第5話 FIREと、ディレッタント
その後も、オレと
さっきのRPGも含めて、リバーシやエアホッケーも求めた。チンチロリンなどのオーソドックスな運ゲーまで。
特に、二人でしか遊べないゲームを要求してきた。
逆に、カラオケなどはあまり好きではないみたいである。まだ、引っ込み思案なところがあるらしい。
「……ノブローくん、ひょっとして九を止めていますか?」
「オレじゃねえし。CPUのどっちかだろ」
今は、七並べで楽しんでいる。
「そもそも、どうして、ディレッタントになりたいんだ?」
七並べをしながら、オレは萌々果さんに聞いた。
「実はわたし、FIREを達成してしまいまして」
最近流行している、経済的自由を手に入れてリタイアするっていうあれか。
「投資による運用も完了して、あとは寝かせるだけでして」
「借金は?」
「不動産の収益で賄えます」
一〇代でFIREを達成してしまうとか、すげえな。
「ですが、なんでしょうか、こう、張り合いがなくて」
暇になって、仕方がないのだという。
「やりたい仕事とかは、ないのか? もっと儲けたいとか、慈善事業に精を出すとか」
「炊き出しに資金提供など、ボランティア業務は行っております」
休日は、公園のゴミ掃除などを行っているそうだ。朝活も、兼ねているという。
「じゃあ、仕事を」
「日本って、働いたら負けじゃないですか」
「お、おう……」
わかる。
日本は、住むには最高の場所だ。ただし、「労働するには最悪の場所」とも言われる。
まだデフレなために、うまい飯も安い。
牛丼も、一杯五〇〇円で食える。海外だと一四〇〇円以上するらしい。
今は海外投資家に注目され始めたから、インフレが促進してきた。欧米と同レベルの金額になると噂されているが。
それも、低い賃金によって成り立っているから。
インフレが続くと賃金が上がることが期待されているが、見込みは薄い。
労働環境は、もっと悪くなりそうだ。
出生率も低いため、海外からの労働者に頼ることになるだろう。
しかし、外国人労働者からさえ、日本は見放されかけている。過酷でブラックすぎると知られてしまったからだ。
「父は婿養子で、氷河期世代からのし上がってきた、新進気鋭の社長です。しかし、働くこと自体はあまり好きではありませんでした。母からの資産だって一銭も使わず、自分の力だけで一財産を築いています」
今の財力も、投資によるものが大きいとか。
「父の苦労を見てきたので、わたしもあまり日本を労働先としては考えていないのです」
「厳しいのは、おっかさんの方なんだな」
「というか、母の家系ですね。『女がビジネスで自立なんて』っていう古い風習に、未だに囚われています。わたしのことも、よく思っていません」
萌々果さんの母親は、いい人だという。そういう人たちに辟易していた側なんだとか。
そりゃあ、成り上がりと結婚するくらいだもんな。
「それこそ、お嫁さん……とか押し付けてくる感じで?」
萌々果さんの表情が曇る。
「おお。すまん。そこまで露骨に嫌がるって、思ってなかった」
「お気遣いなく」
だいたい、オレは黄塚さんの事情を察した。
おそらくお見合い写真なんか見せられても、三角コーナーにぶち込む勢いだろう。
ロクでもないやつばかり、相手にさせられていたんだな。
「自分の財産を守ることしか考えていないお金もちなんて、誰も相手にしませんよ」
うわあああ。
「なので、わたしは自由に生きることにしました」
自分で財を成し、誰にも文句を言わせないレベルまで自分を高めてきた。
それが、唯一無二になった途端に……。
「唯一無二になったら、誰も共感してくれなくなったと」
「はい」
高すぎる志は、時に人を無意識に傷つける。
「我が背中を見て育て」とはよく言うが、追いつかないレベルにまで成長されたら、目標にすらできない。
その高みにまで到達したのが、この黄塚萌々果ってわけだ。
「ただ、FIREもなんか違うんですよね。まだ若いのにリタイアってのも、生きるために生きているだけってのは、消耗が激しいんですよ」
「うん。人間って、暇になっても死ぬっていうしな」
「かといって、過酷な企業戦士になってあくせく働くのも、自分の時間が奪われるだけじゃないですか」
「たしかにな」
働いてみて思ったが、「労働時間は自由」をうたっている企業でも、そこまで自由かと言われるとそうでもない。
必ずどこかに、歪みが出るものだ。誰かが、割りを食うことになる。
「ロボットが仕事を奪うといっても、まだ先の話でしょう。物流などの肉体労働では、未だに浸透していません。それでいて、人手不足がどうのと騒いでいます」
手厳しいご意見だ。
「ま、わたしが意見しても仕方がないので、こういった世間の事情は放っておきましょう。とにかく、日本で働くきにはなれないということだけ、ご理解いただければ」
「じゃあ、やりたいことは? マジで、人に貢献しようとかは、考えていない?」
「漠然となんですが、こういう宿を提供して、オタクのみなさんがもっとリラックスできればいいと考えています」
「ふむふむ」
「客層をオタクに限定する」といった、このホテルのコンセプトは、萌々果さんのアイデアなんだとか。
「そしたら、人に攻撃をしようなんて考えは起こさないのでは、と考えていまして」
「う、うん……」
かなりぶっ飛んだ発想だ。
癒やしによって、世界じゅうに溢れている憎悪・嫉妬・悪意などの感情を消滅させようとは。
かなり、気の長い話だぜ。
「結構な時間に、なっちまったな」
時計を見ると、もう一八時近い。
あやうく、夕飯の邪魔をするところだった。
急いで、帰り支度をする。
「遅くまで、ありがとうございます。お夕飯までには、お返しいたします。それまで、ご一緒してください」
真庭さんの運転する車で、萌々果さんがオレを家まで送ってくれた。
なんという好待遇よ。
「悪いな」
「いえ。ご無理を言って、申し訳なく」
「いやいや。一緒に遊ぶだけで、これだけもらえるなら」
オレは、手を振る萌々果さんを見送る。
これから、どうなるんだろうな。
それにしても、オレもディレッタントになる方法ってよくわかんねえぞ。
まあ、いいや。
ひとまず夕飯の後、風呂に入って寝るか。
(第一章 完)
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