◇◇ 2章 ◇◇

第28話① 黙って座ってるのが仕事ですよ

 土曜日は昼から休み。帰宅してお昼を食べてのんびりする日だ。

 しかし慎之介は仕事の真っ最中だった。藩庁舎の建物内ではない。屋外の大型テントの下でパイプ椅子に座っている。

 身に付けているのは藩から貸与された作業服だ。

 ただし被服購入は競争入札のため、必然的に格安品となる。お陰で現場に出て激しく動けば直ぐ破れ、股部分が裂けたという話すらある。しかも着心地も悪いため、こういった時でもなければ藩士は着ない。

 テント下には同じように防災服姿の藩士が着席しており、その前のグラウンド広場には大勢が整列している。最初に行われた出動人員報告では千六百十六名だそうだ。

 列の先頭にはプラカードを持つ者が立っており、特務課侍、各地域の同心や警察、各市町の消防団に水防団、尾張藩内の学校関係、自治連合会の名が見える。

 詰めかけた報道陣の姿や、離れた場所には一般見学者も大勢いる。

 耳障りなノイズが一瞬響いた後に、放送が入った。

『開会の辞、尾張藩藩主、徳川義直様』

 その声に合わせ貴賓席より一人の若者が立ちあがった。二十歳そこそことは思えぬ堂々とした所作で歩き、指揮台の三段あるステップを軽やかに上って登壇。

 合わせて慎之介たち本部テント内の者も起立している。

 そうした千人以上の人々からの視線と敬礼を受けながら、しかし藩主徳川義直は気後れした様子など欠片もなく答礼をしている。

『これより、平成五十五年度、尾張連合総合対幻獣演習、及び、広域連携防災訓練を開催する』

 藩主の御言葉が終わると同時に威勢の良いラッパが吹き鳴らされた。


 これから尾張藩が主催する演習訓練が始まるのだ。報道陣のきるカメラのシャッター音が激しく響く。

 ――やれやれ。

 挨拶を終えた藩主が降壇する様子に、慎之介はパイプ椅子に座り直す。

 この演習訓練は幻獣災害に備え、関係機関の相互連携や意識向上を目的としたものだ。尾張藩主催であるため、慎之介たち一般藩士も見学という形で参加している。

 特に出番はない。

 本部テントに詰めた人員を世間に示し、これだけの人数が地域の安全のため働いていると見せるために居るようなものだ。

 そのためだけに休みが潰れ、昼食は藩庁舎から会場に移動するバスの中で朝の出勤時に買ったコンビニお握りを二つ食べただけという状態だ。

「暇ですねぇ」

 隣に座る風間がぼやいた。

 態々隣に来なくても良かろうに、と思ってしまう程度に慎之介は風間が苦手だ。職場では隣席のため当たり障りなく付き合っているが、こんな時ぐらいは解放されたいというのが本音である。

 前方では挨拶が始まり、筆頭家老の成瀬が登壇して喋っている。頼もしい言葉ぶりで演習訓練への期待を語っているが、娘の静奈が絡まねばとても立派な人物だ。

「暇ですけどね、お偉方の挨拶ですし。気は抜けませんよ」

「でもねぇ、どうせ俺らの出番ってないじゃないですか」

「黙って座ってるのが仕事ですよ……」

「そりゃそうですけどね」

 こそこそ喋っていると反対隣に座る春日が態とらしい咳払いをした。ほらね、と言って慎之介は肩を竦めてみせた。


 開催式が終わり各団体による実演が始まってしばらくすると、本部テント下の藩士たちも気を抜いた状態だ。何人かがトイレに行ったり、または煙草に行ったりで空席も目立つ。

 時折少し強めの風が吹き砂埃が舞う以外は良い雰囲気だ。

 一方で会場では様々な演習が行われている。

 赤備えパトカーが巡視サイレンを鳴らし会場内を一周し幻獣警戒のアナウンスをすると、空に飛行ドローンが飛ばされ幻獣捜索が開始され、水防団が土嚢をつくり防衛拠点を構築。

 同心と警察が小学生を相手に避難誘導を実演して、幼い子が見当違いの方に走って追いかけるといった可愛いハプニングもあって会場の笑いを誘っている。

 幼い頃の陽茉莉の姿を思い出し慎之介が会場を眺めていると、トイレに行っていた風間が戻ってきた。

「はーっ、よかった。トイレ混んでたけど、間に合って戻れたわ」

 そう話しかけている相手は慎之介ではなく、普請課の別の相手だ。東別院という今年から職に就いた子で、そんな後輩相手に先輩風を吹かせている。

「いよいよ侍の演習か。やっぱ動きが違うよな」

「そりゃそうです。自分も侍能力持ちですから言いますけど、我々は普通の人とは違うんで当然です」

 我々という言葉は自分を侍能力者と定義した上でのようだが、強烈な自負が感じられた。聞いていた慎之介は敢えてそちらを見なかった。見なくとも風間がどんな顔をしているのかは想像がつく。

 しかし東別院はお構いなしだ。

「あーあ、自分も本当ならあちら側に居る立場だったんですけどね」

「だったら何でこっちに居んだよ」

 風間の声には、やはり苛立ちと不快さが滲んでいた。

「親の都合ですよ、親の。うち親、身分だけはありますから。藩も親の言葉を無視できんかったんでしょうね」

「あっそう」

「ほら見て下さい。特務四課ですよ四課。あそこで課長やってる五斗蒔、僕の同期ですよ。同じ侍能力者なんで、新採研修で何回か話しかけたことあります」

「…………」

 不愉快そうな風間が何か言う前に、慎之介は風間を小突いて合図した。若さ故の過ちをしている東別院など相手にしない方が良いといった配慮だ。

 それは同席する奉行の春日も同じ気持ちだったらしい。

「こらこらこら、そこまで気を抜いたら駄目。もちょっと静かにね」

 軽い注意を装って場を鎮める様子は流石に気遣いの人だった。


 歓声があがる。

 侍が幻獣を模したオブジェを斬ったのだ。

 演習会場には仮設の障害物が設置されており、そこに特務課が突入し、発泡スチールで出来た幻獣のオブジェを破壊し、要救助者という設定の人形を確保する実演が行われている。

 今回の演習訓練の目玉である、侍の演習を兼ねた競技だ。

 特務課の各課それぞれが行い、それを観覧する要人たちが評価査定して優秀者を表彰されることになっている。演習の目玉にして花形であるため声援も大きく、報道陣も規制線のロープ間際にまで詰めかけ、身を乗り出し撮影をしている。

「設楽さんは、どこが優勝すると思います?」

 もはや風間は東別院など無視して話しかけてくる。当然と言えば当然だろう。

「無難に言えば一課ですかね」

「一課かぁ。俺としては四課かなぁ」

「へぇ? そらまたどうして」

「当たり前じゃないですか、俺は四課の五斗蒔ちゃん推しなんで! サインお願いした時の恥ずかしそうな仕草とか、俺のハートはモッキュモキュってもんですよ」

「そ、そう」

 モキュモキュがどんなかは知らないが、咲月ならきっと、サインを頼まれたら困りながらも書いてくれるに違いない。

 ――だったら、こんどサインでもお願いしてやろうかな。

 悪戯心でそう思う。どんな反応を示すのか、想像するだけで面白い。

「是非勝って欲しいな! たとえ出来レースでも」

 風間は身も蓋もないことを言いつつ、勢い込んで観戦している。流石に最後の自制心は残っているらしく、一般見学者のような声援までは送っていない。

 競技は出来レースとまでは言い過ぎだが、それに近いものがある。

 なぜなら評価項目には体制状況、人員采配、救助時間、安全配慮といった項目の他に、見栄え、心意気、観客への対応といった項目がある。観客の声援に配慮し、咲月のいる特務四課が何らかの部門で表彰されるのは間違いなさそうだった。

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