第7話② 私の傍から離れないでね

 陽茉莉からの連絡を受け、慎之介は急いでいた。

 タクシーの運転手が限界を訴える場所まで移動して、そこからは自分の足で移動している。侍の身体能力を解放しているため、かなりの速度だ。もはや走ると言うよりは跳躍するように、藩道四十一号線を駆け抜けていく。

 隣を並ぶ咲月が手にした刀で前方を指し示した。

「慎之介、テッソがいる」

 前方に白いネズミのようなテッソが複数いて一箇所に集まっている。その中心には折り重なる人の姿があったが、その身体はありえない方向に曲がってた。

 新たな獲物にテッソが反応し素早い動きで向かってくる。

「気を付けて、あのテッソの色は――」

「問題ない。ここは任せてくれ」

「ちょっと慎之介」

 咲月の制止を振りって、慎之介は愛刀に手を掛け加速した。それは功を焦ったのではない。自分の侍能力の強さがどれほどか確認するためだ。

 距離が縮まったところで来金道を鞘走らせ、そのままテッソたちの間をすり抜ける。陽光の下でキラリキラリと刃が翻って、いとも容易く幻獣を斬り裂いた。

 ――防御以外も結構やれるのでは?

 軽々と幻獣を倒すことが出来て、慎之介は少しばかり自信を持った。

「心配するまでもなかったね。うん、慎之介凄いね」

 後に続いて来た咲月は、テッソの返り血を浴びないよう回避しつつ言った。感心したような口ぶりに慎之介は内心はともかく謙遜した。

「どうだろうな。テッソなんてのは一番弱いって聞いているが」

「このテッソ、体表に朱を帯びてるでしょ。沢山人を殺すとこうなって、力を増していくの。そうなると結構手強いの。だから、自信を持っていいよ」

「なるほど。では、そうするとしよう。どうだ凄いだろう」

「もうっ、さっきのなし」

 咲月の文句に笑い返しておくが、慎之介は調子に乗っているわけではない。陽茉莉のことが心配な気持ちを誤魔化すためである。それに何より、上手くいった時ほど自重すべきというのは、これまでの人生で得た教訓である。


 そのまま一気に突き進もうとすると、咲月が声を投げかけてきた。

「ちょっと待って。慎之介、そっち監視カメラがあるから」

「……そういえば」

 慎之介は軽く跳んだ空中で足踏みしながら着地した。

「それはまずい」

「でも、私は特務課だから監視カメラが停止するのです」

「そんな権限が!?」

「このスマホを中心に半径五十m、それ以内なら安心。遠隔タイプの監視カメラもAIが識別して自動的に記録が削除されるの」

「つまり、そのスマホさえあれば……」

 得意そうに取り出されたスマホに慎之介が視線を向けると、咲月は慌ててポシェットに戻している。まるで取られまいとする子供のような仕草だった。

「これは駄目。とにかく、私の傍から離れないでね」

「分かった、なら急ごう。なんなら抱えて走ろうか?」

「ふうん? 昔みたいにおんぶして貰おうかしら」

「やっぱ止めておこう、重そうだ」

「ひどーい!」

 再び走り出す。

 逸る気持ちを抑えながら咲月に合わせながら進む。

「で? 便利で助かるが、どうしてまた特務課だと監視カメラが停止するんだ?」

「それはね、侍は藩の戦力だから。他の藩に対する牽制もあって、実力を知られないようにする必要がある……というのが建前」

「うん?」

「つまりね、侍が戦うと周囲に被害が出るでしょ。この前のビルみたいに。うん、それが監視カメラに記録されていると、よろしくないのです」

「つまり、後で特定されて個人的に批難されたり訴えられたりする可能性があるという意味か?」

「はっきり言わないの。でも、この間のビルの持ち主も大変だったんだよ。誰が壊したんだって、凄い勢いでクレームを言ってきたの」

「ああ……すまないな」

 その光景が容易に想像できて、慎之介は謝った。なんにせよ、幻獣よりも人間の方が厄介であり最大最強の敵という事だ。


 さらに走っていく。

 既に避難した後なのか道路にやはり人の姿はなく、乗り捨てられた車が点在するばかりだ。交差点にさしかかるが信号に光はなかった。そこも減速せず突っ走る。

 清水町に到着し、慎之介は足を止めて辺りを見回した。

「ここまで来たはいいが、陽茉莉はどこだ?」

「あれから連絡は来てない?」

「来てない……まさか何かあったのか!? 陽茉莉はどこだ、大丈夫か!?」

 慌てる慎之介だが、今の状況では当然の反応だろう。

「落ち着いて。陽茉莉ちゃんだから、きっと遠慮して連絡を控えてるのよ」

「あいつが遠慮? いやいや、そんな事ないぞ。夕食のトンカツだって大きい方を持って行くし、風呂も一番に入りたがるし。人のスマホに勝手に――位置情報共有のアプリを入れたとか言ってたな」

 急いでスマホを取り出す慎之介だが、そこから動きが止まる。スマホは電話としてしか利用しておらず、ホーム画面にアイコンもないアプリを起動するなどアナログ人間に出来るはずがない。

「咲月……」

 慎之介は縋るような眼差しをした。

「もうっ、相変わらずなんだから。はい、貸して。やってあげる」

 咲月は瞬く間にアイコンを見つけ起動させる。

 二人して画面をのぞき込むと、アプリの地図に大まかな範囲で陽茉莉の――正確に言えば持っているスマホの――位置が表示された。

「こんなの、お茶の子さいさいよ。はい、あっちです」

 咲月はスマホを前にかざし、改めて位置を確認し頷く。

 そして走る。次の信号のない交差点を右へ曲がり、ビルの間を駆け抜けた。その先辺りがGPS信号で確認出来る場所だ。

「居ないぞ」

「この辺りというぐらいの精度だもの」

「なるほど、やはりハイテクに頼りすぎはよくないな」

 慎之介は頷くとアナログな手法で、地道に辺りに視線を向け探していく。時間貸駐車場のスペースにも目をやり、念の為に軽く声をかける。だが反応はない。

 少し先に行った咲月が小路を覗き込み声をあげた。

「慎之介、いたわ! あそこ!」

 大急ぎで追いかけ小路に向かった慎之介は陽茉莉の姿を見つけた。だが、何体かの幻獣に囲まれた絶体絶命の状態だ。慎之介は全身全霊の勢いで跳躍、さらに陽茉莉に飛びかかったイヌカミを念動力で掴み押し留めた。

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