目からも光が消えていた。

 そこがチャンス。

 奴が死にかけてる俺への攻撃に集中しているから、背中側ががら空きだ。


「残念だが、それは全て俺が作り出した幻覚だ」

「後ろにっ!?」


 声に出してももう遅い。

 俺が用意した刀は止まらない。


「幻覚はお前だけが使える技じゃねえってことだ」


 ナイフを使っている腕から、斬りつけた際に微かな感触を覚えた臓物があろう部分を背中から斬りつけていく。

 俺がせめぎ合いの最中。刀とナイフが離れ合った瞬間に幻覚とせめぎ合いの役を交代して、後ろから隙を伺っていたとは夢にも思っていなかったのだろう。

 腕を斬られた彼女はナイフを落とす。


「うぎゃあ!」


 相手の体に左から右へ一文字。


「うぎゃあああああああああああ!」


 斬り終わった次の瞬間には耳がつんざくような悲鳴が辺りに響き渡った。

 騒がしいからと自分の指を耳穴に詰めている間に狐の女も血塗れになった俺の姿も消えていた。いや、俺の姿の方は消していた、だ。

 幻覚は強いが、人間が普通に出せるものではない。無理矢理教わった妖術を使っていれば、体調も悪くなる。

 女狐を倒せたことは良いが、喜んでいる場合ではなかった。

 気分が悪くなり、吐きたくなる程。

 ベンチに座り込んで変なことを考えてしまっていた。

 もしも刺し殺すなんてことをしなければ、好かれることは喜ばしいことであったのだろうか。俺の人生に何か影響を与えていたのだろうか。

 すぐに吐き気を止まらせて、首を横に振る。

 否、俺には心に決めた人がいる。そのために今までも命を賭して戦ってきたのだから。

 あの人に再会するまで、誰も好きにならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る