第10話① 言わないで、言わないで下さい……言うなぁ

 陽茉莉と静奈が友達になり、そして慎之介の異動の話がなくなって数日。

 学校も会社も午前中だけ出て帰るの土曜日を利用して、三人はさかえにしきと呼ばれる尾張国の繁華街に来ていた。名古屋城から南に位置し歩いて行ける場所だ。

「ほう、ここがそうなのか……」

 慎之介は慎重な足取りで部屋に入った。

 仕事帰りのスーツ姿だが、いかにも仕事帰りといった風情で、上着は半分に折って片手に掛けている。

 その背後には学院の制服姿を着た静奈が身を隠しており、恐る恐ると顔をだして黄金色した瞳を部屋のあちこちに向け首を竦めている。

「ひぇっ! こ、こうなっていた……のね」

「中は意外に手狭だな、マイクにスピーカーか」

「みっ、見なさい、見て。天上にキラキラしたボール!」

「派手なもんだな」

 その手狭な部屋の大半はソファとテーブルで占められており、大きな壁掛けモニターとスピーカーが目を引く。

「なるほど、これがカラオケボックスというものか」

 慎之介は呟きテーブルの上にあるマイクを手に取った観察した。

「こらー、前で止まるなー。二人とも早く入って、座って」

 呆れ気味な声が後ろから聞こえ、慎之介は肩を竦めソファに腰掛けた。座り心地は悪く背中が痛くなりそうだ。しかし静奈は半分固まった様子で立ち尽くし、カラオケルーム内を見やっている。

「ほれほれ、適当に座っちゃって」

 陽茉莉は促しても動かない静奈の両肩に手を置き、そのまま慎之介の向かいに座らせ自分も座った。慣れた様子でメニュー表を広げているので、過保護気味な慎之介は心配になって片眉をあげている。

「ここドリンクオーダー制だからー、あたしはグレープジュースね。お兄は?」

「緑茶で頼む、冷たいので。無ければ麦茶でもいい」

「またそーいうの頼むし。ま、いいけどさ。静奈はどうするー? ……ああ、うん。選べそうにないね。じゃ、あたしと同じのにしとくよ」

 タブレットをさくさく扱い陽茉莉が注文していく。


 食べ物関係は何も聞かずに勝手に決めていくのは、聞くだけ無駄という判断だ。ほぼノータイムで壁のラッチが開いて注文の品が提供された。

「静奈は緊張しすぎ、そんな警戒しなくていいからさ」

 手早く配膳する陽茉莉は、そのついでにフライドポテトの何本かを引き抜いて摘まみ、さっそくモグモグやっている。差し出された静奈も真似しながら食べて、塩気に驚いた様子で背筋を伸ばした。

「で、でも……こういうとこ初めて……カラオケなんて」

「大丈夫、ほら見てよ。アナログ人間のお兄ですら、この文明に囲まれた中で平然としてるんだから。平気、平気」

 酷い言われように慎之介は渋い顔でお茶を啜った。

「それでは今日の目的の話をするぞ」

「打ち合わせだね」

「その打ち合わせというのはな。まあ、いいか」

 社会人の慎之介にとって打ち合わせとは、案件に対する意志疎通と合意の場という認識だ。しかし学生の陽茉莉は、単なる話し合いという認識となる。ちゃんと教えてやりたいが、今はそれを教える場面ではない。

「それでは話をする。僕と陽茉莉の力についてだ」

 秘密を共有する仲間として、静奈にも情報共有をする。

 その場所をどうするか迷った時、陽茉莉が提案してくれたのが、このカラオケルームだった。防音であるし、人は来ない。飲み物も食べ物もある。なにより狭くて落ち着く。確かに内密な話をする場に適していた。


 飲んだり食べたりしつつ、あらましを語った。

「――と言うわけで、陽茉莉は他の侍と違って戦う力は殆んど無い。その代わり、侍しか治せないが回復能力がある」

「とっても珍しいんだよね? レアだね、スーパーレア? うーんウルトラレアか」

 気楽そうな陽茉莉は、まだその能力の弊害――幻獣に狙われやすくなるというもの――を知らない。言っておくべきだろうが、言えば心配や恐怖を与えることになり、言うに言えないでいた。

 ポテトフライを食べ終わる頃に、ようやく話が終わる。

 最後に一つ残ったポテトは遠慮の塊になって慎之介と静奈が互いに譲り合い、埒があかないとみた陽茉莉が食べて片付けた。

 静奈は真剣な顔で聞き、ふむふむ言いながら肯いている。

「なるほど。そう、そうなのね」

「この秘密は守って貰いたい」

「も、勿論。ふふふっ、二人のことは利用させて貰うんだから……だ、だから大丈夫よ。絶対言わない、言わないから。安心して」

 静奈は両手を握りしめながら頷いた。しかし我に返ると恥ずかしそうに頬を染め、もじもじしながら俯き加減となる。

「秘密を教えてくれた二人に、私の……秘密、話しておくわ。は、恥ずかしいけど……わ、私。実はしょ……しょ……でして……」

 その言葉に慎之介は眉を寄せ、首筋を強張らせ困った。しかも陽茉莉に睨まれたあげくにテーブルの下で足を蹴飛ばされるなど散々だ。とんだとばっちりである。

 陽茉莉は半分困り半分困った顔で手を擦り合わせた。

「あーいや、無し。そういう話題無し。プライベートなセンシティブなもんとか、言わなくていいし。無し無し」

「いえ言うわ。ふ、二人の秘密だけ知って言わないの……卑怯。だから聞け、聞きなさい。聞いて、下さい。私は、私は……しょ、小説家です」

「「…………」」

 慎之介は微妙な気まずい気分になって息を吐き首を振った。それをどのように捉えられたのかは不明だが、妹に足を蹴飛ばされるという理不尽な目に遭っている。

「そか、そーなんだ。そういう趣味って、大事だよね」

「違う……趣味でなくって商業ベースで活動……してる」

「え? 待って、それ本当!? 凄い! なんて名前? 本名でやってないよね」

「作家名は……茄逗子なずしセルナ……」

 緑茶を口にしていた慎之介は、危うく噴きだしそうになった。テーブルに勢いよくコップを置くと、静奈がビクッとしたが気付きもせず身を乗り出す。

「あの女子高生作家の茄逗子セルナ!? と言うかな、今ちょうど読んでる。『勇者の嫁の魔王さま』シリーズを」

「うあああっ! ど、読者に直接会うの初めて……緊張する……感想とか言わないで、言わないで下さい……言うなぁ」

 静奈は両手を顔に当て、恥ずかしさで悶絶している。

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