去り行くものたち
緑茶
第1話 塵よりよみがえり
英傑たちと悪魔たちの闘争は、人びとの心の内側に、世界の惨状へ目を向ける勇気を植え付け、やがてそれは花開いた。
こわれゆく自然にも、おそろしいやまいにも、そして、種としての果てのない罪業にも、ようやく彼ら自身の手で立ち向かえる時が来たのだ。
それから、長い年月が経過――灼熱の時代は去り、血と悲嘆は過去の遺物となった。
しかし、もたらされた平和の凪を拒絶する者は、未だ、秩序の外側へ打ち捨てられた闇のなかで燻っていた。
これは、そんな彼と彼の、最期の日々の物語である。
◇
世界から隔絶された路地裏だった。光が入り込む余地はなかった。
彼の居場所はかろうじて他にもあったが、耐え難い苦しみが襲ってきたときは、いつもそこに逃げ込んだ。
大軍を引き連れて人々を恐怖させた威容はすっかり縮みこんで、いまは襤褸布をもつれる足で引きずるばかり。
乾いたしわだらけの口が開くと、呻き声。少しずつ意味を成して、すぐに消える。
「おお、おお……愛おしき、わが娘よ……」
枯れ枝のごとき腕が、届かない何かを掴もうとして宙を掻くと、その場に転倒。
しばらくしてようやく立ち上がると、また襤褸布を引きずって歩く。
彼はまったくの孤独であったが、まだ、確かなひとつの意思だけはあった。
「いま一度……復讐を……」
彼は歩く。歩く。襤褸を、影のように引き連れて。
やがて影がぼこぼこと鳴動し――木偶人形の亡霊を生み出すと、それはほうぼうへと沁み出していった。
彼を除去した、あたらしい世界へと。
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