シノユメの可憐なる刀

依澄 伊織

第1話 始まりの出会い

 目の前の草木を煩わしそうに払う落とす。

 足元を這う虫を踏み潰しながら、もう何年も舗装されていないだろう、ガタガタなコンクリートの坂道を歩く。

 そうして、やたら厳しい校門に辿り着く。


「やっと着いた」


 立ち止まる。

 身体のあちこちが悲鳴をあげていた。

 それに、臭い気がする。

 まぁ、これまでの道のりを思えば当然の事と言えるのだろう。 

 すぐに興味は別のものに移る。


「ここがーー」


 いつもの俺なら、こんな何でもない鉄の門などに感慨を抱くことはないのだろうが、流石に期待しているようだ。

 心臓がバクバクと拍動している。


「この学園には、果たして俺を満足させてくれるような奴がいるのか」


 期待と希望に胸を膨らませて学園への第一歩を踏み出そうとした、その時。


「栄えある無銘むめい高等学園の顔とも言える校門で堂々とタバコを吸うとは、何事か!恥を知れ!」


 流麗な刀の鍔鳴りのような声がした。

 声がした方向に視線を向ける。

 そこには、肩まである真っ黒な髪を小さく結んだハーフアップスタイル。

 身体は細身で身長は170センチくらいだろう。

 顔は切れ長の瞳に、口元にはほくろ、まっすぐ伸びた鼻筋。

 かなりの美形で、王子様のような雰囲気。

 相当、美容に気を遣っているんだろうことが分かる。

 そんな奴にとって、これからの三年間はさぞ大変だろう。

 そいつは5人くらいで校門に、たむろする所謂先輩に注意していた。


「ああ?んだよ?なんか文句あんのか?」

「俺たちが買ったタバコで楽しんじゃいけねぇのかよ」


 どうやら、内容は未成年のくせにタバコを吸うなという事を、あの王子様が注意した事から、始まったらしい。

 実にくだらない、しょうもない内容だった。

 剣士のくせに自分の肉体を蝕むタバコを吸ってる先輩もクソだが、それにわざわざ首を突っ込む王子様もその次くらいには、クソと言える。


「お前、ガキ調子乗ってんじゃねぇぞ」

「いや、もういい、お前等剣を抜け」

「ここは一発シメとかなきゃ、示しがつかねぇ」


 そう言って、先輩たちはタバコを放り捨てると腰に差していた木刀を抜く。


「まさか、1対5とは。しかも下級生相手に。

 本当に性根が腐っているな。

 そんなゴミには負けられない。

 私はここでやらねばならない事があるのだ」


 そう言って、王子様も腰に差してる木刀を抜こうとしてーー


「あ、あれ?」


 制服の裾に木刀が引っかかってしまい、抜き出せなくなっていた。


「はぁ」


 このまま、見捨ててもいいが………………味見だ。

 不敵に笑う。


「この間抜けが!!」


 タバコ先輩らのうち一人が袈裟斬りに王子様に刀を振り下ろそうとした瞬間、腰に差している刀に手を当てながら王子様とタバコ先輩の間に割って入り抜刀する。

 木刀はタバコ先輩の木刀と衝突し、そのままタバコ先輩ごと吹き飛ばす。


「なんだ、お前?ってか、うっ、めちゃくちゃ臭え」

「やべえゲロの匂いする」「いや、ちげえよ、ドブネズミだろ」「いやいや、どちらかと言ったらシュールストレーミングだろ」「いやいやいや、あれだろ、新宿の駐車場の臭いだろ。あの、排泄物と食べ物と生き物とタバコの臭い所を混ぜ合わせたような臭い」

「「「それだ!」

「言い過ぎじゃ、ボケ!!」


 後ろで好き勝手言ってくれる4人のタバコ先輩の胴、首、足、肩にそれぞれ木刀を振り下ろし、気絶させる。


「ん?この程度?」


 少し疑問に思うが、まぁ剣士のくせにタバコを吸っているような剣士の風上にも置けないような奴らだから、この程度か。

 自己完結。

 俺は背に庇った王子様に振り向く。


「大丈夫か?」


 一応、気を遣っておく。


「ふん、余計なお世話だ。

 この程度の奴らなら、木刀無しでも勝てる」


 そう言って、王子様はそっぽを向く。


「ああ、そうかい。そりゃ済まなかったな。

 育ちの良さそうな奴だと思っていたけど、それがまさか『ありがとう』も言えない礼儀のなってない育ちの悪い奴だったとは分からなかったぜ」

「なんだと?俺に喧嘩を売っているのか?」

「いや、別に?

 心の底から思ってなくとも適当にありがとうも言えないのかと思ってな」


 王子様は俺に明確に敵意を向けて睨んでくる。

 ああ、なんかめんどくさくなってきたな。


「そういう君はどうなんだい?

 礼儀がなってなさそうな顔してるけど」


 もう、適当に答えて終わらせよう。


「顔で決めんなや。

 まぁ、生まれてこの方一度もアリガトウなんて口にした事ないがな」


 視線を空に向けて答える。


「ふっ、それでよく人の事が言えたもんだな。

 俺はこんな所でお前みたいな奴に時間を費やしているほど、暇じゃないんだ。もう行く」


 王子様は鼻で笑い、体育館の方角に去っていった。

 と思ったら立ち止まり、一言。


「きみ凄く臭いぞ。

 工場の排煙の臭いがする」


 嫌悪を浮かべた顔で告げ、また歩いていった。


「そりゃ熊本からここまで歩いてきたら、臭いわな」


 流石に傷つくな。


「おーーい、早くしろ遅刻だぞ!!」


 と、体育館の扉から教師が顔を出して急かす。

 そろそろ、入学式の時間らしい。

 俺は小走りで体育館に向かった。


 ################


 体育館に入ると、真新しい制服を着た男どもがいっぱいに並んでいた。

 俺はカバンからクラス分け表を取り出し確認する。


「1年3組」


 俺は3と書かれたプレートの元に出来た列の最後列に続く。

 そのタイミングで丁度、壇上の袖から一人の老人が現れた。

 背の小さい禿頭、人の良さそうな笑みを浮かべた爺さんは壇上の中心まで来る口を開く。


「ご入学おめでとう御座います。

 私はここ『無銘剣術高等学園』の理事長を務めている徳川慶成です。

 この無銘剣術高等学園は八王子の名もない山の上に建てられています。

 みなさんご存知の通り、この学園は失われて行くだろう日本武術と日本文化保護、剣士及びSP育成を目的に創立された寮制の男子校であります。

 生徒の主な進路先としては政界・財界の大物の護衛が50パーセント、傭兵殺し屋が40パーセント、残りの9パーセントは道場を開き、最後の1パーセントは浪人になるという誠に奇異な学校。

 ここでは、強者こそが絶対的な正義であり、何においても優遇優先されます。

 今はただそれだけを頭に叩き込んでおいてください。

 私からは以上です」


 そう言って、理事長は一度頭を下げると壇上から去っていった。

 その後も数人の教師や学校関係者が壇上に立ち、何かしらの喋っていたが一つも耳には入らなかった。

 どんな強者に出会えるか。

 どんな剣を俺に魅せてくれるのか。

 俺の知らない世界がどこまで広がっているのか。

 俺は一人歓喜に身を震わせていた。


 #####################


 入学式が終わり、生徒が左から順にはけて行く。

 やがて、俺が並ぶ列の番になる。

 俺は前のやつに続いて行く。

 体育館を出て渡り廊下を歩き、職員室の前を通って、図書室を通って教室に辿り着いた。

 その間、先頭を行く担任の教師であろうメガネの男が学校案内をしていたが、気ほども聞いていなかった。


「ここが一年三組の教室だ。

 黒板に座席表が貼ってあるから、それ通りに座ってくれ」


 メガネの男がそう言うと、生徒たちは各々席に着く。


「俺の席は…………ラッキー、一番端だ。

 サボり放題だぜ」


 自身の座席に気分を良くしながら、席に着こうとした時ーー


「もう、すでにサボり宣言とは、学園の恥晒しが。

 そんな奴とまさか、同じクラスだとはな、俺もツイてないな」


 流麗な刀の鍔鳴りのような声がした。

 声のした先に視線を向けると、そこには先ほど俺に散々暴言を吐いてくれた王子様がいた。


「よお、お前だったか。

 小さすぎて気づかなかったぜ」

「ふん、私はお前が臭すぎてすぐに分かったけどな」


 まだ言ってんのかよ。


「憎たらしい奴。

 そんな奴と一年間同じ教室かよ、最悪だぜ」

「同感だな。

 傲慢そうな男としかも隣の席とは。

 これから一年間、毎日隣でその顔を見るのだと思うと憂鬱だ」


 そう言って、王子様は俺の隣の席に座った。


「ゲっ、隣かよ。ダル」

「はっ、こっちのセリフだ」


 と、憎まれ口を叩き合っていると教壇に立つメガネ教師が声をあげた。


「静かに、これからホームルームを始める」


 先ほどまでガヤガヤとしていた教室の雰囲気が引き締まる。

 教室が静かになったことに頷くと、自己紹介しだす。


「改めて入学おめでとう。

 私はこの1年3組を担当する『臥薪 綺羅等がしん きらら』だ。

 1年間、よろしく頼む」


 七三分けの髪型にメガネにスーツ姿と、まるでサラリーマンの男が至って真面目に、当然のように馬鹿みたいにふざけた名前を口にした。

 すると、俺の斜め前の細っちいゴボウみたいな奴と太った豚みたいな奴が顔を寄せ合いーー


「すげえ名前だな。

 鎌池和馬作品に出てきそうなキャラみたいだな」

「いや、どっちかと言ったら西尾維新が考えそうな名前なんだな。

 それか、たけしナリ」


 と喋っていた。

 自分には全く意味が分からないし、語尾がキモすぎたのですぐに興味を失った。


「まず初めにお前たちには自己紹介をしてもらう。

 出席番号1番から順に自己紹介しろ」


 臥薪に呼ばれ、出口側の一番端に座る出席番号1番の足立が立ち上がる。


「足立悠太です。

 得意な剣術は天然理心流です。

 1年間、よろしくお願いします」


 そんなふうに、一人ずつ自己紹介が行われて行く。

 特に俺のお眼鏡にかなうような奴はおらず、がっかりした。

 チっ、カスしかいねぇじゃねぇか。

 その中で、王子様の番が回ってくる。

 王子様は全く音を立てずにスッと立ち上がる。

 その身のこなしは、見事な物だった。

 体幹が一切ぶれていない。

 インナーマッスルが良く鍛えられていた。


「ほう」


 その様に感嘆する。

 鍛えれば見どころのある奴はいるらしい。


「俺の名前は西園寺忍」


 男にしては高い声。


「東西二刀流を使う。

 1年間よろしく」


 王子様が自己紹介を終えると教室が一気にざわついた。


「西園寺って、もしかしてあの?」

「ああ、たぶんな」「あれだろ?卑怯者の剣」「うわ、そんなのあったな。敵前逃亡したって」「ゴミ剣士の剣だよ」


 何だかよく知らないが、凄い言われようだな。

 可哀想だな。

 同情ですらない、投げやりな哀れみを思いながら忍を見る。

 忍は教室中に密かに流れる詰りを受け入れ、悠然と立っていた。

 しかし、忍は甘んじて受け入れてはいなかった。

 唇から血が滲むほど噛み締めていたのだ。

 俺はそんな忍に、今まで抱いたことのないような感情を抱き、立ち上がった。


「俺の名前は、夢咲柊一郎ゆめさきしゅういちろう

 よろしく頼む」


 ゴミどもの噂話を断ち切るように声をあげた。

 言う事を言うと、どかっと座る。

 それを見ながら、忍も訳もわからなさそうにちょこんと座った。


「なんか、順番が入れかわちまったが、西園寺の後からまた続けてけ」


 臥薪の覇気のない言葉で自己紹介は再開された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る