俺はキモ川

ラッキー平山

第1話 キモ川登場

 俺はキモ川。

 今日も馬場と黒澤に苛められた。小学校から、今年で高校に入り、このまま卒業まで耐えれば、ざっと九年間。そこまで行けば、あとプラス一年で十年の記録が達成されるが、高一の今において、すでに俺の心身が限界だ。普通なら、とうに自殺していて不思議はないが、俺には生きがいがあるので、死ねない。




 ネットニュースから

「先日、都内の○○高校で目撃された二体の幽霊の正体は、やはり行方不明になった二人の生徒であると思われる。目撃者の一年生、山田さん(仮名)は、幽霊が彼のクラスメイトだと証言。

 山田さんが強風の日、裏庭で見た二人の霊体は、足が地上から三十センチほど浮いて並んでおり、頭が裂けて、おびただしい血が体を流れていた。その顔は無残にゆがんでいたものの、二人の生徒に間違いない、と確信した」




 俺はキモ川。

 なぜキモ川かというと、見た目がキモいから。本当は○川というふうな名前だが、小学校からキモ川で通っているから、それで行く。

 今日も放課後、馬場と黒澤に殴る蹴るの目に遭ってやっと解放され、家に帰るとエリザベスと小太郎の世話をした。こいつらだけじゃない、ほかにも純一とか真理子とか、ライラックとか、いろいろ飼っている。いじめっ子どもが暴力と暴言ばかりで恐喝しないでくれて、本当に良かった。ペットの世話代がなくなって飼えなくなったら、俺がこれ以上生きている意味が本当になくなってしまう。

 日の落ちた薄暗い部屋で、小太郎の頭を撫でる。この無機質な顔。可愛い。実をいうと、たくさんいすぎて、あまり区別がついていない。小太郎じゃなくて真理子かもしれない。でも、みんな同じように可愛いから、問題ない。




 ネットニュースから

「『あれは男子生徒のBとKに間違いありません』

 彼らの担任はのM教諭は言う。

『私が職員室に一人でいると、ふと窓の外に気配がしたんです。立っていって覗くと、そこに彼らが並んで立っていました。そこは二階だったのに、二人は血まみれのおぞましい姿で空中に浮いていたんです』

 外は風が強いのに、彼らは髪がなびくこともなく、写真のように微動だにせず、飛び出た目で、ただじっと彼を見つめていたという。これは幽霊だ、と確信した。

『驚いて窓から飛びのき、もう一度外を見たときは、もういませんでした』

 度重なる目撃証言に、地元の警察も、ただの集団ヒステリーによる幻覚という仮説では済まされなくなり、後日、さらに徹底した捜査をする予定である。


 行方不明の男子生徒のBとKについてであるが、彼らは一週間前の正午を境に、○○高校から消えて以来、現在も足取りは全く分かっていない。だが、無残な死体の姿で目撃されていることから、二人が殺害された可能性がある。

 また、それを実行しかねない生徒が存在する。二人は、その生徒を長期に渡り、苛めの対象にしていたという」




 俺はキモ川。

 まさか、奴らがうちに来るとは思わなかった。エリザベスたちを見られた。彼らに危害は加えなかったものの、見られたせいで、奴らは翌日からさらに苛めをエスカレートさせた。そればかりか、今までは静観していたクラスのほかの連中までが、いっせいに俺を白い目で見て、バカにしだした。

 確かに、あんなものを飼っていてはやられても仕方がないが、これでは卒業まで俺の心身が持たないかもしれない。転校すればいいだろうが、うちの親は体育会系で根性論者だから、相談しても無駄だろう。




 ネットニュースから

「苛めにあっていた生徒は、クラスでキモ川と呼ばれていた。今回の事件の容疑者の疑いが濃厚だが、警察が彼を尋問することはなかった。今となっては、それは不可能だからである」




 俺はキモ川。

 俺がバカだった。全てはあの朝、登校中の道端で、エリザベスたちの同類を見つけてしまったのがいけなかった。というか、その日はサボって、それを持ち帰れば良かったのだ。だがうちに母親がいるから帰りにくいと、それを空にした弁当箱に入れて、そのまま登校してしまった。

 ところが朝、担任が来る前に、黒澤のバカが「歴史の教科書を貸せ」とカバンを勝手に探り、やけに軽いことを不審がって弁当箱をあけちまった。中身に驚いて落っことしたそこから這い出したそれに、教室中が大騒ぎになり、黒澤が窓際まで蹴った。そこに馬場がいて、嫌そうな顔で雑巾でそれを掴み、窓の外へポイと捨てた。

 いかに冷酷非情な奴らでも、まさか俺がそれを追って窓から飛び出すとは思わなかったろう。しかも悪いことに、元いた一階の一年生の教室は今改築工事中で、ここは三階の仮教室だった。窓から飛んだ俺は、そのまま校庭に落ちて死んだ。




 ネットニュースから

「このキモ川なる生徒は、一週間前の早朝、三階の教室に一匹のミミズを持ち込んだ。それをBとKに窓から捨てられたため、それを追って窓から飛び降り、即死したのである。

 これにより、BとKは、このキモ川の幽霊に殺されたのではないか、という噂が立った。二人の死体は、依然見つかっていない」




 俺はキモ川。

 あの世だの地獄極楽だのがあるのかは知らないが、俺はどうも迷ったようだ。そりゃこんな人生で、こんな死に方である。幽霊にならずに成仏するほうがおかしい。

 心残りはミミズたちだ。もう世話をする者がいない。親は部屋の押入れからダンボールを見つけたら、気持ち悪がって即ゴミに出すだろう。中にミミズがうようよいるんだから、当たり前だ。まさか飼っていたとは思わないだろうし、あるいは釣りの餌と思うかもしれないが、いずれにしろ重視しないだろうから、捨てちまうに決まってる。間違っても世話なんかするまい。黒澤と馬場のおかげで、大事なエリザベスたちを殺すハメになった。

 みんなあいつらが悪い。俺は絶対に許さない。必ず呪い殺してやる。


 と思ったが、絶望した。校庭の落ちた場所から動けないのだ。死んだ土地に縛り付けられる、地縛霊という奴か。これじゃ復讐など出来ない。

 死人なのに、死にたくなった。

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