ぼくらのおいなりさん
維社頭 影浪
第一話
三が日は、この神社も初詣の人たちで賑わっていたのだろう。
閑散とした神社の参道を登りながら、思いをはせる。
今日は三が日を終え、一日挟んだ一月五日朝八時。私は正月と学校が始まるまでの短い期間、この近くに旅行に来た。
今登っている参道の奥には稲荷神社があり、大きくはないがパワースポットとして知る人ぞ知る由緒ある神社。
その神社のシンボルでもある朱色の鳥居が重なっている風景が見えた。
ガイドブックで見た通り、ここだ。
「おせち食いたい-‼︎」
ぴたり、と足を止める。
どこかから聞こえた子ども特有の高い声。
参道とはいえど、周囲は住宅地であり、子どもが居てもおかしくない。
「だーめーだ‼︎」
歩き始めると次に聞こえたのは低い男の声。
お父さん……だろうか。
「お酒も飲みたい‼︎」
「ダメだ‼︎ まだ子どもだろう‼︎」
そんなやりとりに、少しほっこりする。
たまにあるやりとりかもしれない。お正月休みの父親が、昼からお酒を飲んだりしているのだろう。
お酒が何かを知らない子どもはそういう駄々をこねる。
「世の中には
「ダメだ‼︎‼︎」
一際大きな声が聞こえるのと、私が足を止めるのはほぼ同時だった。
「あ」
「お」
ただの偶然だろうか。
私が足を止めると同時に、親子の声はピタリと止まった。
なんとなく、この声が聞こえるのはこの向こうに思ったが、聞き間違いだろうか。
私の目の前には一際大きな鳥居。
別に私自身は神道、あるいは無宗教に属するタイプの人間だ。しかし、せっかくパワースポットともされている神社に参拝するのだからできれば静かに参拝したい、と思っている。
少なくとも、怒声の響くようなところで参拝したいとは思わない。
鳥居を見上げる。
木製の鳥居には、鮮やかな朱色が塗られていた。一部風化した部分もあるが、それも風情がある。
目を閉じると、いつの間にか木々の葉がこすれる音だけが周囲を囲んでいた。
この先はとても神聖な場所が気がした。
引き返そうかと一瞬思っていたが、私はその場で軽く礼をして足を踏み入れた。
鳥居の先にも参道は続いており、鮮やかな朱の鳥居が続く。その一つ一つを丁寧にくぐり、奥へと向かう。
やがて階段が見え、一際大きな鳥居がある。
右手に手水舎があり、礼をしてから冷たい水で手を清めた。
大きな境内ではない。
周りには木々に囲まれて少し薄暗い。
拝殿に向き合う。
拝殿は小さく、きらびやかな装飾がされているわけでもなくただひっそりとそこに在った。
それこそが、神域を示すかのような雰囲気を作り出していた。
私はゆっくりと拝殿前に歩み寄った。
周りには人も獣もいないのか、地面を踏みしめる私の音だけが響くようだった。
十円玉と五円玉。
十分御縁がありますように。
願いを込めて投げ入れたお賽銭はカンカンと音を立てて落ちていった。
私は鈴を鳴らそうと綱に手をかけて、ふと考える。
周りは静寂、私一人。
なんだか、この静寂を崩したくなかった。
しかも、この早朝。
神様は起きているのだろうか。
私の鈴の音で起こすというのは、なんとなく、気が、引ける。
「よし」
小声でつぶやき、カラン、と私にしか聞こえないような鈴の音。それで満足した。
二礼。
二拍。
静寂の中で心の中が洗われていくような気がする。
一礼。
そこでもう一度拝殿を見上げた。
この瞬間がとても気持ちが良い。心が洗われた後、拝殿はいつも違った角度で見えるから。
拝殿の屋根下を堪能してから境内を見て回ろうかと拝殿の右手へと向かう。
「おろ?」
「あ、どうも」
「おはようございます。朝早くからお参りありがとうございます」
そこにいたのは、箒を手にした男の人。
ジャージとタートルネック。その上からジャンパーを着た、どこにでもいそうな男の人。
年齢は……私と同じ二十歳と少しぐらいだろうか。
「そちらに本殿があるので、是非お参りしていってください」
多分、ここの神主さんだろう。
拝殿の丁度真後ろを手で示す。
確かに、上へと向かう石の階段がそこにはあった。
「あ、ありがとうございます」
私はそこを確認してから笑顔でお礼を言うと、神主さんも微笑み返してくれた。
いい人、だな。
この静寂を守っている人だな、と思った。
私は示してくれたその階段を上り、本殿の前に立った。
本殿は拝殿より更に小さい。
しかし、朱色の塗装はこちらの方がきちんとしてある。神主さんが手入れをした直後なのだろうか。左右に添えられた榊の葉は潤っていた。
私はそこでももう一度お賽銭を投げ入れ、控えめに鈴を鳴らす。
二礼。
二拍。
一礼。
さわさわと森が、鳴いた気がした。
私はひとつ深呼吸をしてそれに答え、よし、と背を向ける。
階段を下りると先ほどの神主さんはもう居なかった。
境内にも階段にも落ち葉はないから、きっと掃除が全て終わったんだと思う。
そういえば、あの声、聞いた事のある声のような気がした。
……いや、男の人によくある声だろうな。
階段を下りて右手、先ほどと反対側に行けば、石で掘られた稲荷狐像が多くある場所があった。
その一つ一つを丁寧に……なんて見るほど私は信仰深くはないけれど、なんとなく目を移していく。
うん。なんかどれも同じ顔をしているような気がする。
拝殿前に戻ると、そこに由来の書かれた看板があった。
実はこの神社由来や寺由来を読むのがとても好きだったりする。
ここの神社は昔
稻吉は狐に取り憑かれていたらしく、その狐を奉ったのがこの神社だと。
それからこの辺りは飢饉を迎えることがなくなったという。
……まぁどこにでもありそうな、そんな話。
それでも面白い。
だって、ここにはその神様が奉られているのだと思うと神聖な気持ちになれるのだから。
拝殿前に戻る。
もう一度拝殿を見上げ、礼。
「お嬢さん」
背を向けようとしたところで、先ほどの神職さんがこちらに向かってきていた。
手になにかを持っている。
「これを、記念に」
差し出してきたもの。
白い袋に入った薄いはがきサイズのもの。
袋が透けて、中に入っているものが何かすぐに分かる。
「これは……
「是非」
「でも……」
御朱印はその神社や寺でしかもらえないものだが、
その分、御神体と同じぐらい丁寧に扱わないといけない、御縁のあるものだった。
「代金は必要ありませんよ。まぁなんというか……」
神職さんは目を少し泳がせて、言葉を濁した。
なんだろう。
「深く考えずに、是非お持ち下さいな。悪いことにはならないだろうから」
「はい。えっと、ありがとうございます」
私の旅は始まったばかりで、朝早くここに来たのは今日他にも沢山回る場所があるから。
旅の始まりに、御朱印。
ラッキーといえばラッキーなのだろう。
私はそれを受け取って、大事に鞄の中へと入れた。旅のお守りみたいになるといいな。
「ありがとうございました」
「お気をつけて」
頭を下げて、私はまたあの鳥居をくぐり抜けていく。
最後の鳥居を出てから、もう一度礼をして。
振り返らず、次の場所へ。
* * *
「あいつー良い子だったなー」
「おい。どういうことだよ」
「ま。神の気まぐれってやつだな」
目の前の子狐はふふふんと笑う。
が、オレは腑に落ちない。
確かに、普通にかわいい子ではあったけどな……普通に。別に特別な感じはなかったという意味でだ。
「お前は神じゃないだろうがっ!」
「けど、オレはちゃんと崇め奉れと言われてお前がいるんだろうが」
そりゃそうなんだが!
「ま。良い子だったからなー。まだ寝てる親達を起こさないように小さめに鈴降ってくれたり、礼してくれたり。丁寧な子だ」
うんうん関心関心。
と目の前の子狐が腕組みをしたところで、全く言葉の重みが感じられない。
「まぁこれから旅するみたいだし。良いご加護になるだろ」
「ああそうかい」
それでオレは御朱印を書け渡せと命令されたわけなのだが。
「まぁそうしょげるな、
「だから何度言ったら解る! オレはいなきちじゃなくて、けいすけだ‼︎」
「オレの親達がそう呼んでんだからいいだろー?」
「だめだ!」
「はいはい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます