きさらぎに揺蕩う希死念慮

師走 先負

きさらぎ駅

さようなら現実の私

存在しない駅

「はぁ。」

 電車の奥で疲れたと言わんばかりに大きくため息をつく。高校生になり、課題や部活の労力が増え結構辛いものを感じる。そして何より、電車での登下校がきつい。毎日計一時間の電車通学。立っているだけでも物凄い労力がある。私は最近鬱になってしまった。処理し切れない課題と上手くいかない人間関係、そして父親の死。全てが重なって一時期は死にたいとずっと思っていた。今は落ち着いているがふとした瞬間に涙と希死念慮が溢れる。今日も希死念慮は私の心を染め上げる。


 あぁ死にたい。


 でも死んだらみんなを悲しませるし、いや別に悲しむ人なんていないんじゃないか。自分を否定するネガティブという思考はこういう時だけ私を楽にしてくれる。

「まもなく~。」

 無機質なアナウンスがイヤホンの外で響いている。さすがに疲れたかどんどんイヤホンから流れる音楽が遠のく。目を瞑った時には音楽はほとんど聞こえなかった。


「まもなくきさらぎ。まもなくきさらぎ。」

 イヤホンをしている割には鮮明にアナウンスが聞こえた。寝ぼけており、ろくに駅名も聞かず、乗り過ごしたと急いで電車をおりた。そこにあったのは古ぼけたボロボロの無人駅。

「きさらぎ?聞いた事ねぇ。」

 どこに行き着いたのか。検討もつかない。スマホは何故だか地図のみ使えず、目の前には森。

「どこだここ?」

 疑問に思うながらも駅から出る。既に興味と疑問から目は覚めていた。

「は?ジャングル?どういうことだ?」

 目の前には熱帯特有の背の高い草木に海岸のような砂場、そして極めつけに航空機のエンジン音や火薬の臭いが私の鼻を曲げる。私は来たことも見た事もないがここがどこだか知っていた。

「マリアナ。しかも1944年の。タイムスリップ?でも駅なんて近代的な物もあるし、まあとにかく楽しそうだなこの場所。家よりもずっと楽しい。」

 家に帰ってもご飯を食べて寝るだけの日々。そんな退屈な日々にこのきさらぎ駅というのは私にとってはとても面白いものだった。しかも外はマリアナ。多分外部は自分が考えている事が反映されるのだろう。私が趣味で書いていた小説。その舞台が1944年のマリアナだ。だがこのような事があっていいのか?事実は小説よりも奇なりなんて言うが、流石に転生物だとか異世界とかは現実じゃ無理がありすぎる。

 

 私は宛もなくとりあえず線路の上を歩き来た道を戻る。単純にやってみたかった。あの曲のように線路の上を歩いてみたかった。私に'君'なんて存在はいないけど。いつでも死ぬ覚悟はついていた、なら最後くらいパーッと楽しまなければ。今まで'普通'に囚われて出来なかった多くのことを、この現実かも分からないきさらぎ駅で。


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