第36話 黄塚グループの別荘

 急遽、是枝コレエダのお泊りが決定した。

 是枝は急いで、自分用の寝具を購入する。バイクだと汗をかくので、換えの下着は大量にあるそうだが、パジャマは新調する。スウェットを購入し、バイクにまたがる。


「そうだ。お夕飯は、みんなでカレー作りですよ。みんなで食材を買いませんか?」

 

 是枝がお泊りの準備をしている間、萌々果モモカさんがオレたちを野菜コーナーへ誘導する。


「クラスメイトとカレーを作るのって、憧れだったんです」


「前の学校では、なかったのか?」


「あったんですけど、なにもさせてもらえず」


 お嬢様すぎてみんな遠慮してしまい、手を煩わせてはならぬと、クラスメイトが全部やってくれたそうで。


「わたしはテーブルの飾りつけくらいしか、経験がありません」


「じゃあ、オレたちでうまいカレーを作ろうな」


「はい。ノブローさん」


 産地の新鮮な野菜や肉を、みんなで購入していく。米はあるので、ナンを買うことに。

 

「では、伴走お願いしますね」

 

 萌々果さんは、是枝の後ろに乗った。


 片道一時間の道のりを、是枝は真庭マニワさんの車についていく。


 後ろのシートから、萌々果さんがゴーゴーと拳を高々と上げていた。楽しそうだな。


「あー。いいなぁ。あたしも頼んだらよかったかも」


「また今度、乗せてもらえばいい」


 莉子リコがうらやましそうにしているのを、倉田クラタがフォローする。



 オレたちが泊まる別荘に、到着した。


 年季の入った、コテージである。外見の割に中は新しく、Wi-Fiもしっかり繋がっている。


「普段は、コワーキングスペースとして解放しています。掃除も、利用者が行うんですよ」


 この周辺にある別荘は、ほぼ黄塚コウヅカグループの所有だという。黄塚が利用しないときは、フリーオフィスとして貸し出すのだ。自然の中で仕事がしたい企業へ貸す代わりに、掃除一式を行ってもらう。定期的に使っていないと、家がダメになっていくからである。

 で、黄塚が別荘として利用する際には退出してもらうのだ。

 

 新型感染症の流行時は、フリーオフィスをリモートの場所として、格安で提供したそうである。



「コワーキングスペース提供の提案は、黄塚 萌々果の父親と、いとこの幸嗣ユキツグさんなんですよ」


 コテージに荷物をまとめながら、萌々果さんが語った。


「揉めなかったのか?」


「そりゃあ揉めました。企業とも」


 高圧的な黄塚の態度に辟易して、「じゃあよそを利用する」と言って、企業は他のブルジョワ層の別荘を借りた。

 あまりによそが儲けを出していたため、あわてて黄塚も乗ったのだという。


「黄塚からは、『婿養子ごときの意見なんて飲めるか』って」


 特に、萌々果さんの曽祖父がひときわめんどくさい人だったらしい。萌々果さんの両親二人の結婚を、最期まで認めなかったとか。曽祖父が亡くなって、ようやく許可が降りたそう。


「マジで、発言権がないんだな。あんたの親父さんって」


「当時は、そうでしたね。今はもう、父に文句を言う人はいませんが」


 婿養子なために爪弾き者だったが、萌々果さんの父親はやっと功績を一族に認められたそうだ。黄塚家での地位を、しっかりと確立したらしい。

 幸嗣さんの働きもあったからであろう、とのこと。


「もっとも、最有力相続人の幸嗣さんが、率先してうちの父に働きかけていただけなんですけどね。自分が後を継ぎたくない一心で」


「そんなに、黄塚ってめんどくさいのか?」


「両親の代はそうでもないのですが、祖母以上となると……めんどくさいですね」


 古い慣習に囚われているため、衰退の一途をたどっていたらしい。


「ウチは祖母の代だと、バブル一色でしたからねぇ。その知識が、まだ残っていて」


 バブルの頃の習慣は、もう古い。

 昔は銀行に預けていたら金が増えたが、今はTVで取り上げられることもあって投資が最強というのが常識化している。

 だが、バブル経験者は投資で痛い目を見た。そのため、投資には消極的なのだ。


 結果、立場はほぼ逆転気味だという。


 

「では、バイクを届けに行ってきますぅ」 


 荷物を下ろし終えた是枝が、再度バイクにまたがった。


「はい。わたしも、幸嗣さんにごあいさつに参りましょう」


 萌々果さんも、再びヘルメットをかぶる。


「おねがいしますぅ」

 

 別の別荘に、是枝と萌々果さんはバイクを届けに行った。

 真庭さんも車で、是枝についていく。


 萌々果さんはまた、是枝の後ろでゴーゴーと拳を高々と上げている。


 ホント、楽しそうだな。


「無邪気だよねえ」


「ところで八代ヤシロ、我々は、なにをすればいい?」


「だよね。遊んでるわけにはいかないよ。ノブロー」


 ふむ。


「夕飯はみんなでカレーを作るんだよな。材料を水洗いしておくか」


「そうだね」


 莉子と倉田が、台所へ向かう。


 オレは薪を用意して、鍋を洗っておくか。火をつけるのは、大人が帰ってきてからにしよう。


 

 数分もせずに、是枝と萌々果さんが帰ってきた。真庭さんに乗せてもらって、戻ってくる。

 しかし、見慣れない男性が一人。みんながそれなりにおしゃれなのに対して、彼はアロハシャツと短パン一丁だった。雰囲気的に、ウェーイ系に見えるが。


「いやーウェルカムウェルカム。はじめまして、みなさーん。真庭マニワ 幸嗣ユキツグでーす」


 アロハおじさんは、萌々果さんのいとこだった。

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