第8話① それはですねー、いろいろ事情があるの
慎之介は腕を振り、念動力で掴んでいたイヌカミを弾き飛ばしてビルに叩き付けた。そのまま陽茉莉の横を通り過ぎで前に出て抜刀した。
「まったく目を離すとこれだ」
その刀の銘は
向こうでイヌカミが跳ね起きた。
慎之介は来金道を構え、僅かに身を屈め足に力を込める。その姿がぶれて消えたかと思えば、イヌカミの背後で来金道を振り抜いた姿勢で静止していた。
全身に士魂を巡らせ驚異的な加速で移動したのだ。
イヌカミが真っ二つになって崩れ、慎之介は血振りをしながら振り向いた。改めて陽茉莉を見やり、軽く驚いているが怪我もなく無事と確認する。
――誰だ?
そこでようやく、妹の隣に居る相手を認識した。存在自体は気付いていたが、ようやく意識を向けたのだ。
撫子色した髪と黄金色した瞳が特徴的な少女だが、それは間違いなく公家の血を引く者の特徴の一つだ。陽茉莉がそんな相手と行動していることは予想外だった。だがそんな事より問題は、士魂を扱う姿を見られてしまった事だ。
「お兄、あたしの友達だよ」
察した陽茉莉が笑顔をみせてくる。
それだけで慎之介は、見られた事はどうでもよくなった。周りには幻獣はまだいるのだ、まずは妹の安全確保が第一。その他の些事はどうでもいい。
「ならいい。待ってろ、直ぐ片付ける」
慎之介は周囲に意識を向けた。
辺りにはかなりの数のテッソがいて、既に咲月が戦いに入っていた。やはり陽茉莉に引き寄せられて集まったのだろう。一体ずつは大したことないが、数が多いので咲月は手間取っているようだ。
そちらも含めて安全を確保せねばならない。
覚悟が心の奥底から士魂の力を汲み上げ身体に伝播させる。脳天から爪先までびりびり痺れ、背筋がぞくぞくする。
力が伝播した越後守来金道の乱れ刃も淡く輝きだす。
「片付けるか」
路面を蹴って間合いを詰め、テッソの頭を唐竹割にしながら進み、右に左に斬りつける。息を吐き立ち止まる慎之介の後ろで全てのテッソが、ばたばた倒れ動かなくなった。
手こずっていた相手を一瞬で倒され、咲月は驚いたような困ったような顔だ。
だが、辺りを見回していた慎之介は気付いていない。むしろ気付いたのは、そこから少し先にある工事現場だった。規制看板とカラーコーンとブルーシートが見える。
「あれは……あれか」
急にテンションが下がるのは、あの仕事で問題となっている工事現場だったからだ。掘削中に出て来た土まみれのコンクリート塊も見える。
慎之介はそれを恨めしく睨んでしまう。
――いま工事が出来たらいいのに。
近隣住民は避難して誰もおらず、この機会に工事をすれば騒音苦情も来ないだろう。工事担当者を呼び集めコンクリートを破砕できたらどんなによいか。
「……それだっ!!」
慎之介は閃いた、いま壊せばいいのだと。
あのクレーマーのビルを壊したようにすれば問題解決だ。まさに時は今、それをする状況も力も揃っている。足りないのは幻獣だけだった。
「ちょっ、お兄!? どうしたの」
「これだこれだよ、陽茉莉。分かるか?」
「えっ、分かんないよ。それより、お兄。イヌカミが来てる!」
「イヌカミ!? 来てくれたか!」
振り向けば三体のイヌカミが、灰色のビルの間を疾走し迫っていた。
慎之介は最高の笑顔で迎え撃ち、すれ違い様に来金道を薙ぎ払う。勢いのついたイヌカミは転倒し道路の上を転がっていくが、そのまま念動力を使って投げ飛ばす。
次のイヌカミは路面からビル外壁を蹴り上がって、上から跳びかかってくる。だが念動力で掴んで放り投げておく。一直線に襲い掛かって来たイヌカミは擦れ違いながら跳びかかり、跨がって脳天に来金道を突き立て、やはり放り投げておく。
三体のイヌカミを投げた先は、もちろん問題の工事現場だ。
慎之介は来金道を一度鞘に収め集中、鞘の内に士魂を蓄える。
「これで……!」
その状態で路面からガードレール、ビルの外壁へと蹴って移動。高く跳び上がった空中で居合抜きに抜刀。そこから放たれた士魂が光り輝く刃となって飛翔する。
その威力は相当なものだった。
積み重なったイヌカミの三ツ胴を裁断したあげく、その下のコンクリートまでをも両断。さらに開放された力が爆散し、それら全てと懸念の諸々を粉々にした。
慎之介は飛来してきた欠片を念動力で全て払いのけた。
「お兄っ! ありがとっ」
陽茉莉が駆けてきた。
その妹の手を取って慎之介は喜び踊る。凄く下手な踊りだ。
「いやいや陽茉莉こそ、ありがとう!」
「え? え? なんで?」
「陽茉莉は最高の妹だな」
「え、何それ。意味が分かんない。でも、あたしが最高の妹ってのは当然なんだけどね。うん。でも普通に意味分かんないよ」
困った陽茉莉は視線を咲月に向け助けを求めたが、当然そちらも首を捻った。
そんな二人の様子に気付かぬまま慎之介は喜んでいる。大変な仕事が一つ解決できたのもあるが、もちろん妹を助けられた事も嬉しい。だが、それはそれとして――慎之介は表情を引き締めた。
「なんで、ちゃんと避難してないんだ。駄目だろう」
コツンと拳で小突いておく。
しかし、陽茉莉は反省した素振りもなく誤魔化し笑いさえみせている。
「あー、いや。うん。それはですねー、いろいろ事情があるの」
「事情があろうがなんだろうが、危なかっただろ」
「お兄が来てくれるって、あたし信じてたから!」
「誤魔化そうとするな」
拳で頭をグリグリしてやれば、陽茉莉は態とらしい悲鳴をあげる。どちらも本気ではない。そんな昔と変わらぬ設楽兄妹の様子に咲月は軽く微笑んでいた。
「ほんと、慎之介は凄いよね」
「ねえねえ、やっぱりお兄は凄いの? 侍でも強い方なの?」
「強いどころではないわ、これもう別格だから。これからが楽しみね」
「えっと、どういうこと?」
「慎之介がね、私の部隊に協力してくれる事になったの。大助かりよ」
そんな咲月と陽茉莉のやり取りを聞きつつ、慎之介はもう一人の存在を気にしていた。しかも、その撫子色した髪の少女は黄金色の瞳で、凝視するように見つめて来ているのだ。
慎之介の小突きで陽茉莉が気付いた。
「この子、静奈。私の友達なの」
陽茉莉は同意を求めるように静奈に向かって声をあげ、そのまま話しかけた。
「それでね、静奈にお願いだけど。お兄が士魂を使うのって秘密にしてるの。だから秘密にしてね」
陽茉莉は大変な頼みを気軽にしている。
それだけ仲良しなのだろうと慎之介が思っていると、静奈と呼ばれた少女は慎之介を見やって微笑し――予想外の反応を見せた。
「秘密……うふっ、ふふふふ。秘密。ふぅん、そうなの。ふぅん、秘密なのね」
含み笑いをして軽く威張っている。
「だ、だったら私の言う事を聞きなさい、聞くのよ、聞け……聞いて、下さい」
「なんだと?」
「あなたたち……わ、私の……友達になりなさい、なれ……なって」
「どういうことだ?」
困惑した慎之介は説明を求めて陽茉莉を見やるのだが、軽く肩を竦められてしまった。どうすべきかと相談のつもりで咲月を見れば、戸惑いながら頷いている。
害はなさそうなので、慎之介は承諾して頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます