第2話 キモ川の復活

 ネットニュースから

「○○高校の男子生徒であるAさんは、高校の裏山で彼らを見た。その日も風が強かった。一週間前に彼のクラスのキモ川が投身自殺し、その日の午前中に、同じクラスのBとKが行方不明になっている。

 昼休みに、裏山の前に広がる草原へ来たAさんの前に、BとKが惨殺死体の姿でぬうっと現れた。噂どおりの血まみれのおぞましい霊体で、やはり足が地面から三十センチほど宙に浮いている。

 当然、Aさんは腰を抜かしそうになった。


 ところが、見ているうちに、おかしなことに気づいた。二人は確かに浮いてはいるが、両足がぶらりと下がってはおらず、上から何かで吊り下げられている感じではない。足の向きは下の地面と平行で、しっかりとどこかに立っているように見える。

 さらに妙なのは、血の流れだった。宙に浮いているのなら、体を流れる血は足から地面に滴っているはずだが、それらは足元で黒い池のような血溜まりになっているのである。つまり足の下に立つような場所があって、二人はそこにいるだけで、空中に浮いているのではないのだ」




 俺はキモ川。

 失意でたたずむ俺を、どっかの猫がじっと見ている。気楽でいいな、お前。

 だがそのただでさえ大きな目が、いきなりぎょろりと大きく1.5倍にまで膨れ上がった。しかし、猫全体は縮む。どんどん縮む。

 いや、ちがう。

 俺のほうが猫から離れているのだ!

 驚く猫の前で、俺は自分がぐんぐん山のように膨張しているのを知った。

 いったい何が起こってんだ?!


 日が注ぐ校庭の砂地に自分の影が見えたとき、俺はがく然となった……。




 ネットニュースから

「そのとき、どこかで悲鳴が起き、その叫び声は鳥が上昇するようにすーっと舞い上がった。Aさんが見上げると、黒い学ラン姿の誰かが空から降ってきた。同じクラスのNだったが、彼もたまにBやKとつるんでキモ川を苛めていた。

 だがAさんが驚いたのは、人が降ってきたからだけではない。Nは虚空を、まるで長い階段を転げるようにぐるぐる回転しながら落ちてきて、二人の隣に、試験管が用具立てにはまるように、すぽっと降り立った。その周りには見えない壁があり、Nはパントマイムのようにそこらを叩いたりきょろきょろしたが、隣の死体に気づくや、いっぺんに恐怖の顔になり、叫ぶ口になった。が、なんの音もしない。目の前で見ているAさんの存在にも気づいていないようだ。


 そのうち、Nは手で何度も頭を押さえるようになった。脳天の辺りに、上から何かが何度も落ちて、そのたびに、衝撃に顔をゆがめておののいている。すさまじく痛いか、熱いらしい。そのうちに、Aさんは背筋が凍りついた。Nの頭から、深紅の血がだらだらと滴り始めたのだ。

 そこで、やっと分かった。頭上から見えない何かが落ちてきて、Nの体を頭から溶かしているのだ。隣で並ぶBとKも、同じように上から来た何かに溶かされて殺されたのだ。

 Bの頭がついに下へもげ落ちると、隣のNはあらん限り絶叫する顔になり、片方の目玉が飛び出て、ころっと落ちた。


 そのとき、Aさんの耳に、ある気味の悪い音が響いてきた。ずるっ、ずるるっ、という、何か大木のようなものを引きずっている音。巨大な何かが這っている音だ。Aさんは、はっとした。今、風はない。

 霊が目撃されるときは、いつも強風だったから今までは誰も気づかなかったが、風がやんでいる今、それが彼に初めて聞こえてきた。何十メートルもの透明の巨体を持つ何かが、今、目の前の草原の草をごっそりとかきわけ、地面にその重い腹をこすり付けて、ずるずる這い回っている。


 Aさんは、ようやく分かった。一週間前、この巨大な何かが、BとKをくわえ込んで飲み込んだのだ、今Nにしたように。そして、到着した胃袋の中で、ゆっくりゆっくり、時間をかけて消化していたのである。彼らの頭に落ちていたのは、消化液だった。足元に血溜まりがあったのは、そこが体内だからだ。

 彼らは幽霊ではなかった。巨大な見えない怪物に飲み込まれ、立ったまま、一週間かけて、脳天からゆっくりと殺されていたのだ!


 今の落ち方からすると、この怪物は相当に胴が長いはずだ。胴が長い生き物として、あるものが浮かんだが、あまりのおぞましさに凍りつきそうになった。

(いや、まさか……?!)


 だが、BとKが前に教室で言いふらしたように、キモ川は確かにミミズを飼っていたし、それを教室にも持ってきて、それを窓から捨てられ、助けようとして死んだのだ。彼にとってミミズは、自分の命を捨てるほどの価値があったのだ。それを奪われ、自らも死んだ彼のうらみは、計り知れない。


 Aさんは苛めに参加はしなくても、見て見ぬふりはした。共犯と同じである。次に殺されても仕方がない。

 彼はいきなり走り出した。それに気づいたように、ずる、ずるるると這い回る轟音は、彼の背後に迫った。食われると思った瞬間、よそで悲鳴があがった。誰かが犠牲になったのだ。また彼の胃袋のコレクションに加わったのだ。


 Aさんは命からがら校舎へ入り、みんなに叫びまくった。

「キモ川だ! キモ川が来た! 早く逃げろ! みんな食われるぞ! 逃げろ! 逃げろ!」

 驚く生徒たちの頭上で、コンクリートの派手に崩れる音がした。巨大な見えない怪物が、体で校舎を蹂躙しだしたのだ。


 おびただしい死者、負傷者を出しながら、校舎は轟音を立てて破壊され続けた。すでにキモ川のクラスの半数の生徒が飲まれていたが、横並びの血にまみれた亡霊の列が虚空をくるくると舞いながら、見えない力で校舎の壁や廊下を破壊しているさまは、狂った演劇のような、奇怪きわまるものだった。





 警察の手に負えず、自衛隊が来たが、敵は消化中の生徒以外は見えないため、攻撃しにくかった。助け出すべき生徒たちを撃つようにも見えるため、家族に非難される恐れもあった。


 そこで、ある提案が出された。ただちに消防車が呼ばれ、ホースから大量の白ペンキが怪物めがけて発射された。全身にペンキを浴びて姿を現したそれを見て、人々は一様に恐怖の叫びをあげて震えあがった。全長百メートルはあろう、巨大な白いミミズが鎌首をもたげ、陸にあがった大海蛇のごとく、廃墟のまん中でとぐろを巻いていたからだ。


 校庭の隅に残る巨木の陰にいて助かったAさんは、目もないその巨大な頭から、暗い視線を感じた。彼は教室の隅で、いつも酷い仕打ちにじっと耐えている、その目を知っていた」

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