第15話『校長先生は胃が痛い』
――サイロス校長視点
かつてヴェスタリカ王国の黒き魔王とまで呼ばれた騎士、ヴェザール。
同じグリム隊の副官を勤めていた私は何度も奴と同じ戦場に立った。
そう。私と奴はいわゆる戦友と言うやつだった。
一人で無茶ばかりする奴の背中を守り、何度死にそうになった事か……。
(奴はあの戦争の時、敵方に居たあの女と共に死んだと思っていたのだが……)
戦争終結のきっかけとなったあの事件。
いや、災厄というべきか。
ヴェザールとあの女はその命を引き換えにしてあの災厄を防いだ。
あの災厄の真実を知る人間は少ない。
けれど、私を含めあの真実を知っている者達は誰もがあの二人は死んだのだと。そう判断していた。
実際、あれ以降誰もあの二人の姿を見てはいないのだからな。
だというのに、私の手元にはその死んだと思われていたヴェザールの名が差出人の所に記載されている。
(――――――とりあえず中身を読んでみる事にしようか……)
そうして手紙を開き、中を読む。
するとそこには――
『久方ぶりだサイロス。息災であるだろうか?
さて、お前に頼みがある。
我の息子であるビストロの面倒を見てほしい。
頼む.』
「…………………………」
数秒もあれば読めてしまいそうな短い文章。
その文章を私は数十秒間も見つめる。
そして――――――
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! またかヴェザァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥ!!!)
ああ、確かにこれはヴェザールからの便りだろう。
あんな別れ方をしたというのに……なんだこの自分の要望を書いただけの手紙は!?
お前が居なくなってから数年か経った後、誰もがお前は死亡したのだと口にして。
それでも、私はお前が死んだなどと受け入れることができず。
しかし、それでもなんとかお前が死んだのだと受け入れることが出来るようになったというのに。
それなのに!! それなのに!!
苛立ちと共に私は奴からの手紙を握りつぶしてやろうかと考え。
(む?)
なんだ?
手紙に新たな文面が刻まれている?
どれどれ?
『ヴェザールの友人さんへ。
さすがにヴェザールの文面を見て説明が足りないにもほどがあると思ったから私から補足させてもらうわ。
見ず知らずの女からの手紙など読みたくはないでしょうけど、我慢なさい』
新たに刻まれていく文章。
おそらく、手紙が開かれて一定時間が経過したら新たな文面が刻まれるような魔術が仕込まれていたのだろう。
当然、常人にはできない技巧である。
(見ず知らずの女と言われても……。この文面の口調、そしてヴェザールと別れたあの時の状況を考えるとこの女の正体に心当たりしかないのだが……)
色々と呆れながらも、しかしヴェザールの手紙だけでは説明が足りなすぎるというのは事実であるため、私はその刻まれていく文面の続きを読んでいく。
『まず、そこに居るであろうビストロ。彼の紹介から。
彼はヴェザールと私の子供よ』
(………………は?)
訳も分からぬまま、私は傍に居たビストロ少年を見る。
――――――待て。
この少年がヴェザールとあの女の……子供?
この世で最も不器用で、恋愛になど微塵も興味がなかったあのヴェザールに……子供!?
だが、言われてみれば確かにこの少年にはヴェザールやあの女の面影があるような……。
いや、別に不思議がるような事ではないのだ。
あの日、ヴェザールはあの女と共に姿を消した。
それが実は生きていたとなれば、あの女とそのような関係になっている事も十分に考えられる訳で。
そう理屈では理解できるのだが、あの堅物だったヴェザールがあの女と子を成したというのはなかなかに受け入れがたいものがある。
その後の文面にはヴェザールや女の現状。
そして、ビストロという奴らの息子が何を目指し、現状でどれだけ規格外なのかが記載されていた。
そして――
『――と。このように、その子は私たちが今も住んでいる災害指定魔獣の森で育ったわ。
だから、高い戦闘能力を秘めている。
けれど、傍に居る知的生命体が私とヴェザールしか居ないから自身の能力が優れている事に気づいていないし、災害指定魔獣の森で育ったから友人の一人も居ない。
そこでヴェザールの友人さん。
どうかその子に一般常識を教えてあげてくれないかしら?
私たちではそれは教えられないから。
友人を作れるような環境すら用意できないから。
だから――――――どうかビストロをお願いします。
願わくば、その子が友人の一人でも作れるように……。
リーズロット・ビーデスモントより』
(ああ、やっぱり貴様か)
リーズロッテ・ビーデスモント。
かつてティルル帝国を裏で支配していた女。
そうした指揮官や参謀としての適正があるのにも関わらず、わざわざ戦場に、それも最前線に出てその手で多くの王国騎士を虐殺した女。
それがリーズロッテ・ビーデスモント。
かつては破滅の魔女と呼ばれていた女である。
(そんな女が今やヴェザールと二人きりでラブラブの隠居生活とはな……)
あの極悪非道な魔女がヴェザールを愛し、子まで成したなどにわかには信じられん。
当然、そんな事を簡単には信じられなくて……。
「あの……サイロス校長?」
「………………ビストロ君。つかぬ事を聞くが、君、両親の名前はなんというのだね?」
「両親の名前ですか? 父はヴェザールで母親はリーズロットですけど……」
ビストロ君に聞いても手紙に記載された物と同じ答えが帰ってくる。
本当かね? と問いたいが……それでビストロ君がなんと答えても私の疑念が晴れる事はないだろう。
事実を確かめるならば私が直接二人の家を訪ねるしかない。
だが……その為だけにあの森に挑むなど、リスクとリターンが見合っていないにもほどがある。
ゆえに、これについては置いておこう。
「………………君は本校への入学を嫌がっていた。それなのに本校を訪れたのはどういう理由なのか。聞いてもいいかね?」
「両親に薦められたからですね。いや、正確には母親から薦められたからかな?」
あの女、リーズロットによって書かれた追加の文面。
それによると、この少年には一般的な常識が欠けているらしい。
しかも、自分が強者であるという自覚すらないとの事だった。
まぁ、それも当然の事だろう。
あの二人が親で、しかも生活圏があの森なのだからな。
まともな子供が育つ訳がない。
私も手紙を読む前から、彼に一般的な常識が欠けているであろう事を会話から察していたからな。
だからこそ、この妙ちきりんな少年を騎士学校に招いてもトラブルしか起こさないだろうと思ってそのまま騎士の道に進ませようとしていたのだし。
だが――
(この分ではそれもまずいな。)
我が子であるビストロに一般常識を叩きこみ、そして友人を作れるような環境を作って欲しい。
それがリーズロットとヴェザールの頼みだ。
それを無下にする訳にもいかんし。
なにより――
(この少年が騎士団で誰かの悪い影響を受け、敵に回ったりなどしたらそれこそ大惨事であろうからな……)
それならば、自分の目の届く範囲である学校に置いておいた方がういいかもしれない。
という訳で。
「――――――前言撤回だ。ビストロ君。君の入学を認めよう」
「………………はい?」
こうして。
私はビストロ君をヴェスタリカ騎士養成学校へと入学させる事にしただった。
ああ、胃が痛い……。
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