第23話① 安全を確保しつつ全力であたるように
激しいアラームが響いた。
「!!」
咲月が即座に見やったのは、執務室のモニターだ。
モニターは正面の壁に設置され、尾張藩各地の地圧値をリアルタイム表示する。その中の一つが赤色で点滅し、
咲月は確認していた資料を放り出すと、それが床に落ちるより早く立ち上がり、椅子に引っ掛けてあった制服の上着に袖を通した。
執務室の隣にある災害対策センターへと早足で向かう。志野が追いついてきた。
「休暇中の者を緊急参集させます」
「そうね、これかなり大きいわ。ここに参集するより、直接パトロールに入りながら集合ね。場所の選定は後でもいいから決めましょう」
「畏まりました」
スマホを手に志野は通話を始め、周りにも空いた手で合図をしだした。
災害対策センターは土足禁止のため、ドアの前には靴が並んでいる。咲月が中に入ると、こちらで待機していた者たちが手順通りに行動を開始していた。
警報装置の吹鳴状況の確認。管轄内の市長区長や地元警察トップにホットライン連絡。公的避難所や関係各所に基準値超えの通知。電力会社やガス会社などに警戒態勢に入った旨をFAX送信し着信確認の電話。
それらの実施状況がホワイトボードに時系列で書き込まれていく。
咲月は部屋の中を歩きながら声を上げた。
「皆、手を止めないまま聞いて。今回はかなり大規模になりそう。必要となれば本部に事務要員を残して、現地に出動する可能性もある。手の空いた人から装備の確認に入って」
大画面モニターには複数地点のライブ映像や各地の地圧の計測値、さらに各放送局の放送内容や各避難所の受け入れ状況など、多数の情報が表示されている。
「咲月様、御覧下さい。今度は大須付近の値が上昇しております」
「この上がり具合、まずいわね。これ本当に大規模幻獣災になりそうな気がする」
「出動用の車を手配しておきます」
「お願い」
言いながら咲月は観測値の受信パソコンに向かった。大須地点の観測値をグラフ表示させる。数値は上昇下降を繰り返しつつ、着実に上昇していた。
「これ駄目ね、非常警報が出るぐらいよ」
咲月が言った時だった、大須地点の観測値が急上昇。これによって自動的に緊急幻獣速報が流された。同時に災害対策センターからも非常警報が発令される。
「戦闘要員は出動! 事務担当は関係各所に連絡を!」
辺りの忙しさが増した。
咲月は大急ぎでロッカーに行き、制服の上に防具を着用する。特殊繊維で編まれた防刃防刺突に優れ、打撃も軽減してくれるものだ。さらに頑丈なグローブを身に付けブーツに履き替える。剣帯に愛刀を佩いて、出撃用ルームに移動した。
同じ格好をした部下たちは非番を除き七人。既に整列している。
「これより四課、出動します。各員、自身の安全を確保しつつ全力であたるように」
咲月が手を振って合図をすると、肯いた皆が駆け足で部屋を出て行く。
「志野、先に行っていて。電話を一つしていくから」
迷惑をかけたくはないが、来て貰わないと駄目な状況だ。
咲月は自分のスマホの連絡先で、一番上に登録してある相手に電話をかけた。若干申し訳ない気分だったが、相手が大須で妹だけでなく静奈も一緒だと知って、少し機嫌を損ねたのは事実だ。
侍専用の赤備えパトカーが道路を疾走する。
殆んどの通行車両は道路脇に停車しており、運転手はシェルターに避難済み。動いている車両は状況が理解できてない高齢者、パニック気味の旅行者などだ。スピーカーで注意を促すが誘導までやっている余裕はない。
そして挙動のおかしい車もある。
咲月は擦れ違った黒塗り車両をサイドミラーで見ながら眉を寄せた。
「いまの車の持ち主、照会かけて」
直ぐ志野が画像を照会システムに送信、警察関係のデーターベースにアクセスし確認を行う。侍と警察は協力関係にあるため、そうしたことも可能だ。
「はい、これは……特記事項があるので捜査機関がマークしている人物です。窃盗、恐喝、振り込め詐欺の疑い。天邪古商会という組織に所属しています」
志野の回答を聞きつつ、咲月は画面を見ていない。それは車酔いを警戒してだ。
「連絡入れておいてくれる? 見た以上は連絡入れておかないと」
「畏まりました。ですが、残念ながら警察も避難誘導で手一杯かと思われます」
「そうね。でもこんな時に動いていたなんて、怪しすぎるもの。あっ、でも。本当に避難していたかも。だとしたら疑ったらダメね」
「いいえ、火事場泥棒をするつもりに決まっております」
断言する志野に何か言おうとしたときだ、咲月のスマホに着信があったのは。相手は非番のため、自宅から現場急行した赤津だった。
『五斗蒔課長。現場は小型を中心に、かなりの数が出てますよ!』
「そうなの。無理しないで、危険なら後退して構わない」
『いや、それがですね。既に戦ってる連中がいるんですよ。間違いなく侍ですけど、あいつら何なんです!?』
「え?」
咲月の脳裏に慎之介の姿が思い浮かんだ。
しかし直ぐ考えを改めた。もしそれなら赤津が所属不明とは言わない。そのとき、咲月は別の心当たりに思い至った。それは情報だけ得ていたものだ。
「赤津君、相手の特徴は?」
『それが白い面で顔を隠しているので、何とも』
「……後退して。その侍は敵よ」
『はぁ? いやまあ、了解でっす』
合流地点を指示して咲月は電話を終えた。
こんな時ばかりは自動運転がもどかしい。一応は緊急走行とは言え、やはり安全を確保した上での動きなので、速いが全速ではないのだ。
「咲月様? その敵という侍は?」
「第一種情報管理の項目よ。まだ聞かないで。今からする電話で、その辺りのことが決まります」
そう言って咲月は侍機関のトップに連絡をとる。
向こうも災害対策本部にいるらしく、電話越しに慌ただしさが聞こえる。しかし咲月は白い面をつけた所属不明侍ついて報告する。
すると局長は僅かな沈黙の後に、ある指示をしてきた。
「……やっぱりね」
咲月は軽く顔をしかめスマホを横に置き、各隊員への連絡用回線を使用した。
「連絡。現場において最優先標的は幻獣ではなく、所属不明の侍とする。その存在については以降、
通話を終えた咲月は、もの問いたげな志野に向け肩を竦めた。
「実は私もあんまり知らないの。過去の倒幕派の生き残りだっていう噂だけで、細かい情報は来てないもの」
「なるほど、関わらない方が良い部類の話ですね」
「間違いなくね。一番の敵は幻獣なのに」
幻獣よりも人間同士の争いが優先される。それに苛立ちを覚えつつ、しかし組織に所属する以上はどうしようもないのが現実だ。
咲月は深い溜め息を吐いた。
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