故にオタクは恋をする

伊吹 藍(いぶき あおい)

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 私、岩波れいかはオタクである。世の中には、鉄道オタクや歴史オタク、アイドルオタクなど様々な種類のオタクが存在するが、私、岩波れいかはいわゆるアニメオタクである。また、単なるアニメオタクではなく、突き詰めると声優オタクなのだ。


 悠紀翠華(ゆうきすいか)……数年前とあるアニメの主演をされていた彼の声を聴いて、私は一目惚れをした。それからというもの、彼の出演する作品を追いかけ続け、アーティスト活動も応援、グッズも押し入れに入りきれないほど集めている。



「れいか、今日カラオケ行かない?」

「ごめん、今日は水曜日だから」

「あー夕方かられいかの好きな声優さんのアニメがあったね」

「すまぬ」

「いいよ、いいよ。推し活は大事だし」


 私は友人のお誘いを丁重に断り、超特急で帰宅をする。水曜日は悠紀翠華さんの出演アニメ『朝倉さんは素通りする』の放送日なのだ。夕方五時からの放送だから急いで帰宅をしなければならない。


 下駄箱で上履きからロンファーに履き替え、私はクラウチングスタートを決める。我ながら良いスタートをきれた。


 ――校庭のど真ん中を突っ切って校門に差し掛かった時だった。黒ずくめの露骨に怪しい男たちが私の前を横切った。危うくぶつかりかけて思わず「うわっ」と声が出てしまったが、男たちは私を気にする様子もなく、そのまま走り去っていった。


あまりに露骨に怪しいものだから若干追いかけたい気持ちもあったが、怪しい取引現場を見ている間に背後から襲われて毒薬を飲まされるかもしれない……いや、それ以前にアニメを見るというミッションがあったのだった。



 颯爽帰宅。好きなもののために流す汗は清々しいものだ。


 自宅のマンションのエントランスに入った時だった。左目の視界に人影が映った。どうやらぐったりとして、息を切らしている様子だった。


 どうしよう、声をかけるべきか。いや、でも声をかけて面倒なことになっても……。


「す、すみません」

「ひゃっ、ひゃい!」


 あれ?この声、どこかで……。


「少しの間で、いいんです。かくまってくれませんか」


 そう言った男性の声を聞いて、そして見上げた顔を見て私は驚愕した。そこにいたのは、私がオタクになった元凶であり、私の全てといっても過言ではない存在、声優の悠紀翠華だったのだ。


「あ、え、わっ、えっと、だ、大丈夫ですか?」

「ちょっと大丈夫じゃないかな……」

「わ、私の家でよければぜ、ぜひ!」


 そんなこんなで、推しの声優が私の家にやってきた。マジかよ。

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